年間1万人が訪れる障がい者施設。 鹿児島・しょうぶ学園の新たな挑戦

しょうぶ学園は日中、門を開けていて誰でも入れる施設です。
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しょうぶ学園

園内には芝生とビオトープが広がる美しい園庭。ギャラリーが併設された職員室や工房がぐるりと庭を取り囲む——。

鹿児島県鹿児島市吉野にある、知的障害者支援センター「しょうぶ学園」。地元の人に評判を聞くと「ああ、あのお蕎麦の美味しい所ね」「本当に素敵な場所。癒やしスポット」と語られることも多い。

アートや音楽と障害者支援をユニークな形で結ぶ個性的な園として、今や世界的に知られるしょうぶ学園。

まずは、その園内を少し紹介しょう。

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近頃では、近隣の住民の方の引越しに伴い、家庭の庭に植えていた樹木の寄付なども増えてきたという。

入り口は、夏になるとこんなふうに緑でいっぱいになる。

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ロバや羊が飼われ、養蜂も行われている。

鹿児島空港から車で30分。自然いっぱいの敷地には、入ってすぐの場所にそば屋、ベーカリー、レストランが立ち並ぶ。

お店は入所者が中心となって運営されており、中でもそば屋「凡太」は、旅行クチコミサイト「トリップアドバイザー」で最高の五つ星を得ている人気店(2017年12月現在)。ここを目的に訪れる人も多いようだ。

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そば屋「凡太」。店内で使われている食器、カトラリー、お盆、布のコースターはすべて施設内の工房に発注している

この知的障がい者支援センター「しょうぶ学園」を運営するのが、園長の福森伸さんだ。

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福森さんは、両親の始めたこの学園に1983年に就職し、工房としての学園の運営を始めた。

しょうぶ学園には、自宅やグループホームから通園する人も含め、約130名近くの利用者と90名以上の職員が所属している。

福森さんは、どんな思いで学園を運営しているのか。彼らの「"人間らしい"暮らし、ものづくりを職員が支える」と語る福森さんに、工房しょうぶ学園のこれまでの歩みと、新たな挑戦について聞いた。

―どのような経緯で、ものづくりを中心とした「工房しょうぶ」としての運営を始められたのでしょうか。

福森:初めは普通の会社が作る製品のような"普通"のものを作っていましたね。百貨店で売っているようなきれいなもの、規格化されたものという意味。僕達でもやれるんだと気負った面もあったんでしょうね。

ただ、彼らはそういった規格化されたものが作れない。

『この木を彫ってみて』と言ったら、穴が開くまで彫ってしまったりね。木をまっすぐに切ったり、正円をつくったり、そういう作業が苦手な人が多かった。

それを見て職員である僕達が『明日はもっとここを頑張ろう』とリクエストしたとして、彼らが難しすぎる課題に対して『うん。頑張る』と言ったところで、うまくいかない。これはお互いが全然幸せじゃない、快適じゃないと気づいたんです。

同時に、彼らの創作行為を見ていると徐々に豊かな入所者らの感性にも惹かれていったという部分もありますね。

そこで、これまでとは逆に彼らの要求に答えていくということをしてみました。

つまり、彼らのやりたいようにさせるということ。

僕らも教えない...。つまり、健常者のペース、健常者の世界に彼らを連れてくるんじゃなくて、彼らの世界に合わせて、僕らが寄り添うこと。

何も言われなければ、人間は消極的になるかというとそうではない。その人独特な、好きなものを探し出していくということです。

...

学園には、「木の工房」「土の工房」「紙の工房」などがあり、入所者たちが日々、独創的な商品、作品を製作している。

・木の工房

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木の工房。ある程度の形に職員が形成した木の塊を、入所者がノミと木槌で削っていく。仕上げは職員にバトンタッチ。
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独創的なその彫り跡を活かして製品化していく。ほか、漆の仕上げやボタンづくり、オブジェづくりに励む人も

・土の工房

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土の工房では、新しい子どもの施設をつくることに向けてタイルを発注されたため、大忙し
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模様をつける人、瓦を作る人と分担作業で職員とともに作り上げる

・紙の工房

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和紙・造形のアトリエはしょうぶ学園のカレンダー作りの大詰め作業の真っ只中
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入所者の中にはアーティスト・イラストレーターとして雑誌や旅行ガイドの表紙を飾る作品を創り上げる人も

