ここ1、2年で世界的な広がりを見せた「#MeToo(私も、被害を受けた)」。TwitterやInstagramなどSNS上を中心に、性的暴力や性被害を告発するムーブメントだ。
ハリウッドを中心に大きなうねりとなりとなったが、日本社会ではどう受け入れられたのか?何が変わったのか?課題は何か?
自身も性被害を告発した経験を持つジャーナリスト、ドキュメンタリーフィルム制作者の伊藤詩織さんがハフポストのネット番組「ハフトーク(NewsX)」に出演し「MeToo」をめぐる課題や展望を語った。【文:湯浅 裕子/編集:南 麻理江】
「MeToo」運動に自身も救われた
伊藤詩織さんはレイプ被害を受けたとして告訴。準強姦容疑で捜査の結果、嫌疑不十分として不起訴処分となった。
2017年、検察審査会に不服申し立てを行うと共に記者会見を開き、顔と本名を出して「被害を受けた」と世間に公表。同年、自らの経験について迫る書籍『Black Box』を刊行した。
《自ら声をあげることで、社会からどういうリアクションがくるのか、事前に予想はしていました。公表してみると本当に様々な声がありました。それらは、私だけではなく、家族や周りにいる友人にも影響のあるものでした。それによってロンドンに引っ越したという経緯もあります。当時はものすごく孤独でした。》
伊藤さんが孤独と戦う中、盛り上がりを見せたのが日本での「MeToo」運動だ。
もともとは海外で始まった「MeToo」。10年以上前、アメリカの市民活動家タラナ・バーグが性暴力被害の支援活動をする際のスローガンとして「MeToo」を提唱したのが始まりと言われている。
2017年、ニューヨーク・タイムズが映画プロデューサーのセクハラ疑惑について報道したことをきっかけに、海外の俳優たちが同様の被害についてSNSを中心に「#MeToo」と声をあげたことで、世界的なムーブメントとなっていった。
その後、日本でも「MeToo」運動が広がりを見せたことに、伊藤さんは救われたという。
《公表した時、どこまで届いたのか、正直わからなかったんです。わからないけれど、話していかなければ変わらないと思っていました。そんな中「MeToo」運動が起きて、少し救われた気持ちになりました。私だけじゃなかったんだと。》
日本で声をあげることは”リスキー”
「MeToo」運動により、日本でも性的な被害について声をあげる人が増えてきた。一方で、自身の被害についてまだまだ声をあげづらい現状がある。
《私が経験したとおり、日本で「私も」と声をあげるのはリスキーです。声をあげた後に、その人を支える整備がされていないからです。セクハラで会社を訴えたとしても、その個人はどう守られるのでしょうか?会社に行けなくなって、生活ができなくなってしまう場合もあります。だから声をあげられないんです。それは、性的な被害だけではなく、どんなハラスメントにも言えることです。》
そこで、伊藤さんや一般社団法人「ちゃぶ台返し女子アクション」代表の大澤祥子さんらが設立したのが「#WeToo Japan」だ。
全てのハラスメントを許さない「ゼロハラ宣言」を掲げ、「声をあげた人をバッシングするのではなく、支えられる社会の実現」をビジョンとしている。
《現状を変えるには、ひとりひとりの認識を変えることが必要です。みんなが自分事として捉え、本人が声をあげなくても周りの人たちが声をあげること。全員が当事者意識を持つことで、何が必要なのか?どうやって解決していくのか?みんなで議論していく姿勢が大切だと思っています。》
「#WeToo Japan」を立ち上げてからは、様々な体験談や相談が寄せられているという。しかし、日本では声をあげた人をサポートする受け皿はまだ少なく、サポートする施設や法整備は不十分だと指摘する。
《相談をしてくれた人に対して、「ここにいったら、こういうことができるよ」と繋げたくても、受け皿が少ないのが現状です。一方で海外では、ハラスメントに対する整備が進んでいる国があります。例えば台湾では、セクハラを取り締まる法律や、ジェンダー教育に関する法律、ジェンダーバイオレンスに関する法律などがあります。一つの法律で括るのではなく、様々な場面で取り締まる法律があるのは効果的だと思います。》
「MeToo」と言わなくても良い社会を。
日本で、性被害やハラスメント被害についてのサポートがもっと整っていれば、伊藤さんは顔を出してまで公表する必要はなかったのかもしれない。
《自身の体験をスウェーデンの知人に話した時、「スウェーデンだったらあなたみたいに会見をしなくても良かった」と言われたんです。スウェーデンでは性被害にあった時、救急病院と一緒に相談に乗ってくれるセンターがあって、そこに行けば警察の方も来てくれるなど、サポート体制がしっかりしています。だからわざわざ表に立って公表しなくても良いということでした。今後は、「MeToo」と言わなくても良い社会というのが、私たちが目指していかなければいけないところです。》
「MeToo」と言わなくても良い社会ー。その実現のために、インターネットの力は大きいと伊藤さんは話す。
《インターネットは、ネガティブな発言の場になったり、個人攻撃の場になりやすい面があったりする一方で、希望があります。既存メディアでは話しづらいトピックや「これはニュースではない」と言われることでも、(日本以上に)海外では重く受け止めているケースもあります。そうしたトピックは、ウェブメディアでなら柔軟にスピーディーに発信できます。様々な事例や問題に光を当てることで、議論が進んでいく。そういった意味で、ウェブメディアはハラスメントなどタブーとされがちなトピックについて、課題解決の道筋をたくさん持っていると考えています。》
自らの被害について公表した後、現在はフリージャーナリストとして活動するほか、ドキュメンタリー制作を手掛け、精力的に活動を続けている伊藤さん。その原動力となっているのは何なのかー。
《公表後、どんなにひどい言葉を投げかけられて起き上がれなくなっても、頑張ろうと思っていました。「ほらね、あの人は声をあげたから、こうなってしまった」とは絶対に言われたくなかったんです。そもそも自分が公表したのは、性的な被害など日本ではタブーと思われているようなことがオープンに話せるようになってほしいという願いからでした。声をあげたことで、ネガティブな事例には絶対になりたくないと思っています。》
セクシャルハラスメントという言葉が日本で広がったのは平成が始まった1989年ごろ。「Me Too」の広がりからも1、2年たった。性犯罪をめぐる刑法の規定は2017年、110年ぶりに大幅に改正された。
ただ、いまだに、裁判所の「性被害への想像力の欠如」が指摘され、社会の理解が進んでいない。
声を上げた人に耳を傾け、まずはその勇気を受け止める。女性も男性も、ありとあらゆる立場の人がみんなできちんと話すことで、いずれ「MeToo」を言わなくても良い社会をつくる。
伊藤さんは一歩を踏み出した。最近は、女性性器切除や、財政破綻を経て高齢化社会と向き合う夕張市などをテーマに、映像ドキュメンタリー作品を作っている。伊藤さんの活動や作品を追い続けることは、私たちの社会の一つのメッセージになるだろう。
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次回のハフトークは4月18日(木)夜10時から生放送。
現役保育士のてぃ先生をゲストにお迎えし、「みんなで子育て再入門」をお送りします。
平成を振り返る“大人の再入門“番組「ハフトーク」も、平成の放送は残すところ2回となりました。