女児誘拐の疑いで通報、そして真実へ。

とにかく、男性の子連れを違和感を伴った目で見る人はまだまだ世の中に沢山いる。
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yongyuan via Getty Images

昨日、娘と2人で新幹線に乗っていたら誘拐犯と勘違いされて通報される、というショッキング、ある種ユーモラスな出来事があった。

久々にTwitter的な出来事だなあと思ってその件を呟いたら、思いのほか反響があり、さらに妻がnoteに綴ったことも相まってネットニュースになり、今はテレビから取材の申し込みまでぼちぼちある。

そして、ある程度話が広がったということは、いまやインターネットと風物詩ともいえる、偏見や差別、ヘイトも織り交ぜた誹謗中傷や暴論も増えてきた。

なので、ここで自分の立場も含め、当事者として起こったことを感じたままに書いておこうと思う。

 

私の実家は長野にある。
元々は新潟だったのだが、新潟の実家は、車がないとどうにもならないような、交通やインフラの面で非常に不便な場所だった。

長野には、長野オリンピック前の整備事業で祖父母から国に回収され、2人とも亡くなってからやっと返ってきた土地があった。
そこは駅も近く便利な場所で、これからの老後を考えた両親はそこに小さな家を建て、2人と2匹の猫で暮らすことにしたのだ。

それがここ2年くらいの話である。

長野は東京から1時間半で行ける。

長野駅から実家が近いので、里帰りは体感的にかなり楽になった。

ただ、妻には重度の猫アレルギーがあり、猫の毛だらけのうちの実家に泊まることができないのだ。

娘が生まれてからというもの、長野へ行っても、3人で近くのホテルに泊まったりしていたのだが、娘が少し大きくなって、うちの猫と遊びたいという気持ちが芽生えてきた。

なので、長野に行くときは、もう割り切って私と娘だけで行くことにした。
そう決めてから、妻が地方仕事でいない週末などを中心に、今年に入ってもう数回、2人だけで帰省している。

それ以前には、仙台まで2人で行ったこともあるし、新潟に2人で行ったこともある。

つまり私と娘は、2人で新幹線に乗るのにとても慣れていた(これは考え方によっては、油断だったかもしれない)。

東京に帰る日、夕方に娘が眠そうになったので、新幹線で寝てくれるのが一番いいと、急遽予定を変更、急いで帰ることにした。

行きに往復で切符を買っていたので、長野始発ですぐ乗れる「あさま」の自由席に乗った。

利用する人はよくご存知かと思うが、正直、長野新幹線はだいたいそこまで混まない。

今回もお盆の終わりとはいえ、長野駅の時点では全く混んでいなかった。

しかし、高崎を過ぎる頃には満席、デッキにも多くの人がいた。

そうこうしていると、ずっと静かに寝ていた娘が起きてしまった。初めはぼんやりと私の膝の上に寝転んだりしていたが、次第に愚図りだしたのである。

わが娘のイヤイヤ期は、1歳過ぎから何度も波が来てはひいているような状態。
変化が早いので、親もどんどん対策をアップデートしていかなくてはならない。

最近もその波がまた来ているのだが、2歳半は最も恐ろしいとも言われている時期である。

自我ははっきりしてきていて、力も強くなる。
以前なら、「ほら、お外見て!」なんてごまかせていたことにも乗ってくれなくなっている。しかしまだ言葉は拙く、自分の意志を伝えられないフラストレーションを抱えた2歳半…。

その理不尽さといったらない。
家でも泣き叫びながら、「パパここいてよー!!」と、やたら狭いドアの隙間に立たされたり(動くとさらに火がついたように暴れる)、怒りながらいらないといって投げつけそうになった食べ物を救出し、もったいなあと思って一口食べると、「パパ食べる違う!!!」ともんどりうって暴れたり。くしゃみしただけで怒る、爪を切っていたら怒る、あげく、寝言でまで「パパちがう…」

とんだ鬼軍曹だ。

どこに地雷があるかわからない。わからないが、途方もなくどうでもいいところにそれはあり、避けようがない。

ひとたび火がついたら、声をかけても怒る、気をそらそうとしても怒る、ほっておいても怒るので、様子を見ながら、「そうだね、嫌だったね」と気持ちを代弁し、付かず離れず根気強く向き合い、落ち着くのを待つしかない。

