北朝鮮「SLBM」発射成功(上)驚異的スピードで開発

北朝鮮がSLBMの実験に成功したことは何を意味するのか、危機はどういう水準まで来ているのだろうか。
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北朝鮮は8月24日午前5時半ごろ、咸鏡南道新浦付近の海域で潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)1発を東北東方向へ発射、SLBMは約500キロ飛行し、日本の防空識別圏の約80キロ内側の海上に落下した。北朝鮮は意図的に高角度で発射する「ロフテッド軌道」で発射しており、通常の角度で発射していれば1000キロ以上は飛行したとみられた。

「勝利中の勝利」と自賛

北朝鮮の党機関紙「労働新聞」は25日付1面で、金正恩(キム・ジョンウン)党委員長の指導のもとでSLBMの発射実験が成功裏に行われたと報じた。金正恩党委員長は今回の発射実験を「成功中の成功、勝利中の勝利」と高く評価した。韓国軍は北朝鮮のSLBMの実戦配備は早くても2、3年後と見ていたが、これは過小評価だったことが明らかになった。

韓国メディアは、北朝鮮は1、2年以内に実戦配備が可能で、場合によっては年内にも実戦配備が行われる危険性があるとした。韓国国防部は8月29日、国会の攻防委員会での報告で、北朝鮮のSLBMの実戦化について「今後、北韓(北朝鮮)は、SLBM配置のために尽力するとみられ、信頼度の検証のための追加発射、潜水艦作戦能力の点検などをし、戦力化までに1~3年程度の期間が必要と予想する」とした。

北朝鮮のSLBMが実戦配備直前の段階まで来たことは否定しがたい。北朝鮮がSLBMの実験に成功したことは何を意味するのか、危機はどういう水準まで来ているのだろうか。

1500~2000キロ飛行の可能性も

北朝鮮は25日午後零時半の朝鮮中央テレビで、SLBMの発射を様々な角度から撮影した動画を放映した。北朝鮮としては異例の早さの動画公開だった。それだけ実験成功を内外に誇示したかったといえる。

韓国軍によれば、今回のSLBMの発射実験は水中からほぼ垂直にミサイルが撃ち出され、水上に出た段階で噴射が始まり、ミサイルは80度以上の高角度で飛行し、分離を経て最大500キロ以上の高度に上昇し、音速の約10倍の速度で大気圏に再突入したと分析している。正常角度で発射すれば1000キロ以上飛行が可能とみられている。飛行距離を抑えるために燃料を調整した可能性もある。ミサイルの高度は通常、射程距離の3分の1か4分の1とされ、燃料調整の可能性を考えれば1500キロから2000キロの射程を持つ可能性があるとの見方も出た。

潜水艦が出港して日本海から発射すれば、韓国はもちろん、日本もほぼ全土が射程内に入る。北朝鮮が8月3日に発射したノドン・ミサイルを秋田沖250キロの日本の排他的経済水域(EEZ)内に落下させたのに続き、今回のSLBMを日本の防空識別圏内に落下させたことは、日本の在日米軍も射程内に入れたことを示唆したものともいえる。

旧ソ連のポンコツ潜水艦

北朝鮮のSLBMの開発スピードは驚異的なものだ。北朝鮮は1990年代にポンコツ同然の旧ソ連の「ゴルフ」級ディーゼル潜水艦を「くず鉄」名目で輸入。これを分解して得た技術で、全長約67メートル、排水量約2000トンの新浦級新型潜水艦を開発した。北朝鮮が保有する新浦級潜水艦は、現在は1隻だけとみられている。北朝鮮はこの潜水艦建造とともにミサイル発射管の試験を水中や地上で繰り返した。北朝鮮のSLBM開発が具体的に把握されたのは昨年初めからだが、驚くべきスピードで実戦配備直前の段階までこぎ着けた。

8月25日付「労働新聞」は「昨年(2015年)5月に戦略潜水艦弾道弾(SLBMの北朝鮮の表現)の水中射出試験を成功させ、わずか1年にもならぬ期間に飛行試験段階に進入するという早い開発速度を誇示したのに続き、今日、再び、さらに高い段階の弾道弾水中射出発射に成功し、われわれの核武力高度化において大きな軍事的進歩を達成した」と自画自賛した。

