HI-SEASの科学者が居住環境の上にある山の尾根の頂上にいる。
火星に人を送ることは、技術的にも心理的にも大きなチャレンジだ。
アメリカ航空宇宙局(NASA)とハワイ大学は、火星で居住することを想定した1年間のシミュレーション実験を行った。
ハワイ島マウナロア火山に建設したビニール製のドーム型火星模擬体験施設「HI-SEAS」に、6人の男女が外界と完全に隔絶された状態で、どのような心理的影響があるのかを調査した。
ドームの広さは111.5平方メートルで、研究室のほか、食堂、運動スペース、キッチン、6人のベッドニュースが備えられている。電力供給は10キロワットのソーラーパネルだけ、食事は缶詰か粉末状の保存食だけだった。また、外界とのコミュニケーションは火星との通信を想定して20分のタイムラグが設定され、ドーム外に出るときには宇宙服の着用が義務付けられた。
この実験に参加した6人の国際的科学者チームは、メンタル面での強烈なストレスにさらされ続けた。
火星模擬体験施設「HI-SEAS」で医療と安全管理のチーフを務めたシェイナ・ギフォード氏にとって、最大の試練は”無力感”だったという。
8月28日、6人のクルーはドームから出て、365日経ってはじめて宇宙服を脱いだ。今までアメリカで実施された中で最長の"宇宙旅行"に終わりを告げた。
【参考記事】
ギフォード氏が”地球への帰還”と呼んでいた日までに、ハフポストUS版はクルーに話を聞いた。クルーたちは火星で人間が生活を送れるよう準備するために、自分たちの生活を1年間捧げた。メールと音声録音を通じて会話をしたところ、HI-SEASのクルーたちは個人的な苦労や将来の計画、人間は何でもできるという実感など、あらゆることを共有してくれた。この取材も、20分のタイムラグが発生しながら行われた。
2016年8月28日に住居に入ってから、HI-SEASのメンバーは完全に宇宙服に身を包んでいる間しか外を冒険することが許されなかった。
HI-SEAS Ⅳのクルーたち。左から順に、生物学者サイプリエン・ヴェルソー、チーフサイエンティフィックオフィサー・物理学者クリスティアン・ハイニッケ、カーメル・ジョンストン隊長、設計担当トリスタン・バッシングスウェイト、チーフメディカル・セーフティオフィサー・ジャーナリスト シェイナ・ギフォード、チーフエンジニアリングオフィサー アンドレ・スチュアート。
地球での慌ただしい毎日の生活では、1年はあっという間に過ぎ去るように感じる。しかし、海抜8200フィート(約2500メートル)の岩盤地帯にあるドーム(または将来的には火星にある小規模住居)に自分を隔離してみると、人は時間がゆるやかに続くことを期待するようになるかもしれない。
幸運にも、NASAから課せられた任務があったから、HI-SEASのクルーは毎日厳格なスケジュールがあり忙しかった。研究、地質調査のための野外作業、装置の試運転、料理、訓練などだ。
クルーのカーメル・ジョンストン隊長は、模擬火星では本当にさまざまなことが起こり、時には「なんとか持ちこたえようとただ努力しているだけ」のときもあった、と話した。
チームが丸1年山の上にいるというアイディアは「まったくもって不条理なものだ」と、ギフォード氏は言う。
「1年いるように感じなかったのが最も不思議なことです。数カ月いるようにしか感じられませんでした」と、彼女は語った。そして時間が経過する感覚は人それぞれまったく違うことがわかったという。
だからといって、この12カ月が容易なものだったというわけでなない。例えば、新鮮な食べ物はないし、顔に風が当たらない。そうした明らかな違いがある以上に、地球から離れた時間には計り知れない精神的困難があった。それこそがこの模擬滞在の主な目的でもある。つまり、衝突、ストレス、憂鬱といった宇宙旅行に関するリスクの理解を深めることだ。
例えば、ギフォード氏の祖母が7月に亡くなった。「予測されたことだったとはいえ、葬儀に行けなかったのは非常に苦しかった」と彼女は述べた。
