水浸しのストーブと車のない生活。そこから得られる見返りは・・・

シンプル・ライフは、時にして、全くシンプルではなかったりする。

南米チリのパタゴニア地方で暮らす私たちの日常のストーリーが、シンプルに生きたいと思っている人たちの手助けになるかもしれないし、忙しく都会で生きている人には、リラックスできる空間を提供できるかもしれない、という思いで「シンプル・ライフ・ダイアリー」というブログを書き始めました。今回は、その7回目をシェアします。

「シンプル・ライフ・ダイアリー」7月22日の日記から。

シンプル・ライフは、時にして、全くシンプルではなかったりする。予想外のことが起こるからだ。

「大変だ!」今日の午後、ポールが突然、外から叫んだ。

「ゲスト・キャビンの薪ストーブが水浸しになってる!」

「ええ?」

「ストーブに火を付けようとして、ドアを開けたら、水が溢れ出して来たんだ。床が水浸しだよ。バケツを持ってきてくれる?」

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Paul Coleman

バケツと雑巾を持って、ゲスト用のキャビンに行くと、ポールが、プラスチックのカップで、ストーブから水を掬い出していた。ストーブからは、木炭と灰が混ざって真っ黒になった水が溢れ出て、床が汚れてしまっていた。

「今までやった作業が台無しだよ。作ったばかりのキャビンなのに!」ポールは、とても、がっかりしていた。ちょうど今朝、友達から電話が来て、来週末にある有機農業協会のミーティングをうちでやってもらえないかと言われ、快く承諾したばかりだった。このミーティングのために、ポールはキャビンに行って、ベンチを作ったり、仕上げの仕事をして、できるだけ居心地の良い空間にしようとしていたのだ。

でも、ストーブの中に、こんなに水が溜まっていたなんて、全く不思議だった。屋根裏に上がってみると、天井は乾いている。どうやら、煙突のてっぺんにかぶせてある蓋の煙が出て来るスペースから、雨が吹き込んだらしかった。煙突も蓋も、ストーブに付属してきた純正品で、値段も安くはない。まさか、ドアを開けたら、水が溢れてくるなんて、まったく、いやになってしまう。

「屋根に上って、もう一回、見てくる」

屋根に上がるのは、比較的簡単なので、梯子を上がって煙突を調べてみると、やはり、煙が出て来るスペースが大きく開き過ぎていて、そこから、横殴りの雨が吹き込んだらしかった。解決するためには、地元の道具屋で、別の蓋を買うしかない。この蓋はどう見ても、雨が多いパタゴニア仕様ではなく、雨がほとんど降らないアタカマ砂漠仕様としか思えなかった。

今日はどのみち、買い物に行く予定だったので、バックパックを持って、丘を降りた。ゲートを通って、最近、舗装されたばかりの車道に出て、オレンジ色の吊り橋を渡り、景色を楽しみながら、村まで歩いた。道路の両側は広い牧草地になっていて、牛たちが草を食み、羊たちがメーメーと鳴き、山は低くたれこめた雲の向こうに隠れていた。空気が湿っていて、霧が立ち込めていた。今日もまた、雨になりそうだ。このところの豪雨続きで川の水位は上がり、濁流がものすごい勢いで流れていた。

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Paul Coleman

もう7年間、車のない生活をしているけれど、不便を感じたことはないし、このスタイルが気に入っている。村に買い物に行く時には、ポールと中国や韓国を歩いていた時に使っていたバックパックを背負って行く。当時は、寝袋やキャンプ道具を入れていた45リットルのバックパックが、今は、食料品で一杯になる。時には、村の人が車で通りかかって、乗せてくれることもある。村には、バスやタクシーなどのサービスがないので、誰かが歩いていると、気軽に乗せてくれるのだ。もし、車が必要な場合は、友達のハビエルに電話をすれば、迎えに来てくれる。ハビエルは、ハイヤーサービスをしていて、安全運転なので安心だ。

ポールは、10年間、カナダでお金持ちの奥様のお抱え運転手をしていて、ロールス・ロイスなどのビンテージカーを運転していた。だから、ポールが、「もう、運転はしたくない」と言った時、それは、納得の行くことだった。私も、ポールと結婚してから、バックパックを背負って、何千キロも歩いて木を植える経験をし、「陸続きである限り、人間は自分の足でどこまでも歩いて行くことができる」と実感したので、「車はいらないよ。村までは歩いて行けばいいし、遠くへ行きたいときには、誰かに車を頼めばいい。車は高いし、ガソリン、保険、メンテナンス、何かとお金がかかるからね」と言われた時、それは、その通りだと思えた。