北朝鮮のSLBMの開発の過程は以下の通りだ。

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課題は潜水艦の建造

この過程を見て言えることは、米韓をはじめとする国際社会が北朝鮮のSLBM開発の速度をあまりに過小評価してきたことだ。

一方、韓国メディアは北朝鮮が早ければ年内にもSLBMを実戦配備する危険性があるとしているが、これは逆に今回の発射実験の成功を過大評価しているようにみえる。

北朝鮮はSLBMを発射できる2000トン級の新浦級潜水艦を1隻しか保有していない。この新浦級もその規模においてSLBMを発射する上で十分とはいえず、SLBMを安定的に発射するためにはもっと大型の潜水艦が必要となる。北朝鮮は現在、3発程度のSLBMを発射できる3000トン級の潜水艦を建造中とみられている。この完成がいつになるかだ。

今回の発射実験の成功で、SLBMの実戦配備については、北朝鮮は、ミサイル技術はほぼ習得したとみられ、課題はこれを搭載できる潜水艦に移行したといえる。

米ジョンズ・ホプキンス大学のシンクタンク「38ノース」のホームページに掲載された分析で、軍事専門家のジョセフ・バミューデス氏はそうした潜水艦によるSLBMの能力を持つのは2020年ごろではないかという見通しを示している。

北朝鮮が獲得した7つの核心的技術

党機関紙「労働新聞」は8月25日にSLBMの発射実験成功を報じる記事で「最大発射深度(1)で、高角発射システムで行われた試射(2)を通じて、弾道ミサイル冷発射システムの安全性(3)と大出力固体エンジンの始動特性(4)、水面出現後の飛行時の弾道ミサイルの段階別飛行動力学的特性を再確認(5)し、段階熱分離システムと制御および誘導システムの信頼性(6)、再突入戦闘部(弾頭部の大気圏再突入)の命中正確度(7)をはじめ弾道ミサイルの中核技術の各指標が作戦的要求に完全に到達したということを確認した」と指摘した。これらを具体的にチェックしてみよう。

第1は「最大発射深度」がどれくらいだったのかという問題だ。北朝鮮がこれまで行って来たSLBMの発射実験でも本当に水中の潜水艦から発射したものなのかどうかが論議の対象になってきた。過去に発表された映像には合成されたものもあることから、過去の実験では水面のバージ船から発射したのではないか、水中発射だが、潜水艦ではなく水中の発射装置から発射したのではないかという疑問が出ていた。今回も水深何メートルくらいから発射したのは不明だ。

発表された動画ではミサイル「北極星」が潜水艦に搭載される映像や、水中の潜水艦の映像があった。潜水艦から発射される水中映像はなかったが、ここまでやって潜水艦ではなく水中の発射装置からの発射というのは少しうがちすぎで、多くの専門家も潜水艦からの発射とみている。北朝鮮は今回の実験を「最大発射深度」から発射したとしているが、水深10メートル程度ではないかとみられている。

第2の「高角発射」は映像からも80度以上の高角での発射とみられる。日本の防空識別圏内に落下したが、それ以上飛ばすと日本に近づきすぎると判断したとみられる。「労働新聞」は「今回の弾道ミサイル水中試射は、周辺諸国の安全にいかなる否定的影響も与えず、成功裏に行われた」とした。付近に漁船などがいなくて被害は出なかったが、予告すらなく、暴挙であることは明らかだ。

第3の「弾道ミサイル冷発射システムの安全性」とは潜水艦からミサイルを噴射させず高圧の空気でミサイルを水上に押し上げた後に点火して噴射する、コールド・ランチと呼ばれる技術だが、映像でもこれは成功していた。ミサイルの炎は水面上に上がった後に出ていた。

固体燃料ミサイルの開発に成功

第4は「大出力固体エンジンの始動特性」だ。発表された映像ではロケットの炎が大きく広がっており、これは液体燃料ではなく固体燃料を使用したことを示していた。スカッド、ノドン、ムスダンという北朝鮮の主流をなすミサイルの燃料は液体燃料だ。

