ミュンヘンの「ホテル・バイリッシャー・ホーフ」では、2月6日から世界各国の外務大臣、国防大臣、安全保障担当者、諜報関係者らが集まる「安全保障会議(Sicherheitskonferenz)」が開かれている。民間の団体が毎年開催する会議に、これだけの顔ぶれが集まるのは、世界でも珍しい。
今年の最大のテーマは、イスラム過激派とウクライナ内戦である。
私は、1998年から2009年までドイツの対外諜報機関BND(連邦情報局)の長官だったアウグスト・ハニングのイスラム国に関する講演を聴いた。非常に面白かった。シリアからドイツへの難民輸送ビジネスの実態。ハニングは「ISが強力な軍事組織である理由は、米軍がイラク軍に供与した最新兵器を捕獲して使っていることと、旧サダム政権の将校たちを多数抱えているためだ」と指摘。世界にはジハディストと呼ばれる戦闘的なイスラム過激派が約5万人いるが、その内3万人がISの戦闘員だ。 ISは国家樹立をめざしており、資金調達部門から広報部門まである。占領地域ではインフラの整備に心を砕く。
ちなみにハニングは、BND長官だった時、アルカイダのモハメド・アタらがハンブルクで米国のWTC攻撃を計画していることを見抜けなかったとして、米国から批判された人物。ただし、手柄も立てた。「ザウアーラント・グループ」と呼ばれるイスラム過激派がドイツで爆弾テロを計画していたことを、米国の国家安全保障局(NSA)が、携帯電話の傍受によってキャッチ。この情報をBNDに渡したため、警察は彼らが爆弾テロを起こす前に、逮捕することができた。「ドイツでこれまでイスラム過激派によるテロが1度も起きていないのは、運が良かったせいもある。シャルリ・エブド襲撃事件のようなテロは、ドイツでも起こり得る」と語った。
元BNDの長官の話を聞けると言うのは、やはりドイツならでは。日本にはBNDに匹敵する対外諜報機関はないが、あってもこれだけオープンな話は聞けないだろう。
さていま欧州ではウクライナ内戦をめぐり、息づまるような首脳外交が展開されている。メルケル首相とオランド大統領は、2月5日にウクライナのポロシェンコと会談した後、2月6日にはモスクワでプーチンと会談し、停戦への糸口を見つけようとしている。
米国の一部の政治家たちが「ウクライナに武器を供与するべきだ」と発言したため、欧州では一気に緊張が高まっている。ウクライナ内戦が米露の代理戦争にエスカレートする危険が出ているからだ。
メルケルは、ウクライナへの武器供与に反対している。だがドイツ国内では、ウクライナへの武器供与の必要性を指摘する論調も現われている。
ウクライナ内戦は、徐々にボスニア内戦に似てきた。
ちなみに、2月5日にNATOが緊急展開部隊の創設を決定したことは、イスラム国対策だけではなく、ポーランドやバルト3国など東欧諸国に、ウクライナ内戦が飛び火する事態への懸念が強まっていることを示している。ミュンヘンでの安全保障会議では、この2つの問題が集中的に討議されるだろう。
プーチンがどこまで版図拡大を進めるのか、西欧諸国はその真意を読みかねている。
熊谷 徹・ミュンヘン在住