30分後、村に到着した。最初に、煙突の蓋を買うため、道具屋に言った。店で働いているボリスと、天気の話をする。

「いやあ、この間は、冷え込んだねえ。零下5度だったよ。お宅は、暖かい?」」ボリスは、興味津々だった。

「うん、うちは、暖かいよ。零下5度だった日、朝起きたら、室内は、10度だった。薪ストーブをつけたら、すぐに20度まで上がったよ」と言うと、ボリスはとても驚いて、どうやって、家を建てたのかと尋ねた。そこで、アースバック(土嚢)とターフ(芝生のブロック)を断熱材にして、家を作ったことを説明した。

「家が暖かいっていうのは、いいよねえ。僕らは、みんな、木で家を建ててるから、ストーブをつけても、なかなか、温まらないんだよ」と、ボリスは言った。

「時間がある時に、うちに遊びに来てよ」 私は、ボリスを招待した。村の人は、みな興味を持っていて、よく、うちに見学に来るのだ。とは言っても、ボリスはいつも忙しいので、うちに来るのは、ずいぶん、先のことになるだろうけど。

道具屋の次は、マリセルという小さな食料品店に言った。

「オラ、セニョーラ・ブランカ、コモ・エスタス?」(ブランカさん、元気?)

いつものように店のオーナーのブランカおばさんに挨拶をする。ここでも、毎日、寒いわねえという話になる。最近の厳しい冷え込みぶりは、珍しいことなので、どこへ行っても、天気の話題になる。食料品をカゴに入れ、ふと見ると、大きなキャットフードの袋が売っていた。大袋で買うと安いので、これも買うことにする。でも、重いし、バックパックには入らない。そこで、ハビエルに電話をした。ハビエルは、数分後に店に来てくれ、家まで送ってくれた。

トラックから荷物を降ろすと、ハビエルは、「運んであげるよ」と、親切にキャットフードを肩に乗せ、ゲートをくぐり、丘を上がり始めた。途中、ガソリンのタンクが置いてあるあるのに気づいて、それも、一緒に運んでくれた。冬の間は、雨続きでソーラーパネルでは充電できないことも多いので、発電機を使って充電するためにガソリンが必要なのだ。

「ポールが何してるか、見に行こう」

荷物をキッチンに下ろし、ハビエルと一緒に、ゲスト・キャビンに下りて行った。

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Paul Coleman

「オラ、ハビエル!」ポールは、ハビエルに会って、嬉しそうだった。

キャビンに入ると、薪ストーブの火が燃えていて、快適な温度だった。ポールは、作りかけの木のベンチを一つ、作り終えていた。この木のベンチは、三つ組になっていて、一つずつ、椅子として使うこともできるし、二段ベッドに上がるステップとして使ったり、シングルベッドの横に一列に並べて、ダブルベッドにすることもできる仕組み。ポールは、長年、船に乗っていたので、船内のキャビンのように限られたスペースを有効に使うことが得意だ。

「いいキャビンだね。快適だ」と、ハビエル。

「うん、ストーブの中に水が溜まってたから、大分、湿っていたけど、火をつけてから、一時間半しかたっていないのに、もう部屋が暖まったよ」と、ポールが説明する。

「丘の斜面を切り崩して、そこに、キャビンを建てたから、周りの土が断熱材代わりになっているんだ。壁はアースバックで作っているから、そこに熱が溜まるし、家の周りの地面にビニールシートを敷き詰めたので、床下と家の周りの地下が、乾いて、暖かくなっている。冬には、地中の熱が、床下から上がって来る仕組みなんだよ」

すると、ハビエルが、言った。

「なるほど。すごく理に叶ったシステムだよね。僕も、自分の土地にキャビンを作ろうと思っているんだ。丘の斜面にトンネルを掘って、その中をリビングスペースにする。もちろん、周りの地面には、ビニールシートを敷いて、中に水が入らないようにする。ホビットの家みたいなキャビンにしたいんだ」

ハビエルは、最近、とても景色の美しい谷に、見晴らしのいい土地を買ったばかり。きっと、美しいキャビンになるだろう。

「嬉しいよね。どんどん、他の人が、僕らと同じようなスタイルの家を作り始めてるんだから」

ハビエルが帰った後、ポールが言った。

「うん、本当だね。7年前に家を作り始めた頃は、『土で家を作るなんて。ここは雨が多いんだから、家は潰れてしまうよ』なんて、言われたりしたけど、今では、まねする人が増えてきたもんね」

ますます、キャビンを完成させるためにやる気が出た。

シンプル・ライフは、チャレンジが一杯。でも、そこから得られる見返りは素晴らしいのだ。

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