朝鮮中央通信は3月24日に金正恩党委員長の指導のもとで固体燃料の燃焼実験が行われたと報じた。北朝鮮は当初は液体燃料でSLBMの発射実験を行ったが、今年4月のSLBM発射実験では固体燃料で約30キロ飛行させた。ミサイル開発では液体燃料か固体燃料かでミサイルの体系が異なるとされるが、北朝鮮は驚くべき短期間に、固体燃料でのミサイル開発に成功した。

第5は「水面出現後の飛行時の弾道ミサイルの段階別飛行動力学的特性」の再確認だ。注目されるのは今回のSLBMの下部に何個かの羽根のような翼(グリッドフィン)が付いていたことだ。これは過去のSLBMには付いてなかった。これでSLBMの飛行の安定性を確保したとみられる。北朝鮮が6月23日に報道した中距離弾道ミサイル「ムスダン」の発射実験の際にも、ミサイル下部にこの羽根のような翼が8個付いておりミサイルの重心を制御する機能があるとみられる。

第6は「段階熱分離システムと制御および誘導システムの信頼性」だ。今回の発射実験では、適切な高度での第1弾ロケットと第2弾ロケットの分離にも成功している。

第7の「再突入戦闘部の命中正確度」は、落下した弾頭部分の位置を把握し、それを回収しないと正確なことは言えないが、北朝鮮は3月15日に、金正恩党委員長が「大気圏再突入シミュレーション実験」を視察し、「試験の結果はすべての技術的指標を満たした」と報じた。今回の実験でも大気圏再突入には成功したと見るべきであろう。

北朝鮮は、今回の実験で、SLBM発射の7つの「中核技術(核心的技術)」の実験に成功したと主張した。これまでのプロセスを考えれば、これを再び過小評価することは、北朝鮮による危機を直視することなく目をそらすことになるように思う。

「THAAD」の無力化も

北朝鮮がSLBMを保有すればどういう脅威が現実になるのであろうか。第1には、日米韓ともSLBM攻撃を迎撃することは極めて困難だということだ。今回のSLBMは海上の50キロ上空でマッハ10程度の速度だったとみられている。韓国軍は、高高度防衛ミサイル(THAAD)はマッハ14まで迎撃できるとしているが、これはあくまで理論的な話である。

潜水艦が出港すれば、どこにいるか把握することは容易ではない。またほとんどの迎撃システムのレーダーは120度くらいの幅をカバーしており、360度すべてをカバーしているわけではない。さらに低空でミサイル攻撃をされれば高高度防衛ミサイルは役に立たない。

第2に、北朝鮮の核施設への攻撃が極めて困難になる。北朝鮮は地上のミサイルでも最近しきりに移動発射台からの発射を試み、敵側からの攻撃を避ける工夫をしている。これに加え、SLBMが実戦配備されれば、これを常時監視することは簡単ではない。

北朝鮮の潜水艦は現状では静謐性に劣り比較的探査はしやすいとされるが、海底の地形が複雑で、船舶の往来が多い日本海で潜水すれば、これを常時監視し続けることは容易ではない。SLBMが実戦配備されれば、韓国や日本は日本海からの不意の攻撃に神経を尖らせるという努力を強いられる。

「第2撃能力」獲得へ

第3に、北朝鮮が直接米本土などを攻撃できる大陸間弾道ミサイル(ICBM)を保有しなくても、潜水艦で近くまで行き、そこからSLBMで攻撃を掛けることが可能になる。その意味で、北朝鮮が1000キロ以上の射程を持ったSLBMを持った意味は大きい。今回の実験成功で、北朝鮮は現時点でも、韓国全土だけでなく日本もSLBMの射程内に収める能力を持ったとみるべきだろう。状況によっては、グアムの米軍基地も攻撃可能になる。

第4に、北朝鮮がSLBMを保有することは「第2撃」を保有することになる。1960年代の米ソ冷戦下でいわれた核抑止論で「相互確証破壊」という考え方がある。相手の先制攻撃から自国の核戦力を必ず生き残れるようにし、先制攻撃を受けても報復攻撃で確実に相手を破壊する能力を持つことだ。SLBMはその代表的な核兵器だ。有事の際に、敵側が北朝鮮の核施設を集中的に攻撃し、北朝鮮の「第1撃」攻撃を封じ込めても、北朝鮮は任意の水域にいる潜水艦から敵側へSLBMで「第2撃」の報復攻撃を掛けることができる。そういう意味で、北朝鮮にとってSLBMは大きな核抑止力になる。

