カイコの性決定の最上流因子はタンパク質ではなくRNAであった!

カイコの性決定の最上流因子は80年間不明であったが、カイコの雌性がタンパク質ではなく小分子RNAによって決定されていることが示された。
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カイコの性決定の最上流因子は80年間不明であったが、今回、カイコの雌性がタンパク質ではなく小分子RNAによって決定されていることが示された。小分子RNAが性決定の最上流因子である生物はこれまで報告されていない。

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MUNETAKA KAWAMOTO

絹ビジネスにおいて、カイコの性を操作することは収益に直結する。雄は雌よりも高品質の絹糸からなる繭を作るため、数十億ドル規模の養蚕業界では、雄だけを育てる簡単な方法が長年求められてきた。

それが今、現実的な目標になった可能性がある。カイコガBombyx moriの性を決定する仕組みが明らかにされたのだ(参考文献1)。カイコの性決定を行う最上流因子は小さなRNA分子であることが分かった。タンパク質以外の物質が性決定のプロセスと結び付けられたのは、これが初めてだ。

ガやチョウを含む鱗翅目に属するほぼ全ての昆虫における性決定は、哺乳類のXY型とは異なり、W染色体が雌を決定するWZ型である。雌のカイコはWとZの性染色体を持つ一方、雄にはZ染色体が2本ある。2013年、カイコの遺伝子を操作して雌に致死性のタンパク質を発現させる方法が示された(Nature 2013年4月8日オンライン掲載、http://nature.asia/nd1408nn1参照)。

しかし、カイコを雌にするW染色体上の遺伝子は特定されていなかった。というのも、W染色体にはタンパク質を作る遺伝子が全く見当たらず、ほとんどがトランスポゾンと呼ばれる寄生的な可動性遺伝因子をはじめとする反復配列が入れ子状に集積した領域ばかりだったのだ。2011年、東京大学に所属する昆虫学者の勝間進を中心とする研究チームは、W染色体の性決定領域からトランスポゾンを前駆体とする小分子RNAが産生されていることを発見した(参考文献2)。

性に特異的

勝間らはNature 2014年5月29日号に発表した論文(参考文献1)で、この小分子RNAの1つを作り出す前駆体が雌のカイコに特異的なものであることを明らかにし、雌性決定因子を意味するFeminizerFem)と命名した。また勝間らの実験結果は、Femがカイコの性決定の最上流因子であることを示唆している。

Femから作り出される小分子RNAは、Z染色体上の特定の遺伝子から発現されるメッセンジャーRNAを標的とし、これを分解するため、著者らはこのZ染色体上の遺伝子を雄性決定因子としてMasculinizerMasc)遺伝子と名付けた。Mascを抑制した胚では、雌の組織形成を決定する遺伝子発現が行われる。

この論文に関連するNews & Views(Nature 2014年5月29日号570~571ページ参照)を執筆したチェスケー・ブジェヨヴィツェ昆虫学研究所(チェコ共和国)の分子遺伝学者František Marecによれば、勝間らの成果は、Fem RNAが雌のカイコの性を決定することを強力に論証するものだという。

Marecは、他の鱗翅目昆虫も同じ仕組みで性決定を行っているのではないかと考えている。実際、Marecが研究しているガでは、W染色体のごく一部を雄のゲノムに加えただけで、雄の変異体は胚のまま死んでしまった。

勝間らは、実用化を目指してカイコの人為的性操作に取り組んでいると話す。しかしMarecは、雄のカイコばかりになるような品種を得ることは容易でないと予想する。Fem RNAを遮断するだけでは、普通の雌(WZ)胚が雄に変わることはなく、雄(ZZ)胚のMascを抑制すると、胚の段階で死んでしまったからである。

全て雌になる遺伝子組換えカイコを作出する方が実現性は高いだろう、とMarecは話し、こう続けた。「雌の場合は自動的に死に至るような遺伝学的方法が必要なのです」。

鱗翅目昆虫のラショナルコントロール

勝間 進(論文責任著者)

東京大学大学院農学生命科学研究科

生産・環境生物学専攻 准教授

2007年に「プラチナボーイ」と呼ばれる雄のみが孵化する蚕品種がすでに誕生しています。これは遺伝子組換えによってできたものではなく、長い年月をかけて高品質の絹糸を生産するために品種改良されたものです。それでは、カイコの性決定カスケードの解明にはどのような意義があるのでしょうか。

まず、鱗翅目昆虫の性や妊性を論理的に短期間で改変することが可能になります。近年、遺伝子組換えカイコを用いて高機能シルクや医療用タンパク質の製造が行われています。それらを遺伝子操作によって次世代として残さない不妊系統にしておくことで、「組換え型遺伝子の封じ込め」や「系統の保護」に役立つと考えられます。一方、自然界では共生細菌が「雄殺し」など宿主昆虫の生殖操作を行うことが知られています。カイコでの知見を利用すれば、この現象の詳細な仕組みも解明できるでしょう。これは鱗翅目害虫の防除法の開発や新しい農薬ターゲットを見つけるのに役立つはずです。

Nature ダイジェスト Vol. 11 No. 8 | doi : 10.1038/ndigest.2014.140802

原文: Nature (2014-05-14) | doi: 10.1038/nature.2014.15221 | Silkworm sex factor is no ordinary gene

Ewen Callaway

参考文献:
  1. Kiuchi, T. et al. Nature509, 633-636 (2014).
  2. Kawaoka, S. et al. RNA17, 2144-2151 (2011).

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