「私は遅れて届いた動画を見て、祖母に別れを告げました」と、ギフォード氏はハフポストUS版に述べた。「こんなことは誰も望まないことです。誰もが同意すると思いますが、地球にいないということが、宇宙にいる上で最も困難なのです」
【参考記事】
ジョンストン氏は、連絡を取り合うことを期待していた人たちと、だんだん疎遠になっていったことに苦悩したという。
「私たちは生活のすべてを変え、メールでしかコミュニケーションができない制限を受けていました」と、彼女は述べた。「起こっていることすべてを逃しているように感じると、結構がっかりすることもあります」
建築学者のトリスタン・バッシングスウェイト氏はしょっちゅう「死ぬほど退屈に感じていた」とハフポストUS版に語った。研究や調査以外の時間は、ひたすら一人になりたいと願い、逃げる場所を探していたという。
「人は1分間優しい人になれても、その次の瞬間には迷惑な人にもなれるのです」と、彼はメールで述べた。「現実世界ではまったく気にしないようなささいなことを人から受けたとしたら、この場所にでは『そいつを階段から突き飛ばしてやろう』と考えてしまうこともあるのです」
こうした状況に追い込まれたクルーたちがどう対応し、互いにどう交流したかを知ることがNASAの目的だ。NASAは2030年代中に火星に宇宙飛行士を送りたいと思っている。カメラや身体運動の追跡などを活用し、火星への拡張任務の間のチームパフォーマンスに影響を与えることができるかもしれない。認識、社会、精神的要素の広範囲におよぶデータを研究者たちは収集した。
驚くべきことに、クルーたちは諦めたり遠い偽の世界から離れて地球の生活に戻ろうという感情は全く生まれなかったという。退屈な時や休憩時間があったときは、忙しくあり続けるための方法を模索した。
読書家のバッシングスウェイト氏は、「本はこことは違う世界への小さな扉だった」と述べた。また彼は建築学の博士課程取得にも取り組んでおり、限られた使える資源で料理することも学んだ。彼は居住中に20パウンド(約9キロ)体重を落とした。
火星居住を進める上での大きな問題は、この任務から研究者が何を学べるのかということだ。クルーたちは自分たちの犠牲により、人間は火星に行けると確信している。
「良いこと、悪いことすべてから学ぶことはあります。隔離されない限り、学習できません」と、ジョンストン氏は書いている。「成功したこと、失敗したことは宇宙飛行士と火星人の生活を向上する上で役立つ可能性のあるデータとなるのです」
”これから宇宙船と基地も作らなければいけませんし、この経験を理解することで適切な物が作れるでしょう”と、バッシングスウェイトは書いている。”それが終わったら、ちょっとの時間と努力ですぐに人々は火星に行けるでしょう”。
いわゆる”再突入”への秒読みに向けて、クルーたちは私たち人間が当たり前のことと思っている何気ない日常を楽しみにしている。愛する人をハグし、バーガーに舌鼓をうち、海で泳ぎ、草むらを走ることだ。
家族と過ごしたり外に出て時間を過ごすことに加えて、バッシングスウェイト氏は窓がある場所で生活することを心待にしていた。
「ええ!窓全部が私だけのものになるのですか?」と、彼は書いている。「昨年は中くらいのピザの大きさ程度の窓をみんなで共有していたので、どうしたらいいかさえ分からないんです」
ギフォード氏が地上から離れている間、火星への旅は私たちが予期しているより遥かに厳しい可能性があると気づいた。良いニュースとしては、人間は大体何でもできます」と、ギフォード氏は言う。
ギフォード氏は、「もう一点はっきりしておきたい」こととして、HI-SEASのクルーは実際には火星にいないし、火星に送られるわけではない、という点を指摘した。
「そのことを理解していない人があまりに多くて驚きます」と、ギフォード氏は語った。
ハフポストUS版より翻訳・加筆しました。
▼画像集が開きます
(スライドショーが見られない方はこちらへ)