大ヒットを記録した『君の名は。』から3年。新海誠監督待望の最新作『天気の子』は、時代の波に翻弄された少年・帆高(ほだか)と少女・陽菜(ひな)が自らの進む道を選択していく物語。
作品作りの原動力には、近年の極端化する気象現象があったという新海誠監督に作品の見どころと核心を語ってもらいました。
――なぜ、最新作のテーマを「天気」にしようと思ったのですか?
気象と人はつながっている
天気は、地球のどこにも存在していて、誰もが自分のこととして共感できるテーマです。多くの人が1日に一度は天気のことを考えるだろうし、天気のことを口にするはず。
気象は、はるか遠い空の上で起きている、人間の手が届かないほど大きな地球規模の循環現象であるにもかかわらず、その日の自分の気分を左右させる個人的な出来事でもあると思うんです。コントロールできないほど大きな存在なのに、個人の気持ちの奥でつながっているというか。
だからこそ、単なる自然現象という意味だけでなく、主人公の帆高と陽菜をはじめ僕たち一人ひとりにあてはまる「天気をめぐる物語」をアニメーションで表現できれば、という思いがありました。
空をいつまでも眺めていた思春期
じつは僕自身、空や雲を見るのが大好きな子どもでした。僕の出身は、長野県小海町。周囲に八ヶ岳や浅間山があったおかげで気流は複雑、風も強く雨もたくさん降るような土地で育ちました。
空を見上げていると、まさに時々刻々と雲が形を変え、空の色がグラデーションのように変化していくのを1時間でも2時間でも、ずっと飽きずに眺めているのが楽しかった。幼い頃は「あの雲の形は怪獣みたい」などと空で遊んでいましたが、思春期を迎える頃には「なんてきれいなんだ」と空の美しさをハッキリと感じるようになっていました。
ひたひたと迫る気象の激甚化
その一方で、当時から将来の気候への危機感は高まっていました。「そのうち異常気象が世界的な問題になるだろう」「このままだと地球は温暖化で大変なことになるに違いない」などと、当時から気候変動を問題視する声も少なくありませんでした。それがここ数年でとうとう現実のものになってしまった印象があります。
かつては穏やかに移ろう四季の情緒を楽しんでいたはずの気象の変化が、いつのまにか危機に備える必要がある激しいものとして、とらえ方がすっかり変わってしまいました。
ちょうど前作『君の名は。』が上映された2016年の暑かった夏あたりから、「これからは、天気は楽しむだけのものではなくなってしまうだろう」と、不安や怖さを実感したのを覚えています。『天気の子』では、そういう今まさに激しく変化している気象現象を、どうやってエンタテイメントの形の中で扱うことができるだろうと考えました。
そんな世界をつくってしまった僕たち大人には間違いなく責任の一端がある。でも気象という現象はあまりに大きすぎて、個人としてはどうしても不安感や無力感に右往左往するだけになってしまう。でも、これからの人生を生きていく若い世代の人たちまで、大人の抱える憂鬱を引き受ける必要はないと思うんです。
異常気象が常態化している世界で生きていく世代には、それを軽やかに乗り越えて向こう側に行ってほしい。帆高と陽菜のように、力強く走り抜けて行ってほしいという思いを伝えたかったんです。
――今年は梅雨が長く、晴れることが極端に少なかったんですが、作品にも雨のシーンが多いですね。
雨のシーンが見どころ
この映画の着想段階(3年前)で、これから日本の夏は雨が多くなると漠然と感じていました。
アニメーションは、実写の映画とは異なり「何を描いて、何を描かないか」を自分で自由に決めることができるものです。ひとつのシーンに雨を降らせることもできるし、風を吹かせることもできます。実写の映画より明快に、「何を描きたいか」を伝えることができると思っています。今回の『天気の子』は、最初から「雨の映画」にしたいと思っていました。
映画に出てくる雨は、見どころのひとつでもあります。たとえば、雨は降り方によって波紋のでき方が違いますよね。どんな雨が降ったら、どんな波紋ができるのかを観察するために、雨が降りだしたらスタッフみんなで外に出て水たまりを見たり、透明のビニール傘をさして空から落ちてくる雨粒を見たり……そういうスタッフの努力が、魅力的で豊かな雨を映画に降らせてくれたと思います。
――「かなとこ雲」を伴う発達した積乱雲が重要なシーンで登場します。この発想はどこから?
かなとこ雲は雲のてっぺん
成長した積乱雲のてっぺんが横に平らに広がる「かなとこ雲」の上は、地上にいる僕たちから見ることはできません。だからこそ、高い空のその平らな雲の上に僕たちの知らない世界があるって考えたら面白いんじゃないかと思いました。
雲は水や氷の小さい粒でできていますが、天気とつながっている存在がいるなら、そんな水や水蒸気の流れでさえ、
また別のものに見えるのではないか、人の目には映らないものが見えているのではないか、という想像もしました。だとしたら、その景色を描いてみよう、と。
――より楽しく映画を観ることができるポイントがあれば教えてください。
東京オリンピック前の東京の記録でもある
作品の舞台は2021年ですが、2020年のオリンピックが開催される前の東京についても僕は描いておきたかった。これから東京という街がよくも悪くも変わって行く前に、「今の東京」をアニメーションに残しておきたい気持ちがありました。
これまでも新宿の風景が登場する作品はありましたが、今回は新宿のほかにも有名な街がいくつも登場します。どのシーンでどの街が出てくるのかを探しながら観ていただけば「東京観光ムービー」としても楽しめるのではないでしょうか。
これは映画を観ていただいた後のことになるかもしれませんが、空を眺めたり、風が吹くのを感じたりと、天気を意識するように心がけるのもおすすめです。スマホが身近になかった僕の子ども時代は、朝、目が覚めてすることといえば、窓の外を見ることでした。
空模様ひとつに人の気持ちは動く、ということを思い出して天気に接してみると、今よりも少しだけ毎日が楽しくなるかもしれないですね。
新海誠(Makoto Shinkai)
1973年生まれ、長野県出身。2002年、個人で制作した短編作品『ほしのこえ』で注目を集める。以降『雲のむこう、約束の場所』『秒速5センチメートル』『星を追う子ども』『言の葉の庭』を発表し、国内外で数々の賞を受賞。2016年公開『君の名は。』は記録的な大ヒット。
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