喜劇王として知られるチャップリンが、近隣諸国への軍事侵略を進めていたドイツ・ヒトラー政権やファシズムを痛烈に批判した1940年公開の映画『独裁者』。チャップリン演じる主人公が、民主主義と人権の大切さを訴える約3分半のスピーチをする最後のシーンは、今に語り継がれる。
この伝説的な独白にあわせて4人の男性がダンスを披露する動画が11月11日、公開された。アメリカ最大級のダンスコンテスト『BODY ROCK』で日本人として初の優勝を果たし、三浦大知さんのバックダンサーやジャニーズ、K-POPグループの振り付けやライブ演出なども務めるダンスパフォーマンスグループ「s**t kingz(シットキングス)」の作品だ。
創作のきっかけは、アメリカで黒人男性のジョージ・フロイドさんが白人警官に暴行され亡くなった事件を機に、アメリカから世界に広がった黒人差別への抗議運動“Black Lives Matter(BLM)“だったという。
日本でも多くの著名人がSNSなどを通じて声をあげたBLM運動だが、アーティストのこうした発信は「政治的」と受け止められ、批判の的になることもある。
チャップリンという偉大な先人のメッセージを現代に”踊り継いだ“4人に、エンタメを通じてメッセージを発信することの「覚悟」を聞きにいった。
shoji、kazuki、NOPPO、Oguriの30代男性4人からなるダンスパフォーマンスグループ「s**tkingz(シットキングス)」が、“チャップリン動画”の制作を決めたのは、BLM運動の中で世界中のダンサーたちの悲痛な声と怒りに触れたことだった。アメリカで共同生活をしながらダンスを学んだり、欧米での海外ツアーなども頻繁に行ってきたメンバーたち。SNSで「身近な仲間たち」が次々とアクションする姿はショッキングだった。
「黒人差別の問題や同様の事件は過去にもあったと思うんですけど、今回は何かが違うと思いました」。そう語るのは、メンバーのOguri。
「コロナの影響もあったと思います。全世界が共通の苦境に立たされている中で、より一層、日常的にはびこってきた差別の問題に敏感になっていた部分もあるのかもしれませんが、身近な仲間たちが次々とリアクションしていて、自分もただ黙って見ているのは違うなと思い始めたんです」(Oguri)
ムーブメントの中で、複数のダンサーが、チャップリンの映画『独裁者』の最後のスピーチを引用しながらBLMを訴えていたのが目についた。サイレント映画などでチャップリンが見せる「言葉がなくとも伝わるおかしみ」とは違う、力強さに胸を打たれた。
「4人で、これを踊りたい」。
Oguriの呼びかけに、メンバーはすぐに賛同。「ダンスでハッピーを届けたい」を合言葉にしてきた4人にとって、シリアスで政治的でもある、「新境地」といえるチャレンジが始まった。
自分の“無自覚”と向き合う
創作を通じて、もっとも大変だったことの一つが、過去の自分の“無自覚”に向き合うこと。
メンバーのkazukiは、「これまで、アメリカに住んでダンスを習ったり現地のダンサーと一緒に踊ったりしてきました。あんなにアメリカ人の仲間たちと親しく接してきたのに、黒人差別の問題について全く理解できていなかったことに気づき、まずはそれが衝撃でした」と告白する。
リーダーのshojiは、アメリカに住み込みながらダンスを学んでいた時期の、ある夜の出来事を思い出していた。
「僕が世話になっていた(非白人の)アメリカ人のカップルが、ある夜泣きながら帰ってきたんです。どうしたの?と尋ねると『警察に声をかけられて殺されるかと思った。怖かったからずっとスマホでビデオを撮っていた』というんです。正直その時の僕は、彼らの怯え方にピンときていませんでした。警察官に声をかけられて殺されるような怖い思いをするって、どういうこと? 日本ではリアリティがないですよね。でも、今回のBLM運動を通じて、自分の仲間が、本当にこんな怖い世界に住んでいるんだということが“時間差”でわかってきたんです」(shoji)
無知だった過去を反省するだけでなく、「知った今」何をすべきか。
映画作品を通じて、差別や憎しみ合いに陥る人間を批判し、“ユダヤ人も、ユダヤ人以外の人も、黒人も白人も、全ての人を助けたい”“人間とはお互いに助け合いたい生き物なのだ”などとヒューマニズムを訴えたチャップリンのセリフを何度も聞くうちに、プロジェクトはメンバーの中で必然性を帯びていった。
