新型コロナウイルスの影響で、早い段階から大打撃を受けていた「観光業」。そのど真ん中で、「いま、ホテルができること」を考え、実行している人がいる。「HOTEL SHE, OSAKA」など5つのホテルを経営する龍崎翔子さんだ。
ウイルスの感染拡大予防のために外出自粛が求められる中、自宅で過ごすことが必ずしも「安全」ではない人に、低価格でホテルを利用してもらうサービス「ホテルシェルター(HOTEL SHE/LTER)」を開始すると4月15日、発表した。自社が経営するホテルだけでなく、全国のホテルの参加を呼びかける。
宿泊希望者と、受け入れ先として加盟するホテルの仮登録を15日から開始。4月末をめどに実際の宿泊開始を目指すという。
どんなサービスで、どんな可能性が広がっているのか。龍崎さんにZoomで話を聞いた。
新型コロナの影響は「桜とともにやってきた」
龍崎さん率いる「L&Gグローバルビジネス」は、京都、大阪、湯河原、北海道の富良野と層雲峡に、合計5つのホテルを経営する。
それぞれの施設に明確な世界観を持たせ、SNSなどでファンを増やしていく戦略で成長を続けてきた。
インバウンド需要への依存率が高いホテルチェーンなどに比べて、国内の若い世代の利用比率が高く、「1月、2月は新型コロナの影響がほぼなかった」というが、ダメージは桜の開花とともにやってきた。予約数自体は変わらないものの、普段の桜の時期なら料金3万円の部屋が、1万円に値下げしないと埋まらない。「外出自粛」の言葉を繰り返し耳にするようになり、緊急事態宣言が視野に入ってきた。
「最初は可能な限り営業は続けるつもりでした。でも、やっぱり自分たちがどんどん辛くなってきたんです。新幹線や電車に乗って私たちの施設に来てください、というのに無理があるなって」
3月31日、龍崎さんは休業を決めた。
「誰も人がいないホテルを見ると、やっぱり切ないです。国の休業補償は申請してもいつ出るかわかりませんし、とにかく不安でいっぱいです。でも9割の不安の一方で、1割くらいは安心する気持ちがありました。これでスタッフの安全を守れる。お客さんに本当に発信すべきことを発信できる。完全に休業したんだから、違うビジネスの軸を作るしかないじゃん、と、腹もくくれました」
「自宅で過ごそう」がみんなにとって安心安全とは限らない
4月5日をもって一時休業に入り、その日のうちに「ホテルシェルター」のプロジェクトが走りはじめた。連日目にする、新型コロナに関するニュースがヒントになった。
「家にいることでかえって危険になっている人がいるんだ、と気づきました。外出制限によって家庭内暴力が増える恐れがあるというニュースを見たり、病院に勤める方のお子さんが保育園の登園を拒否されたりしているというのも聞きました。社会を維持するために外に働きに出ないといけない人は絶対にいる。でも家に高齢者や子どもがいるとしたら、自分のせいで自宅がクラスター化したらどうしよう、という恐怖と闘うことになります。こういう方たちが、職場に徒歩や自転車で行ける場所に滞在できたらすごくいいんじゃないか」
「#うちで過ごそう」「#StayHome」と笑って言えない人、自宅で過ごすのが難しい人に、「安全な宿」を提供するため準備がはじまった。
平常時には「特別な日を過ごす場」であるホテルを、「安全な生活を確保する場」へ。
定価の50%〜80%オフの1泊3000円〜(予約は1週間単位から)という価格で提供する。チェックインなどのフロント業務はすべて非対面。滞在時の客室清掃はセルフサービス、チェックアウト後は72時間程度時間を置いてから防護アイテムを着用したスタッフがクリーニングする。
まずは4月末から、自社で経営するホテルで実験運用の開始を目指す。プロジェクトに共感してくれる全国のホテルに順次広げていく予定だ。
大手のホテルみたいにはできなくても…
新型コロナとホテル業といえば、全国に店舗をもつ「アパホテル」が、症状のない患者や軽症者を受け入れると表明し、大きな話題になった。医療崩壊を食い止めるためにホテル業界に”白羽の矢”がたった形だが、効率の観点からも大規模な施設でなければ難しい部分もある。
