脳は、眠りによって記憶を促進すると考えられています。逆をいえば、眠らないと記憶が薄れることが考えられるのです。
寝不足になると太ることは「なぜ、寝ないと太るのか?」(http://coffeedoctors.jp/news/752/)で既にご紹介しましたが、寝不足は知的面へも悪影響を及ぼします。
寝不足のラットを作り脳波を細かく調べると、一見起きているように見えるラットでも、脳のある部分に「深いノンレム睡眠の時に現れる波(徐波)」が出ていました。寝不足のラットでは脳の一部が寝ているのです。このような寝不足のラットを餌さがしの迷路に入れると、餌を上手く探すことができません。つまり、寝不足では失敗が多くなるのです。
生後4~5週の子ネコの片目をふさぐと、ふさいだ目からの光刺激に反応する視覚野の神経細胞が減ることが1970年に報告されています。この現象を応用して眠りの脳機能への影響が検討されました。片目を塞ぐことによって生じさせた視覚野の神経細胞の光に対する反応性の左右差は眠らないことで失われるのですが、眠ることでその左右差の程度が増強されたのです。これは眠りが記憶、すなわち脳に生じた変化を確かなものにする作業であることを伺わせる結果であると解釈されています。
今度はヒトの実験です。脳のある部分のみを使う作業をしてもらった後の眠りでは、その部分に徐波が増えます。つまり脳のある部分を使うとその部分がよく寝るのです。被験者に複雑な画像を素早く識別する作業をしてもらい、 脳の特定の場所が活動することを確認します。その後脳の血流を細かく測定できる機械の中で眠ってもらうと、脳内のその場所の血流が増していたのです。そして寝た後にまた同じ作業を行うと正答率が上がりました。つまり脳のある部分を使うとその後の眠りでその部分の血流が増え、徐波が増え、記憶を促進しているようなのです。
ではどのようにして眠りが記憶に影響するのでしょうか。マウスを訓練すると、その習熟度に応じて、脳の神経細胞のシナプス(神経細胞同士の情報交換の場)の数と関連するらしい「棘」が増えます。しかし訓練後に寝かせないようにすると、訓練で増えた棘が減ってしまうのだそうです。棘が増えること、つまりシナプスが増えること、つまりは神経細胞同士の結びつきが増えることが記憶と関係するのかもしれません。
以上、眠りが記憶を強めることを紹介してきましたが、これは逆にいうと眠らないと記憶が薄れることを意味します。辛いことや嫌なことがあると眠れなくなる、ということは多くの方が経験なさっていると思いますが、これはすなわち辛い記憶を残さないための自己防御の不眠なのではないか、ということが日本人研究者によって指摘されています。
医師プロフィール
神山 潤(こうやま じゅん) 小児科
公益社団法人地域医療振興協会東京ベイ浦安市川医療センター CEO(管理者)
昭和56年東京医科歯科大学医学部卒、平成12年同大学大学院助教授(小児科)、平成16年東京北社会保険病院副院長、平成20年同院長、平成21年4月現職。公益社団法人地域医療振興協会理事、日本子ども健康科学会理事、日本小児神経学会評議員、日本睡眠学会理事。主な著書「睡眠の生理と臨床」(診断と治療社)、「子どもの睡眠」(芽ばえ社)、「夜ふかしの脳科学」(中公ラクレ新書)、「ねむりのはなし」(共訳、福音館)、「ねむり学入門」(新曜社)、睡眠関連病態(監修、中山書店)、小児科Wisdom Books子どもの睡眠外来(中山書店)「四快(よんかい)のすすめ」(編、新曜社)、「赤ちゃんにもママにも優しい安眠ガイド」(監修、かんき出版)、「イラストでわかる! 赤ちゃんにもママにも優しい安眠ガイド 」(監修、かんき出版)、「しらべよう!実行しよう!よいすいみん1-3」(監修、岩崎書店、こどもくらぶ編集)等。