ここ最近はそうやってやり過ごしている。

落ち着くのが早いときもあれば、時間がかかる時もある。これは、同じ経験のある親ならわかってもらえるはずだ。

その時点ではまだ泣いてはいなかったのだが、次第に声も激しくなってきていたので、私は、これはデッキに行った方がいいなと思った。

新幹線で娘が泣いてデッキに行くのも初めてではない。仙台東京間、ずっとデッキであやしていた経験もある。
妻とふたりで、交代でデッキで相手をしたこともある。

ただ、今日はデッキも混んでいる。

これはどこにいても迷惑だな…私は、焦りからじっとりとしてきた額の汗を拭った。

すると、それが何故か娘の地雷を踏み抜いてしまった。
「パパちがう!!おでこちがうよ!!!おでこちがうよ!!!」

なんでおでこの汗を拭いたらこんなに怒るのか、理不尽すぎて全く理解出来ないが、とにかく娘はついに泣きわめきだしたのである。

その時、後ろの席のおっさんが怒鳴りつけてきた。

「うるさい!デッキ行けよ!」

育児に不寛容な日本社会の象徴こと、公共の場で子どもが泣くと怒る中高年の登場である。

世の育児をする親たちは、度々辛い思いをさせられている。
その一方で彼らは、自分は子どもに迷惑をかけられている被害者だとも思っている。
だから保育園すら作れない。

それはさておき、もちろんうるさくて迷惑なのは胃に穴が空くほど申し訳ないと思ってるし、そもそもデッキは行くつもりだったし、ことを荒立てる気もないので、貴重品と娘を抱き上げて、さっさとデッキに移動した。しかし、抱き上げられたことで娘の怒りのボルテージはさらに上がってしまった。

「ギャアーーー!!!!」

釣りあげた大魚のようにピチピチ活きよく暴れる娘を両手で泳がせつつ、デッキへ行くと、デッキは思った以上に混んでいた。

響き渡り、反響する泣き声。ま、人が多いので反響はそこそこだったと思うが(人がいると音は吸われます)。

さすがに視線が辛かった。
が、私も娘も決して悪いことはしていない。ここでいつものようにじっくり対峙して耐えるしかない。

娘は、私がだっこしてやろうとすると、触るなと怒った。

「パパ違う!パパやーだ!」

そして私の足を掴みながら、

「パパすわってよー!!」

「パパ違う!パパ立ってよ!!」

どうしろと言うのよ!

しかしこれもいつものことなので、「そうか、そうだね」と言いながら立ったり座ったりして付き合っていた。

そうこうしていると、次の大宮で人がドッと降りて、デッキは私たちとひとりの男性だけになっていた。

結果、混んでいるデッキにいた時間は、そう長くなかったと思う。

空いたのでちょっと安心して、娘との問答を続けていると、次の上野で扉が開き、警察官が3、4人入ってきた。

「すみません、泣いてる女の子を連れているという男性はあなたですか?」

とっさに、もしかして虐待を疑われたかな?と思った。

しかし、警察はこう続けた。

「誘拐事件の可能性と通報があったので」

マジか!
思ったより事件のスケールが大きいことに驚いたが、私はここ数年こそめっきりないものの、自転車によく乗っていた頃は散々職質をされ、ま、いわば慣れたものである。

「この子はうちの子で、証明も出来ますし、どうぞ調べてください」

私は自分の身分証を手渡した。
「奥様はどちらですか」
「ふたりで実家に帰っていたので、妻は東京です」

その間、警察官は、「男性と女の子がひとり、母親はいません」
のような内容を無線で連絡している。

その母親、母親、と強調されるやりとりを聞いていて、ああ、そういう内容の通報だったのだなと分かった。

男性と女の子だから怪しまれたのだ。

「お子様の身分証はありますか」

「座っていた席に、保険証があります」

「では、お子様は見てますので、取ってきてください」

私は、ひとりの警官に連れられながら、座っていた席まで、保険証を取りにいった。 乗客の目線が辛い。

なんせ、新幹線はこのせいで上野駅で止められているのだ。
幸い、さっき怒鳴りつけてきた後ろの席のおっさんはもういなかった。

デッキに戻ると、警官たちにあやされながら、娘はまた大泣きしていた。

私が離れたこのたった数十秒かもしれないが、娘の感じた心細さを思うと、胸がぐっと締め付けられる思いだった。

抱き上げると、娘もギュッとしてきた。

警官が身分証をメモしたりしているとき、ふと見ると、デッキにずっといた男性が苦笑しているのがわかった。

この方は、ずっと見ていて、私たちが親子であることは当然のように分かっていたのだろう。それがこんな事態になっているので、思わず笑ってしまったのだ。

「ほんとに、すみません色々」

私が謝ると、男性は「いやいや、子どもが泣くくのは仕方ないですよねー」と言った。

 

そうこうしていると、今度はデッキの近くの席の男性が、立ち上がって警察に食ってかかった。

「なあ、なんでこんなことで電車まで止めてるんだよ!!子どもが泣くなんて当たり前じゃないかよ!」

警官はこう言い返した。

「重大事件の疑いがあるという通報だったんです。こちらも確認するまではどうすることもできませんから!」

「だったら乗って続きをやれよ!?もう身分証も見てるじゃねえか!!すぐ終点なのに、何を調べるんだよ!?ここで止める必要あるか?なんでも縦割りで融通が効かねえな!!」