「BlackLivesMatterがきっかけではあったけれども、日常のあらゆるところに差別や偏見があることに改めて気づきました。僕の中にもあると思うんです。月並みだけど、それに気づき、少しでもなくしていくことが大事じゃないですか。だけど今は、80年前にチャップリンが指摘した問題が何も解決されていない。だけど、だからこそ、“今のエンタメのフィルター”を通して自分たちなりに伝えてみたい。そう思ったんです」(shoji)
アーティストとしての衝動を「正解」にするために学ぶ
ダンス制作と並行して、リーダーのshojiは作品の“裏付け”に着手した。
母校の神田外語大学で黒人文化について研究している教授に連絡をとり、kazukiとともに黒人差別の歴史についてZoomで話を聞かせてもらった。
人種問題、特に黒人差別の問題は、日本に住む人には一見遠く感じてしまう部分もある。しかし「差別は身の周りのいたるところにある」と教授はいい、身近な例を交えて話してくれたという。
また、作品のデモをドイツ人の友人にも見せ、感想を集めた。
ヒトラー扮するチャップリンのスピーチをモチーフとすることが、誤ったメッセージ発信にならないか。映画芸術をプロパガンダとして利用したヒトラーに関わるものだからこそ、一層センシティブに取り組んだという。
「(アーティストとして)作品を作りたいと思った衝動は、絶対に正しいと僕は思っているんです。そこに、自分たちの作品を後押し出来る自信と確信が欲しかった。だから歴史を調べたり、取材したりしました」(shoji)
1人では難しくても、「チーム」だからできる
綿密なリサーチも伴いながら制作にあたってきたが、それでも、4人の中には何度も迷いが生じた。言い出しっぺのOguriは「何度も危ういモードに入りかけた」と吐露する。
「(作品について)色んな人に相談する過程で、『どんな気持ちで発表するのか』『世に与える影響をどう考えるのか』などの問いに対して、自分の中に確固たる答えが用意できていないことに気づくことが多々ありました。何より、これを見て悲しい気持ちになる人がいるんじゃないか、と不安になることもありました。衝動的にやりたいと思ったものを、掘り下げていくと、考えるべき要素、学ぶべき要素がたくさんあって、気が遠くなったり挫折しかけるような瞬間もあって…。それでも、shojiくんが率先して色々調べてくれて、他のメンバーもやった方がいい、と言ってくれて、4人のパワーで完成までもってこられて本当に良かったです」(Oguri)
「挫折しかける瞬間があった……」。
思わず溢れたOguriの一言に、残りの3人は「わかる、わかる」と頷く。
「1人では決してできなかったし、やろうとも思わなかったはず。4人だからこそ何とか作り上げることができたんだと思います」。メンバーのNOPPOはそう語る。
見る人の“感性”に訴え、最後は委ねる
そうしてメンバーの挑戦が詰まった“チャップリン動画”が完成。
衝動を起点に、言葉や理論で確からしさをたぐり寄せて、初めて形になった。1人では勇気がでなかったかもしれないが、チームだから完成させられた。
さて、エンターテイメントを通して社会にメッセージを発信するとは一体どういうことなのだろうか。
シットキングスの答えは、「見る人の“感性”に訴え、委ねること」。
「『差別をやめよう』と言葉で言われても、なかなか伝わらない部分もあるし、それは僕たちが得意としていることではない。ダンスを見てもらって、身体的に何かを感じてもらえたら嬉しいです」(kazuki)
「エンターテイメントとして見ているからこそ、感じられるものもある。押し付けがましくなく、意味を限定するのでもなく、見る人に解釈の“余白”があることが、とても大事なんだと思います」(NOPPO)
*
80年の時を経て、引き継がれた一つのバトン。
「私たちは皆、お互い助け合いたいのだ。人間というのはそういうものなのだ。私たちはお互いの不幸によってではなく、お互いの幸福によって生きていきたいのだ」
チャップリンのこの名セリフをどう受け止め、生きるのか。私たちに委ねられている。