■衰退する日本企業
今月10日、日本最大規模でITの最先端技術の展示が行われるイベント、CEATECが閉幕したが、今回の出展企業数は過去最低となった模様だ。個別の企業で見ても、長年このイベントを華やかに彩って来たソニーは(経営不振もあって?)出展を見送り、日立製作所はすでに昨年から出展を取りやめている。これは、9月にドイツで家電見本市「IFA」が、来年1月には米国で「コンシューマー・エレクトロニクス・ショー(CES)」が開かれるという過密スケジュールの中、選択と集中が行われた結果ともいわれているが、いずれにしてもIT最先端技術市場としての日本の優先順位が下がり、同時に技術の担い手としての日本企業に余裕がなく、活力に乏しいことを強く印象づけることになった。新規技術という点では、ロボットや次世代自動車の関連技術も出展されていたとはいえ、いずれも米国企業等と比較して日本企業の出遅れが今や誰の目にも明らかな分野でもあり、焼け石に水という印象はぬぐえない。
■生成/進化する新たなテクノロジー
IT先端技術、という点では、9月3日に、IT分野の調査・コンサルティングで高名な、米ガートナー社より、先進テクノロジーの『ハイプ・サイクル』(特定の技術の成熟度、採用度、社会への適用度を示す図)が発表されていて、デジタルビジネスのロードマップでは、6つのステージのビジネスモデルが定義され、特に後半の3つについては、多くの新しい関連テクノロジーが関連づけて提示されている。これを見ると、あらためて、驚くべき勢いで新たなテクノロジーが生成/進化していることがわかる。
デジタルマーケティング
ソフトウェア定義、立体ホログラフィックディスプレイ、ニューロビジネス、データサイエンス、プリスクリプティブ分析、複合イベント処理(Complex Event Processing:CEP)、ゲーミフィケーション、拡張現実(AR)、クラウドコンピューティング、NFC、仮想世界、ジェスチャコントロール、インメモリ分析、アクティビティストリーム、音声認識
デジタルビジネス
生体音センサ、デジタルセキュリティ、スマートワークスペース、コネクテッドホーム、3Dバイオプリンティング、アフェクティブコンピューティング、音声翻訳、IoT、暗号通貨、ウェアラブルユーザーインターフェース、コンシューマー3Dプリンティング、マシン対マシンコミュニケーション、モバイルヘルスモニタリング、企業向け3Dプリンティング、3Dスキャナ、コンシューマーテレマティクス
オートノマス
仮想パーソナルアシスタント、ヒューマンオーグメンテーション、ブレインコンピュータインターフェース、量子コンピューティング、スマートロボット、バイオチップ、スマートアドバイザ、自律走行車、自然言語による質疑応答システム
もしかすると今日のIT技術の現場では、生物学でいうところのカンブリア大爆発(古生代カンブリア紀、およそ5億4200万年前から5億3000万年前の間に突如として今日見られる生物の体制が一斉に出そろったとされる現象)のような爆発的な現象が起きているのではないか。そんな思いがよぎる。しかも、個々のテクノロジー自体の発展もさることながら、それぞれが相互に作用し、統合され、さらなる長足の進化を遂げようとしているように見える。
■スマートマシンの脅威
ガートナー社は、10月7日、2015年の戦略的テクノロジーのトップ10を公表している。
1.Computing Everywhere
2.The Internet of Things
3.3D Printing
4.Advanced, Pervasive and Invisible Analytics
5.Context-Rich Systems
6.Smart Machines
7.Cloud/Client Computing
8.Software-Defined Applications and Infrastructure
9.Web-Scale IT
10.Risk-Based Security and Self-Protection
中でも、。