私は、いたたまれなくなってその男性に声をかけた。

「すみません、私たちのせいで」

「いいんだよ。子どもが泣くのは当たり前なんだから。俺は警察のやり方が悪いって言ってるの」

男性は、警察には厳しいが私には優しかった。

 

それで警察もさすがにちょっと話し合って、私が逃亡の心配なし、ということで、責任者っぽい方が1人乗り込み、電車は動き出した。
遅れは5分くらいだっただろうか。

そんな賑々しい状況だったので、娘はすっかり泣き止み、じっと私にしがみついていた。

私は東京駅までの数分、正直に状況を説明した。
駅に着き、ホームに降りてからも取り調べは続いた。
最終的に、確認のため妻の犬山に電話をかけさせられることになった。
さらに、

「じゃあ、お母さんの声を娘さんに聞かせて、話をさせてください」

と言われ、娘が電話を代わったが、ムニャムニャ何か言っただけで証拠になるものなのかよく分からなかった。

「すいません。まだうまく喋れないので…」

最後に、iPhoneに入っている、娘との写真をズラーっと見せて、ようやく「じゃあ、大丈夫ですね」と解放してもらえた。

警官が帰った後、駅員さんにも状況を一通り説明し、ようやく全てが終わった。

その間、娘はベビーカーに乗っておとなしくしていた。

しかし、私の持っていたコーヒーの空のプラカップ、これを駅員さんが親切で、「じゃあ、これは捨てておきますので」と持って行ってくれたら、それがまた娘の地雷だった。

「パパのー!!パパのー!!返してー!!」
と泣き叫ぶ娘をベビーカーから出して抱きかかえ、「お願い…また通報されるからやめて(切実に)」と言いながら、タクシーに飛び乗って家路に着いたのだった。

 

…と、まあ、これが私が体験した、だいたいの顛末である。

ひとつ間違い無いのは、通報した人が何を思って怪しいと思い、通報にまで至ったかは、私にはわからない。

ただ、この一連の出来事に、多面的に色々な問題を感じられたから、多くの人がネット上で話題にして、議論してくれたのだと思う。

まず、育児の男女差問題。これが母親と子どもだったら、通報まで至ったのかということ。

これは先に言ったように、警察官の話している内容、そして取り調べの仕方から、「男性がひとりで子どもをつれて新幹線に乗っているという不自然さ」みたいなものがビンビンに感じられた。

確かに、男性がふたりで小さな子と新幹線に乗ってるって珍しいのかもしれない。母親とふたりはよく見る。

何もよく読まずに、「慣れないことをするからこうなったんだ」というコメントがあった。

申し訳ないが、私はふたりで新幹線に乗ることには慣れていた。
ただ、もちろんそんなのは他人には知ったこっちゃないわけで。逆に、泣き喚く子どもを相手に、慣れすぎて全く動じてない様子が、育児をよく知らない人には不自然に思われたのかもしれない。
でも、これも、イヤイヤ期の経験がある親には、わかるー!と思ってもらえるはずだ。

とにかく、男性の子連れを違和感を伴った目で見る人はまだまだ世の中に沢山いる。

それから、犯罪の抑止についての問題。
私は、怪しからったら通報、これは正しいことだと思うし、それで救える子どもがいるなら素晴らしいことだと思う。だからこの件に関して、通報した人に対しての不満は一切ない。
警察に対しても、全く不満はない。すぐ何かと批判されるのに人命のために大変な仕事、ありがたいと思う。あと、警察に怒っていた人の怒る理由も分かる。

でもそこには、見た目だったり、属性だったりの偏見の問題がついてくるわけで、それはまだ議論してゆく余地はあるのかなと思う。

 

それから、子育てに不寛容な社会の問題。

なんなら通報自体、子どもがうるさい腹いせの嫌がらせじゃないかという意見もあり、その可能性ももちろんあると思う。

ついでに、こういうネット上の議論に出てくる、不寛容どころか何かに対しての憎しみがものすごい人問題。

色々あって、私も勉強になった。
大げさでなく、貴重な体験に感謝している。

とは言え、とりわけこれで社会に対して大きな問題提起をしたいというわけでもないので、妻がまとめてくれたものをここに載せておこうと思う。

一緒にいてこんなに心強い人はいない。

あと、最後に。

今回の件が拡散されたお陰で、多くの友人や、私を知る人が、私のために怒ってくれたり、悲しんでくれたり、笑ってくれたりした。

私のことを知らない多くの方も、同情して下さったり、自分の体験を教えて下さったり、嬉しい言葉をたくさん頂いた。

それだけで自分は幸せ者だし、この世界は捨てたもんじゃないという気持ちになったのだ。

本当に、ありがとうございます。

皆さんの力を合わせて、少しずつでも生きやすい世の中になっていくといいな。

この記事は2019年08月18日にnoteに掲載されたブログ「女児誘拐の疑いで通報、そして真実へ。 」を転載しました。