・布の工房

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布の工房、nui project。土壁の工房は通称「モグラハウス」と呼ばれる
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入所者の人々は、刺しゅう、織りなどを1着につき何年も手がける人もいるそう

―しょうぶ学園の工房では創造性豊かな作品が作られています。どこかの施設をモデルにしたり、こうしたいというビジョンはあったりしたのでしょうか。

福森:なにかの目標を持ってその方向に進むということではなかったですね。

思いが重なっていまの形になったというのが合っていると思う。国の福祉の方針と照らし合わせながら、いろいろと試行錯誤しながらこのスタイルになりました。

(障がい者が)一般の人の振る舞いのようになることが『自分らしい』のか?というのが迷いの原点です。

例えば、障がい者が健常者と同じように働けば、自立すれば幸せか?というと、さっきの話のように、全くイコールではないと思う。

国という行政システムが考える『支援・介助』ありきで、僕たちがやるべきなのは、彼らの『自由』を理解するということ。

彼らが人を驚かせたり、人の要望に答えられたりしない、つまりある意味『社会性を持てない』ということは、『芸術』と非常に相性が良いと気づいたんです。

...

2000年に結成した施設入所者が中心になってパフォーマンスするグループ「otto & orabu」は、大規模な音楽フェスや、東京・日本科学未来館など県外でのイベントにも招聘された。2016年には映画「幸福は日々の中に。」としてドキュメンタリー化もされた。

映画「幸福は日々の中に。」予告映像。映画は2018年も東京をはじめ日本各地で上映予定だ。

―しょうぶ学園の理念は、芸術文化活動を生かした「地域活性化の拠点」になっていきたい、ですが、具体的にどのようなことでしょうか?

福森:昔の障がい者保護施設というと、地域の人と交流といえばお祭りに出たり、バザーを開いたりというようなことが主だったと思う。それか、『仲間に入れてください』という姿勢で仕事をもらったり。でも、それはフェアじゃないし、お祭りやバザーは非日常のことですよね。

施設も社会の一部として認められる、つまり社会化するということは、日常的な存在にならなくてはいけないと思ったんです。

開設以来、2006年に33年ぶりに入所施設を建て変えることができました。

彼らが住みやすいことはもちろんですが、施設を日常的なものにするということを考えました。

それでできたのが飲食スペースや、ギャラリー、ショップです。

もちろん、そこは普通の飲食店と同じや、そこよりも美味しいものを出して、人が来るメリットを作る。一般の人が楽しい買い物やひとときを過ごせる場所として提供するということです。

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パスタ&カフェ「Otafuku」。テーブルや椅子は、木の工房のオリジナルだ
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天気が良ければ、中庭に面したツリーハウスの屋外席でカフェのメニューを楽しめる

―「地域活性化の拠点」の理念にあるように、しょうぶ学園には、門扉がありません。近隣の方は自由に入ることができます。新しくできる「Bushland House」も、同じように開かれた施設になるということでしょうか。

福森:そうですね、地域性を持つということはつまり口コミが集まる、来た人が育てる施設ということと同義ですから。

例えばしょうぶ学園は、今や年に1万人ほどの来園者の方が来るようになりました。なかでも、デートスポットとして、カップルで訪れる人が圧倒的なんです。あとは結婚式の前撮りに来たりしてね。

男の人が、好きな女性に『素敵な場所で素敵な時間を過ごせた』と思ってもらうために、知的障がい者の支援センターを選んで来るなんていうのは、僕にとって夢のような話。とても嬉しいですね。

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彼らの作品は敷地内のショップで購入することができる。雑貨店や器店の「作家もの」と同じような視点で、時間を忘れて作品を品定めしてしまう

―現在しょうぶ学園は、新たな挑戦として、18歳未満の子どもたちを対象としたデイケアセンター「Bushland House」を新設するにあたりクラウドファンディングを実施されました。どのような施設になる予定ですか?

福森:200人を収容する多目的ホールを作り、ライブや演劇はもちろん世界中からさまざまな方を呼ぼうと思っています。

さまざまな人のパフォーマンスや考えを聞いて、自分の考えとは異なる思想や文化を持つ人々と、交流していくこと。そんな「あり・ありの世界」を作っていきたいと考えています。

その骨格になるもの。今考えているのは、アイヌやネイティブアメリカン、イヌイットなどの、原住民の教えや作ったものから学ぶ、プログラムなんてのもいいなと...。

プログラムはフリーダムで、人間にとって大切な言い伝えを学ぶ場所にしたいと思っています。

今回のクラウドファンディングは、新施設の設備費などの資金に充てたいと考えています。

...