スマートマシンとは、大規模でマルチソースのデータに対して精緻な分析を行う『Deep Analytics』を適用することを前提としていて、システムが環境を理解し、自ら学習し、自律的に作動することができる先端的なアルゴリズムを装備しており、より人間的な特徴を持つべく進化し、ゆくゆくは人間と共働し、共依存する関係になっていく存在と定義されている。
私自身、『人工知能』ないし、『ロボット』の台頭、という言い方で、人間の仕事を大幅に代替していく可能性のある存在として、何度か取り上げて来たわけだが、スマートマシンの定義は、より具体的にこの『破壊的』な存在の実像を定義し、説明しており、今後はこの用語が一般化していくことが予感される。単なる優れた知能というだけではなく、巨大なデータが流出入するシステムと共にあって、より優れた機能を実現すべく進化を続ける、複合的で動的な存在のことを意味している。
■巨大なシステムに巻き込まれる世界
2015年の戦略的テクノロジーのトップ10で示されるトレンドは、『リアル世界とバーチャル世界との融合』、『知的デバイスの偏在』、『デジタルビジネスへのシフトにおける技術のインパクト』の3つのテーマをカバーしており、リアル情報もすべて高度なデジタル情報に置き換えられ、現状を遥かに超える大規模なデータ(ビッグデータ)が創出され、その巨大なシステムの中核にスマートマシンが鎮座し、疑似人格が現出し、労働を含む人間の活動を大規模に代替していく、というように、。
しかも、遠い将来ではなく、2018年までには、人間の仕事の半分を機械が代替し、2017年までには重大かつ破壊的なデジタルビジネスが始まるという。正直、現状の日本の状況と比較した彼我の差が大きすぎて、想像力が追いつかない。日本企業はどう対抗し、存続すればいいのだろう。仕事も会社も皆、スマートマシンに呑み込まれてしまうのだろうか。
■ハイコンテクストによる壁
米国の人類学者である、エドワード・T・ホールが提示した文化の識別法に、「ハイコンテクスト文化とローコンテクスト文化」というのがある。日本は典型的な『ハイコンテクスト文化』に分類されていて、コンテクスト(コミュニケーションの基盤である言語・共通の知識・体験・価値観・ロジック・嗜好性等)の共用性が高い文化とされている。この文化の中では、お互いに共有時間や共有体験があれば、詳しい説明がなくても、なんとなく『察して』意図が通じてしまう。空気を読む、なんていうことが成立するのは、日本文化が典型的にこのハイコンテクスト文化であることを証明しているともいえる。ニコニコ動画のコミュニティや、LINEのスタンプなどの成功もこの特性をうまく利用した結果であることは今では定説と言っていいだろう。そういう意味では、この『ハイコンテクスト性』をうまく壁として利用することは、これまで多少なりとも機能してきた。
また、接客業等のサービス業は、『対面』の『感情労働』が主であるがゆえに、ローコンテクスト文化を代表する米国企業であるウオールマート(流通業)やイーベイ(EC)等は、ハイコンテクスト文化が支配する日本市場においては、コンテキストリッチなサービスが日本の顧客との親密な関係構築には欠かせず、それにうまく対応できずに日本市場では苦戦した、という説もある。
■より一段高いサービスの構想/構築が必要
ただ、ハイコンテクストなサービスは、どうしても蛸壺化につながりやすく、新規顧客の獲得には妨げになるというデメリットもある。ベタベタとまとわりつくような過剰なサービスが苦手な日本人も増えている。それもあって、進化したスマートマシンは、今後かなりの程度このハイコンテクストの壁を乗越えてくるのではないだろうか。私にはそのように思えてならない。
おそらく、機械を過剰に忌避するのでも、過剰に信じるのでもなく、機械に出来ることは機械にまかせ、人間の役割を機械が出来ないことに集中させ、より一段高いサービスを構想/構築することなしには、やはり生き残れなくなってくるのではないだろうか。この機会によく考え直してみることが必要だと思う。逆に、先入観なしに新しいことを受け入れられる柔軟なマインドの持ち主には、この時代に生きる面白さを存分に感じることができるはずだ。やれることはいくらでもある。そのような開き直りこそ、道を切り開くと確信している。