「船旅と映画は似ている」――。俳優で、「ショートショート フィルムフェスティバル & アジア」(以下、SSFF & ASIA)代表の別所哲也さんはそう話す。
今年6月、26回目の開催を迎えた同映画祭では、英国のラグジュアリー・クルーズ・ラインのキュナードが協賛し、グランプリ=ジョージ・ルーカスアワード受賞者への副賞として、クルーズの船旅を提供した。
クリエイターは船旅でどのようなインスピレーションを受けるのか。そして今、求められるエンターテインメントの形と「これから」とは。SSFF & ASIA代表の別所哲也さんと、キュナードの北米・オーストラレーシア地域コマーシャル担当副社長、マット・グリーヴスさんが対談した。
今、求められる「多様」なエンタメの形
―エンターテインメントのあり方やユーザーが求めるものが常に変化し続けている中、今、人の心を動かし、社会から求められるエンタメや作品とは、どのようなものなのでしょうか。
別所:今回の映画祭のショートフィルム作品でも、LGBTQや障がいなど、マイノリティについて伝える作品が非常に多かったです。
私自身、俳優としても感じていることですが、エンターテインメントや映画でも、多様性についてどのようにメッセージを伝えられるかということが、いま本当に求められていると思います。
グリーヴス:クルーズ船のゲストは異なる年齢層や国籍など、様々なバックグラウンドを持った人たちであるため、エンターテインメントも多様であるべきだと考えています。
伝統を感じることができる、劇場での演劇鑑賞やアフタヌーンティーなどに加え、最新技術やトレンドを取り入れたエンターテインメントもあります。キュナード最新の客船、クイーン・アンでは新しく、キャバレー・アーティストのパフォーマンスもあります。
乗客が家族や友人と最高の時間を過ごすために、エンターテインメントはクルーズ体験の中で重要な役割を果たし、船内の思い出として心に残ると考えています。
別所:キュナードさんが、グランプリ受賞者への副賞としてクルーズの船旅をご提供くださったクイーン・エリザベスに、私も先日訪れました。船内には、本当に美しい劇場があり、私自身、舞台俳優として活動しているので、感銘を受けました。
こんな場所で演劇や映画が見られて、観賞後にデッキに出たら、空や風がどう感じられるのだろうと想像しました。映画館や家のテレビで映画を見るのとは、全く違う経験だと思います。
船旅と映画、クルーズと映画祭の共通点
―クリエイターは、クルーズ乗船でどのような体験ができ、今後の制作活動にどう繋げられるでしょうか。
グリーヴス:乗船では、未来を担うアーティストにインスピレーションを受けてもらえたらと思います。
これまでもキュナードの客船は、世界的に著名な映画監督たちに選ばれてきました。船内のエンターテインメントに加え、海や自然の壮大さを楽しんでほしいです。
船内では、ショーやダンス、ゲストスピーカーによるトークイベントなど様々なエンターテインメントを楽しむこともできますし、ピアニストの演奏に耳を傾けながらカクテルを楽しんだり、プールサイドでゆっくりしたりすることもできます。そのような体験がひらめきに繋がり、今後の映画制作に活かしていただけたらと思います。
別所:船旅の中で体感できる価値というものは、映画的体験の価値と、とても似ていると思います。
飛行機が発明されても、船旅はなくなりませんでした。映画も同じで、テレビができても、映画や映画館はなくならなかった。
最先端の技術があっても、早く目的地に辿り着くことを優先するのではなく、船で海の上をゆっくりと旅し、地球や自然を感じることと、映画を通して「心の旅」をすることの価値の源泉は同じで、根本で繋がっていると感じています。僕はそれをクリエイターに感じてほしい。
目的地から目的地へ向かうプロセスやそこにある価値、船から見る星空やくじらの群れ。そういう他では体験できないようなこと全てが素晴らしいし、そんな体験を通して、クリエイティブが変わっていくのではないかと思います。
―キュナードとSSFF & ASIAのコラボレーションだからこそ可能な、クリエイター支援や映画業界の盛り上げについて教えてください。
グリーヴス:映画祭に協賛することで、未来を担うアーティストをサポートすることに重要性を感じています。
クルーズ船内にも、俳優やダンサー、コメディアンなど、エンターテインメント界でのキャリアをスタートさせる場にクルーズを選び、日々成長を重ねているアーティストが大勢います。その観点では、映画祭とクルーズ船には共通点があると考えています。
授賞式では、才能を持った多様なアーティストたちが、自分たちが達成したことを誇りに思い、満面の笑顔で輝いている姿を見て、私自身もインスピレーションを受けました。
別所:映画祭を通じて、若い映画制作者が様々なことに挑戦できると良いですし、その挑戦を楽しんでほしいと思います。同時に、良い作品が生み出される土壌を作っていきたいです。
今回は、副賞に船旅をご提供いただきましたが、新たなインスピレーションを受けられるような非日常的体験を、事業者様のサービスを通して届けていただけることは、とても価値があり、貴重な機会だと思います。
森崎ウィンさん初監督作品がグランプリ受賞。「心動かされる映画」
―SSFF & ASIA 2024グランプリ「ジョージ・ルーカスアワード」を受賞した、森崎ウィンさんの初監督短編映画『せん』は、どのような点が評価されましたか。
別所:『せん』はショートフィルムとして、ミュージカル映画として、本当に優れた作品でした。「鼻歌」がミュージカルになって、僕たちが生きる日本社会と世界の現実を物語って、それがショートフィルムになったというような作品です。
森崎さん自身の、ミュージシャン、俳優、ミュージカルアクターという色々なキャリアが活かされていたと思います。
彼自身のミャンマー出身というルーツや、彼の心の中にある葛藤、そして世界で起こっている対立などを、彼自身の目線で重ね合わせた作品でした。
日本の社会課題とも繋がっていて、多くの高齢者が1人で暮らしている現実や、その村で起きている分断や葛藤が現実世界と重なっている、素晴らしい構成でした。
グリーヴス:私も『せん』を観ましたが、心を動かされる映画で、俳優としての経験も生きた、初監督作品だとは全く感じさせない作品でした。
高齢者の孤独などのテーマは日本社会だけでなく、私の出身国のイギリスも抱える、共通の社会課題であるとも感じました。
高齢社会の中、年を重ねる上で人々が抱く感情や高齢者のコミュニティからの孤立などを、とても良く描写していました。
26回目を迎えた映画祭、今後も「チャンスを得られる場」で
―今年、26回目の開催を迎えた映画祭ですが、今後はどのような映画祭を目指していきますか。
別所:映画の世界もテクノロジーによって進化していくけど、古き良き大切なものは失いたくない。
クルーズ船でも、船内には伝統的なボールルームやシアターがある一方で、最先端のエンターテインメントもあるのと同じように、映画祭も先人たちが築いてきた一流のアートを体感でき、新しい未来についてもインスピレーションを受けることができる、そんな映画祭でありたいと思います。
才能を持った人たちが、ドアをノックして映画祭にエントリーをすれば、 チャンスを得られるという場の提供をこれからもしっかりしていきたいです。
撮影=川しまゆうこ