新しい施設「Bushland House」。0歳から18歳までの子どもたちを対象に、児童発達支援や放課後デイサービスを届けるケアセンターと、アートと就労を軸に、障がいを持つ成人を支援するセンターの複合施設となる。

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職員室に置かれていた建物の模型。右奥が講堂、左奥がデイサービス・支援エリア、手前の緑の屋根が食堂。今のしょうぶ学園から、通りを挟んだ向かい側にできる予定だ

―しょうぶ学園は、地域に開かれた施設です。一方で、2016年には相模原事件のような衝撃的な事件もありました。あの事件についてどう思いましたか。

福森:とても難しい問題だと思います。ただ、これをきっかけに閉じた施設になるというのは、僕はしたくはなかった。

しょうぶ学園は日中、門を開けていて誰でも入れる施設です。

もし日本全国の普通のお宅が、家のドアと窓に鉄格子が張られるような治安の悪い状態になったらわかりませんが、今の日本で、障がい者支援施設だけが日中から頑丈にセキュリティをかけるような場所になってはいけないと思う。

効率や利便性、システムを優先すると、もしかしたら「1つの重大事故の背後には29の軽微な事故があり、その背景には300のヒヤリ・ハットが存在する」と言う人も多いのかもしれない。

でも大事なのは、そこには300の自由や可能性も眠っているのだということだと僕は思っているんです。

そんなことを言うと、僕の園で万が一事故が起きた時に「そら見たことか」と言われてしまうのだろうけど(笑)。さすがに、防犯カメラやセンサーは付けました。

でも、事件を無視してはいけないが、揺らいではいけないと思います。

―障がい者とともに生きる、どんな視点が大切だと思いますか。

福森:障がい者と健常者という言い方をすると、まるで自分たちがノーマルで、彼らが全てにおいてアブノーマルだと考えがちですが、それはある視点から見ただけのこと。

健常者と言われる僕らは、ときに嫌なことがあってもこの先の目標をなんとなく定めて、我慢して人の要望に応えるでしょ? 逆に彼らは、先を考えて行動することはしない。やらないのではなく「できない」んです。

ただ、ずっと縫い続けたり、ずっと彫り続けたりと1つのことをやり続けるなど、何十年も同じことをしている。

普通、そんなの無理ですよね。もっと売れるように上達しようとか、もっと効率よくしようとか考え始める。つまり、「今よりもっと良くなろう」という"欲"があるということ。欲とは、知的本能ですから。

障がい者と呼ばれる彼らは、悪気があって何かをするということができないんですね。それは逆の言い方をすると、健常者は自分の利益のために計画的な意図を持ってなにか行動したり、嘘をつく。これは欲という名前の障がいだとも言えるかもしれない。

どっちがいいんだろう? と思うと、わからない。「障がいとは何か」ということを考え続けるしかないですよね。

だからしょうぶ学園でやっていることは、彼らの"人間らしい"暮らし、ものづくりを職員が支えるということ。僕の考える"人間らしい"とは、その人が満足する生き方で、その人が暮らしている周辺を良くするということですね。

彼らに『できないこと』を強制するのではなく、『できること』と僕らが『できること』をかけ合わせていく。その繰り返しです。

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園庭で不定期に開催されるマルシェには、美味しいものと景観を求めて沢山の人が訪れる

(取材・文:立石郁 編集:笹川かおり)

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福森伸さん

社会福祉法人太陽会 しょうぶ学園 統括施設長

1964年生まれ。1973年に開設された「しょうぶ学園」に1983年に就職し、2004年より現職。しょうぶ学園は自立支援事業(ささえあうくらし)/文化創造事業(つくりだすくらし)/地域交流事業(つながりあうくらし)の3分野を柱に、グループホームや就労支援事業など、さまざまなプログラムを提供する。

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2018年1月22日まで東京・国立新美術館館内のミュージアムショップ、スーベニア フロム トーキョーで開催されている、工房しょうぶのクラフト作品の展示会フライヤー。