「大手と同じ方法は無理でも、中小にもできることはある。そのために、同じような思いをもった全国のホテル事業者との”連帯”が不可欠だと思いました」
現在、専門家にアドバイスを求めながら、シェルターとして参画するホテルが共通で使えるガイドライン作成を急ピッチで進めている。
「ホテル業界にはまだ、新型コロナに対応したガイドラインなどがほとんどなく、とても心配です」と龍崎さん。
従業員や宿泊客に感染者が混ざっている万が一の可能性も視野に入れ、ホテル現場で運用可能なものを目指す。
「医療機関向けのガイドラインは厚労省が公表していますが、それをホテルでやろうとすると、オーバースペックすぎて結局形骸化してしまう可能性があります。現実的で汎用的なものが必要。接客をすべて非対面で行うための手順や、宿泊客とスタッフのゾーニングはどうすべきか、など細かい部分を検討し、言語化していっています」
大事なのは、連帯して「利益をだす」こと
「連帯」という言葉を繰り返す龍崎さんだが、セットで「利益追及」の姿勢を強調する。
「口だけの連帯や、気持ち的に連帯するだけでなく、ビジネスとして連帯し、業界に利益をもたらす仕組みを目指しています。誰かの役に立っているし、私たちの利益にもなる。うまく連帯することでホテル業界のためにもなる。全部を兼ね備えていることが大事。そうでなければ、サスティナブルで意味のあるビジネスとはいえないと思うんです」
休業を決めた龍崎さんが立ち上げる新事業は「ホテルシェルター」だけではない。4月8日には「未来に泊まれる宿泊券」というサービスを発表した。新型コロナの影響で今は旅行ができない人々に、「いつか泊まりたい」と期待を膨らませ予約購入してもらうためのプラットフォームだ。
立地や価格などのスペックよりも、「世界観」でホテルを”指名買い”してもらえるサイトを目指した。こちらも「連帯」が大事なキーワードで、参加ホテルを募っており、すでに、150以上のホテルが加盟を決めているという。
この先、コロナ禍で収益は激減すると見られるが、こうした新事業で、「3ヶ月以内に何とかスタッフの人件費だけでも捻出できるところにまでは持っていきたい」と意気込む。
リアル接客できなくても、続けられる”ホテル業“はある
現在、それぞれのプロジェクト責任者やエンジニアスタッフは”不眠不休”に近い状態で新しいビジネスに取り掛かっているという。
「全世界が同時に全く同じ危機にさらされるという異常事態に直面しながら、制約の中で何ができるか考えています。制約があるからこそ生まれるアイデアもあるし、制約があるからこそ実現するプランもある。こういう急激に需要と供給のバランスが偏るときには、いかに迅速に動けるかが大事だと思っています」
一方、普段5つのホテルで宿泊客にサービスを提供しているスタッフは何をしているのか。
「発信力を鍛える修行をしています」と龍崎さん。
たとえホテルシェルターが、自宅が安全でない人たちの「シェルター」になりうるとしても、その存在を知ることができなければ意味がない。
「ホテルが休業になって時間が空いたスタッフ向けに、オンラインでインフルエンサー要請講座をやっています。伝えたいことがあってもどうすればいいかわからない、そもそも自分の個性ってなんだっけ?という問いに向き合い、SNS戦略を練っていくための6つの講座を用意しました」
自身もTwitter5.2万、Instagram1.5万フォロワーをもつインフルエンサーだが、社員にもフォロワーが数千人以上いるメンバーが多数存在する。
「スタッフ一人ひとりが自分のファンを作り、メッセージを広げていくのが、そもそも理想としている在り方なんですよね。今、リアル店舗に立てないスタッフにも続けられる”ホテル業”はあると思います」
「新型コロナの影響はいつか収束するでしょう。でもこれを機に変容したビジネスは、元に戻ることはない。その瀬戸際に立って日々勝負しているのだと思います」
(取材・文:南 麻理江 /撮影:加治枝里子)