先述したように、北朝鮮がSLBM発射実験を成功させたことで、次の課題は、これを搭載する潜水艦の建造となってくる。これについては後述する。

米韓合同軍事演習に対抗

北朝鮮が8月24日にSLBMの発射実験を行ったのは、同22日から始まった米韓合同軍事演習「乙支フリーダムガーディアン(UFG)」に対抗するためだ。北朝鮮はSLBMによって韓国だけでなく、在日米軍基地やグアムの米軍基地も攻撃対象であることを誇示したといえる。金正恩党委員長が「米国がいくら否認しても、米本土と太平洋作戦地帯は今やわれわれの掌中に確実に収まっている」と述べたことにもその意図が示されている。

UFGは9月2日まで行われ、米軍が約2万5000人、韓国軍約5万人が参加している。UFGは指揮所訓練で野外の機動訓練はない。

米韓両国はこれまで、米韓合同軍事演習はどこまでも防衛的なものであると強調してきた。しかし、今年春の米韓合同軍事演習「キー・リゾルブ」と野外機動訓練「フォールイーグル」では、有事の際の「平壌侵攻」や金正恩党委員長など北朝鮮指導部を除去する「斬首作戦」に言及するなど、これまでと対応を変えた。これは昨年6月に米韓両国が署名した「作戦計画5015」に基づくものだ。

韓国メディアによれば、韓国政府関係者は「『作戦計画5015』では有事に北の核・ミサイル基地を無力化するシナリオが適用されると承知している」と述べている。今回のUFGもこの「作戦5015」に基づいて訓練が行われている。つまり、「作戦5015」には有事に、米韓が合同で北朝鮮の核・ミサイル基地を攻撃する内容が含まれており、UFGにはそのための訓練も含まれているといえる。

「容赦なく朝鮮式の核先制攻撃を浴びせ......」

北朝鮮の人民軍総参謀部は22日に報道官声明で「われわれの神聖な領土と領海、領空に対するいささかの侵略兆候でも見せる場合、容赦なく朝鮮式の核先制打撃を浴びせて挑発の牙城を灰じんにつくってしまう」と威嚇した。

北朝鮮はUFGに対抗し最高水準の警戒態勢である「特別警戒勤務1号」を発令したとみられている。北朝鮮は昨年のUFGには「特別警戒勤務2号」を発令したが、今年はこれを1ランク上げた。

北朝鮮がUFGに対してSLBMの発射実験で対応したことは、北朝鮮式の考え方では合理的な反発だった。米韓側が有事に北朝鮮の核・ミサイル基地の無力化を図ろうとするのであるから、北朝鮮側は攻撃対象になりにくいSLBMで対抗するとの意思表示であろう。

米戦略軍はUFGに先立つ8月17日、B52、B1、B2の3機種の戦略爆撃機を同時にアジア太平洋地域に展開したと発表した。3種類の戦略爆撃機を同時に同じ空域に活動させるのは極めて異例で、軍事的な挑発を続ける北朝鮮や中国を意識した展開であることは間違いない。特に北朝鮮は核攻撃能力を持つ米国の戦略爆撃機の動静には異常なほど神経を尖らせている。

平井久志

ジャーナリスト。1952年香川県生れ。75年早稲田大学法学部卒業、共同通信社に入社。外信部、ソウル支局長、北京特派員、編集委員兼論説委員などを経て2012年3月に定年退社。現在、共同通信客員論説委員。2002年、瀋陽事件報道で新聞協会賞受賞。同年、瀋陽事件や北朝鮮経済改革などの朝鮮問題報道でボーン・上田賞受賞。 著書に『ソウル打令―反日と嫌韓の谷間で―』『日韓子育て戦争―「虹」と「星」が架ける橋―』(共に徳間書店)、『コリア打令―あまりにダイナミックな韓国人の現住所―』(ビジネス社)、『なぜ北朝鮮は孤立するのか 金正日 破局へ向かう「先軍体制」』(新潮選書)『北朝鮮の指導体制と後継 金正日から金正恩へ』(岩波現代文庫)など。

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(2016年9月1日「新潮社フォーサイト」より転載)