昨日(1月8日)の『NHKクローズアップ現代』は、不登校の影で広がる子どもの睡眠障害をとりあげていた。精神科/心療内科の臨床現場でよく見かける風景であり、啓蒙によって改善する余地の高い分野だけに、問いかける値打ちの高い内容と思った。
ひとことで睡眠障害と言っても、色々なものがある。重篤な精神疾患の随伴症状のひとつのこともあれば、加齢が関与していることもある。比較的若い人の場合、睡眠習慣の問題や生活リズムの問題が主因になっている(概日リズム睡眠-覚醒障害:CRSWD)症例がかなり多く、私自身、番組内容にそっくりなケースに遭遇したことがある。
睡眠を大切にしていないのは子どもだけではない。親が睡眠習慣を軽んじていて、子どもの睡眠習慣の面倒をみていなかったり、深夜の活動を励行していることすらある。中高生に23~24時まで勉強を続けさせ、しかも朝早くに起こして活動させ......そんな事をしていれば日中活動の集中力や持続力が保てなくなるだろうに、問題意識を持っていない親子が案外といたりする。そういう意味では、受験シーズンに「勉強のための夜食」と称して宣伝を打つ食品メーカーは、睡眠を軽んじる消費者に乗じていると言わざるを得ない。受験生は、夜食を食べて夜なべするよりも早く寝て早く起きるべきで、そのほうが受験当日に備えるにも向いている。
深夜の勉強は「いかにも努力している」という雰囲気があり、自己満足は得やすいかもしれない。だが実際にはロクなものではなく、夜更かしで記憶力や集中力の落ちた状態では、遊びも仕事も本領を発揮できないし、学習効率は格段に落ちる。それと免疫の問題もある――寝不足のせいで風邪やインフルエンザに頻繁にかかるようでは本末転倒だ。日中に学業や遊びに集中できるような生活リズムを身に付け実践するほうが、長い目でみれば健康的で効率的だ。
同じような間違いが、新社会人にもままみられる。「そんなに睡眠不足じゃ、仕事が出来なくなってメンタル壊すのは当たり前じゃないか!」と説教したくなるようなライフスタイルを半年~一年程度続けた挙句、内科医から「鬱病の疑い」として紹介されてくるような症例だ。精神病理や就労環境の問題が乏しく、睡眠習慣や生活リズムが滅茶苦茶な症例の場合は、きちんと睡眠をとり、規則正しい生活習慣が身に付けば、驚くほど症状が改善する。
このように、睡眠を軽んじた生活は大きなハンディとリスクをもたらす。ごくたまに夜更かしする程度ならともかく、日常化してしまえば損失は計り知れない。ところが現代人ときたら、睡眠をできるだけ少なく済ませようとする人が多すぎる。睡眠時間を削るのが"効率的"だとさえ考えている人もいる。とんでもない!昼間に100%の力を出したい人、日常生活の効率性に拘りたい人こそ、きちんとした睡眠習慣を身に付け、休むべき時間に休むよう心掛けるべきだ。
■ 文化資本としての睡眠習慣は、次の世代に受け継がれる
ところで、睡眠習慣は人間の体内時計の問題だけでなく、文化や生活環境によって影響され身に付いていく側面を併せ持っている。そういう意味では、個人の生産性を左右する文化資本のひとつとみなすこともできる。睡眠不足な子どもの親もまた睡眠を軽んじているケースが後を絶たないことが示唆しているように、睡眠習慣の問題にも文化資本の世代間移譲の問題がみてとれる。
文化資本としての睡眠習慣は、核家族内の夜間帯に子どもに伝達されるため、親の実生活や躾や価値観が反映されやすい。学校教師や塾講師がどうにかしてくれる可能性はゼロに等しいと言えよう。にも関わらず、その睡眠を軽視する親はまだまだ多い*1。親がマトモな睡眠習慣を身に付けていない家庭では、そのハンディが子どもに移譲される可能性が高くなってしまうだろう。
現代社会は夜遅くまで明かりが灯り、インターネットは24時間動いている。しかし、そういう社会のリズムに身を任せるばかりでは子どもも大人も身がもたない。だから、今回の『クローズアップ現代』ような話はもっとメディアに登場して欲しいし、現代人はもっと睡眠習慣を大切にすべきだと思う。ちゃんと寝てちゃんと起きた生活のほうが、何事も上手くいきやすいのだから。
(2015年1月8日「シロクマの屑籠」より転載)