日本は「同盟国」ではなく「人質を取られた国」:映画『スノーデン』オリバー・ストーン監督インタビュー

米国家安全保障局の盗聴を告発したエドワード・スノーデンを描いた映画、『スノーデン』が現在公開中だ。公開直前に来日した監督に話を聞いた。

2013年6月、英紙『ガーディアン』が報じたスクープが世界を震撼させた。

米国家安全保障局(NSA)が世界中で電話を盗聴し、メールやSNSなどの通信を傍受。同盟国も例外なく対象となり、ドイツのメルケル首相、日本では官房長官秘書官や財務省、経産省、日本銀行、そして大手企業らの幹部の電話が盗聴されていた。

その事実を同紙に告発したのが、NSAの職員だったエドワード・スノーデン(33)。彼が告発に至った動機や葛藤、公表を阻止しようと焦る米英政府の凄まじい圧力の様子などを描いた映画『スノーデン』が現在公開中だ。

監督はオリバー・ストーン(70)。『プラトーン』(1986年)、『7月4日に生まれて』(89年)、『JFK』(91年)など骨太の社会派ドラマを描くことで知られている。

公開直前に来日した監督に、記者会見とその後の個別インタビューで話を聞いた。

折しも最近、ロシアのプーチン大統領が、スノーデンをアメリカに送還する可能性を示唆したとの報道もあった。トランプ大統領との蜜月関係を強調したい狙いがあると見られている。

スノーデンとモスクワで9回面談

――なぜいまスノーデンを映画にしたのか。

僕は自分が生きている時代に関心がある。その意味で、1930年代から2013年までのアメリカ現代史について『オリバー・ストーンが語るもうひとつのアメリカ史』(2012年)というドキュメンタリー番組を制作したが、この2013年という時期はまさにオバマ政権が社会の監視体制を強めていた頃で、その番組の第10章は「監視社会」というテーマだった。

そしてその年の6月に突如、スノーデンがあの告発を行った。私自身もショックを受け、勇気ある行為に喝采も送ったが、まだその時点で映画化するつもりはなかった。

それが翌年1月、ロシアに亡命しているスノーデンのロシア人弁護士から連絡を受け、本人に会ってくれと言われた。その後2年間にわたって都合9回本人とモスクワで話をするうち、彼の視点から映画にすべきだと考えるようになった。

彼と話していて感じたのは、とにかく非常に正直に誠実に、何があったのか、何が起きているのかを伝えたいということを大切にしていること。僕はその態度に接して、彼の話にとても説得力を感じた。

言ってみれば、彼の言葉、態度こそが、僕らにこの映画を作らせたのだと思っている。その意味では、この作品は僕のものではなく、スノーデンの映画だ。

まあ、キャラクターとしても、従来のいわゆるオリバー・ストーン映画の主役のキャラではないからね。彼自身も、自分は1日中部屋の中に籠っている猫のようなタイプだからと言っていたけどね。

すでに始まっている「サイバー戦争」

――スノーデンはNSA在職中の2009年、在日米軍の横田基地で勤務していた。映画では、日本の通信網を支配し、送電網やダム、交通機関などインフラ施設をコントロールする『スリーパー・プログラム』を仕掛けていたという本人の告白場面がある。日本列島の南から順に街全体の灯が消えていき、すべて真っ暗になる映像に、『日本が同盟国でなくなる日が来たら、"消灯"』というスノーデンの台詞......。これはどこまで真実なのか。

僕は、彼が語ったことはすべて真実だと考えている。NSAは当初、すべてを監視したいと日本政府に申し入れたが、日本政府は拒絶したという。しかしそれでもかまわず盗聴・監視し、民間の様々なネットワークにプログラムを仕込んでいた、と彼は語っていた。

ただ、原子力発電施設に関しては彼の口からは何も聞いていないが、僕自身は、恐らく別のやり方で何かをしているのだと思っている。

また彼は、メキシコ、ブラジル、ベルギー、オーストリア、ドイツ、そしてイギリスも含んでいたと思うが、同じようなプログラムをすでに仕掛けているとも言っていた。これはもはやサイバー戦争だ。

2007、8年ごろ、アメリカがイランの核施設を破壊するためにシステムに侵入し、コンピューター・ウイルスを仕込んだものの、途中で制御不能になり、施設の機能は一部停止させたが、ウイルスが世界中に拡散されてしまった事実が2010年に発覚した。

現実にそうしたサイバー戦争は始まっており、そのすべてをアメリカがリードしている。その事実に僕らはもっと目を向けるべきで、スノーデンはそこに気づかせてくれた。

日本を含めアメリカの同盟国と言われる国々は、僕は現実には同盟国ではなく「アメリカに人質を取られた国」だと思っている。日本ももし同盟関係から離れることになると、スノーデンが語ったような「脅し」を受ける事態になるのだという、極めてセンシティブな状況、問題であるということを日本の皆さんにもよく考えてほしい。

「監視」で国民は守れない

――映画製作にあたって何か米政府からの圧力は?

