「食料・農業・農村基本法」をご存知だろうか。
農政の基本理念や政策の方向性を示す「食料・農業・農村基本法」は、食料の安定供給や農業の発展などを通して、生活の安定向上と経済発展を目指す法律だ。
そして同法は今、制定から24年を経て改正が検討されているという。
果たして、その背景には何があるのだろうか。また、新たに求められる基本的施策とはどんなものなのだろうか。
9月22日(金)、生活クラブ事業連合生活協同組合連合会(以下生活クラブ)が生協と連帯し 「食料・農業・農村基本法改正に伴う合同学習会〜国内農業を守り、食料自給率向上にむけて!〜」を開催。同法の改正を主軸に、生産者や有識者が言葉を交わした。
基本法制定から24年。なぜ改正が必要なのか
学習会の冒頭では、農林水産省大臣官房参事官の小坂伸行さんが登壇。食料・農業・農村政策審議会の答申について、その概要を説明した。
基本法制定から24年が経ち、日本や世界全体の状況も大きく変化した。人口増加に伴う食糧需要の増加や、異常気象とそれに伴う食料の価格高騰、経済的地位の低下や、世界情勢により大きく左右される肥料の市場など、現状や未来に対応するための新しい指標が必要だという。
また、アジアの多くの国々で人口が増加傾向にある中、日本では人口の減少に加えて高齢化も大きな社会問題となっている。国内の食市場の縮小と円安の二重苦、さらにはトラックドライバー不足やスーパー等の閉店などの「食料を届ける力の減退」も追い打ちをかけている。
しかし、こういった現状の多くを私たちはどれだけ知っているだろうか。小坂さんは「都市住民や消費者と生産者が離れてることで、想像がめぐらないこともあると思います」と語り、学習会を通してそれぞれの立場から食料や農業全体について学び、論議し、交流することが重要だと同イベントの意義を明確化した。
現状に対する具体的な施策としては、「今後20年を見据えて予測される課題を考慮して、2024年通常国会での改正に向けて現在検討を進めています」と説明し、新たな7つの施策について語った。
施策の内訳は、基本的理念、食料に関する基礎的施策、農業に関する基礎的施策、農村に関する基礎的施策、環境に関する基礎的施策、基本計画・食料自給率、不測時の食料安全保障となっている。
基本計画・食料自給率について小坂さんは「GDPも大切ですが、それだけでは食料安全保障を考えるのは不十分なので、課題に適した数値目標等の設定も必要だと考えられています。例えば農地を一定量確保することも大事ですし、輸入に依存している肥料の値などを知ることも大切です」と語った。
また、不測時の食料に関する議論も進んでいると説明し「コロナ禍ではマスクを買いだめして値上がりを待って放出しないという事例が多くありました。非常時には、これが食料において顕在化してしまうかもしれません。そうした場合を想定して、法に基づいて国民に正しい支持ができる環境整備が必要なのではないでしょうか」と問いかけた。
挑戦し続ける生産者たちの「願い」
学習会には、3人の生産者も登壇し、それぞれの現状や生産者団体から改正に対する意見について語った。
年間100種類以上の有機農産物の安定供給を実現している、有限会社くまもと有機の会 専務取締役の田中誠さんは「日本では有機栽培は難しいと言われていますが、それは理論や技術を学ぶ場所が少ないだけだと考えています。農業者が減るということは、その土地で継承されてきた技術や経験、思いが消えることでもあります。子供、孫の代のためにも産業と環境農業のバランスが取れた法案にしていただきたいです」とコメントした。
また、組合員と生産者で品種、農法、価格まで話しあって決める「共同開発米」の生産や、山形県遊佐町で循環型農業を実現している、JA庄内みどり(庄内みどり農業協同組合)遊佐町共同開発米部会の池田恒紀さんは、ものの循環だけではなく、人や地域の交流と対話が循環することが重要だと語り、「みなさんといっしょに持続可能な農業に向けて解決策を考えていきたいです」とコメントした。
そして最後に、茨城県で環境保全型農業や養鶏を実践している、JAやさと(やさと農業協同組合)専務理事の廣澤和善さんが登壇。「今後食料不足が危惧されているなか、孫の代になっても心配のない食料生産システムの開発と普及が必要だと考えます」と語った。また「義務教育の過程で『命を支える食糧は誰がどこでどのようにして作り、消費者に提供しているのか』を伝えることが、食料自給率の向上には欠かせません」と食育にも言及した。
日本の食料自給率は9%?国政を動かす「うねり」を
学習会の後半では、東京大学大学院教授の鈴木宣弘さんが登壇し、食料・農業・農村基本法の改正の社会的意義について語った。
鈴木さんによれば、日本の食料自給率は38%と言われているが、その数字は国内で栽培・飼育されたものを対象としており、種や肥料の自給率から割り出される食料自給率わずか9%に留まるという。
それを踏まえ、日本の未来について「海外からの物流が停止したら世界で最も餓死者が出る国」と説明。さらに「お金を出せば食料を海外から購入できるという前提はもう古い。国民の命を守るのが国防ならば、地域農業を守り、食料自給率を上げることこそ安全保障です」と食料自給率を上げることの緊急性について強調した。
「協同組合や市民組織などで連携して、心ある生産者とともに自分たちの力で自分たちの命と暮らしを守るネットワークをつくり、国政を動かすうねりをつくりましょう」
生産と消費は常に一体。基本法改正を転機に、新たな未来へ
学習会の最後には、主催6生協の組合員が同イベントの内容を踏まえて、それぞれのコメントと共にイベントを締め括った。
「生産と消費は常に一体です。これからも生産者とともに持続可能な未来をつくっていきたいと考えます。みなさんいっしょに頑張っていきましょう」(生活クラブ連合会消費委員長・生活クラブ神奈川副理事長 萩原つなよさん)
「生産者の努力と消費者の買い支えだけでは解決できません。基本法の見直しに求めることは食の安心安全を将来にわたって確保し、食の危機から子どもたちの未来を守ることです」(東都生活協同組合常任理事 花沢博美さん)
「本物でつながる生協のネットワークが始まる記念すべき日にわくわくしています。生協の連携で、元気な命の産業である農業をみんなで守っていきましょう」(生活協同組合連合会コープ自然派事業連合 副理事長 辰巳千嘉子さん)
「国内自給率を上げ、循環・持続する農業を推進し、中長期的な視点を持った戦略的な食料・農業政策が必要です。日本の農業が抱える課題を解消し、発展できるような基本法に改正されることを望みます」(生活協同組合連合会アイチョイス理事 田辺有里さん)
「思いを同じくする仲間とともに学べたことを嬉しく思います。皆様と大きなうねりをつくることができたらどんなに素晴らしいだろうと考えています」(グリーンコープ生活協同組合くまもと理事長 小林香織さん)
「誰もが食料・農業・農村を自分ごととして考える大きな転換期です。安全な食べ物、持続可能な農業、子どもたちの明日のために力をあわせて頑張りましょう」(パルシステム生活協同組合連合会副理事長/パルシステム生活協同組合東京理事長 松野玲子さん)
24年を経て改正が検討されている食料・農業・農村基本法。そこに馳せる想いは十人十色だが、目指すところは同じ「より良い食の未来」であることは違いない。
転換期を迎えた今、私たち一人ひとりが地域や日本、そして世界全体の「食」について改めて考えていくことが、未来への種まきになりそうだ。