この映画には、実はアメリカ資本が一切入っていない。このテーマをリスペクトしてくれたフランス、ドイツなどの資本だけ。もちろん、アメリカのメジャー製作配給会社にも話を持ち掛けたが、どこからも断られた。理由は分からない。恐らく、自己検閲というか、公開した後のことで何か恐れを感じたのではないかと思っている。

そもそも、NSAによる監視は米国民の安全を守るためだと政府は強弁してきた。しかし現実には政府はアメリカ国民を守れてこなかった。私が従軍したベトナム戦争などむしろCIA(米中央情報局)が仕掛けたものだったし、あの9.11でさえ、諜報機関の人間たちはテロリストの入国、動向を把握していた。組織としてその情報もあげていたのに、結局、国民を守れなかった。監視についての政府の弁明は何の言い訳にもなっていない。

――監督自身は、スノーデンの告発以前、NSAという組織についてどの程度の認識があったのか。

詳しい知識はなかったが、2005年、あるジャーナリストが『ニューヨーク・タイムズ』にNSAによる監視体制についての記事を書いていた。当時のブッシュ大統領は、言葉も口汚い感じだったが悪い奴だったから(笑)、国民を監視することだってやるだろうな、という印象を受けた程度だった。

それから8年後にスノーデンの告発が出たわけだが、その時初めて、具体的な証拠が大量に提示された。だから、2005年当時からうすうす知っていたことが初めて事実として突き付けられた感じで、驚きというよりもショックを受けた。

むしろ驚いたのは、2013年当時のオバマ大統領が、スノーデンの告発に対して「大したことではない」と言ったこと。結局、オバマは単なる飾り物で弱い男でしかなかった。ブッシュ時代のそうした悪しき状況を何も変えなかった。透明性もまったくなく改革も何も行われなかった。

日本にはまだ主権がない

――映画を作るうえで参考にした資料はあるか。

1960年代から実際にNSAに勤務していたジェイムズ・バムフォードが書いた『パズル・パレス―超スパイ機関NSAの全貌』(1986年)や『すべては傍受されている―米国国家安全保障局の正体』(2003年)などの本は、NSAの活動実態を知るうえで非常に参考になった。

また、内部告発サイト『ウィキリークス』創設者ジュリアン・アサンジの功績も忘れてはならない。2010年、イラクで情報分析官として米陸軍に勤務していたチェルシー・マニングという軍人(後に不名誉除隊)が大量の機密情報をウィキリークスに流出させた内部告発事件があった。

告発には2007年に米軍ヘリがイラク・バグダッドで複数の民間人を射殺する映像や、グアンタナモ収容所の収監者らに対する虐待の報告書なども含まれ、国際的に衝撃を与えた。こうした勇気ある行為を支えたのがアサンジで、スノーデンの告発も大きく助けられている。

日本は第2次世界大戦以後、とにもかくにもアメリカに従順で、アメリカのメディアのことを信用しがちである。これはアジア全体にも言えることだが、ヨーロッパはそうではない。そういう意味で、僕は日本にはまだ主権がないのだという印象を持っている。

実は今回の映画は、単にスノーデンの物語ではなく、世界の現状はこうなっているのだということを切り取って皆さんにお見せしている作品だと思っている。

だから、日本にももっとアメリカに対して疑問を感じてほしい。もっと言えば、安倍晋三首相にもそうあってほしいのだが、残念ながら彼もまだそうなっていないように感じる。

トランプに悪意は感じない

――これまでの社会的問題を扱う作風もあり、さらに今回のような作品を作ったことで、監督自身が監視対象になっていることを意識したことはないか。

僕はこれまでドラッグや女や酒、やれることは何でもやってきた(笑)。ただし、それを隠してこなかった。だから偽善はないし、監視する側が暴こうと思うのは偽善であったり隠していることだから、その点では僕は安心だ(笑)。まあ、監視されてはいると思うが。

ただ、僕が『プラトーン』や『7月4日に生まれて』を撮っていた1980年代末くらいまでは、ああいう作品で米政府側はアメリカの強さを肯定的に描いてくれたと勝手に思っていたようだ。僕自身は、むしろそうではない面を描いていたのだがね。

ところが、1991年の『JFK』から完全に反応が変わった。実際、たとえばそれまで閉鎖されていたハリウッドのCIA支部が突如、活動を再開させた。恐らく、映画の持つ力に彼らも気づいたのだと思う。僕の周りのプロデューサーたちにも、簡単に言ってしまえばもっとアメリカ万歳というような映画を作るべきだと政府筋が言ってくるようになった。

確かにその後、いわゆるアメリカを肯定するような映画、たとえば『ブラックホーク・ダウン』『プライベート・ライアン』『パール・ハーバー』『アルゴ』といったような作品が推奨され、金銭面も含めて軍や政府の大きな協力のもとに作られていった。

つまり、CIAやNSAのような諜報機関などによる右傾化がどんどん進められていった。そして、愚かな若い映画製作者らがその罠にはまり、自分たちの国の歴史も知らないままそういう作品を作り続けていった。だからこそ、僕は『オリバー・ストーンが語るもうひとつのアメリカ史』という作品を作ったのだ。

――アメリカはトランプ大統領の時代に入った。この政権で何がどう変わると思うか。

僕はトランプ大統領自身には悪意は感じない。むしろヒラリー・クリントンのほうがイデオロギーを持っているから注意が必要だが、トランプはあくまでもビジネスマンだと思っている。

たとえばヒラリーはロシアや中国に対してイデオロギー的にもの凄い憎悪を感じていて、それが逆に危険なのではないかと思っていた。その点では、トランプはビジネスマンとして単純なディールの感覚で臨んでいくのだろうと思うし、僕もそうあってほしいと思っている。

いずれにしろ、この政権はまだスタートしたばかりなのでどう変わっていくか分からないが、それだけによく見極めていきたいと思っている。

内木場重人

フォーサイト副編集長

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(2017年2月16日フォーサイトより転載)