本田圭佑(ミラン)や長友佑都(インテル)ら2014年ブラジルワールドカップを戦った主力たちを先発から外し、田口泰士(名古屋)や森岡亮太(神戸)ら国内組の若手中心で挑んだ14日のブラジル戦(シンガポール)。結果はご存じの通り、ブラジルが圧倒的な強さを見せつけ、ネイマール(バルセロナ)の4得点で日本を一蹴した。アギーレ監督は「逆境の中での選手たちを見たかった」とあえて世界屈指の強豪相手に個人のテストを貫いたが、日本代表としての進歩を考えるなら、10日のジャマイカ戦(新潟)をテストに使い、ブラジル戦は現状でのベスト布陣で挑んでもよかったのではないか。そのあたりは議論されるべきだろう。
そんな中、ブラジルワールドカップメンバーのうち川島永嗣(リエージュ)と岡崎慎司(マインツ)だけはスタメンでブラジル戦のピッチに立った。9月のベネズエラ戦(横浜)で失点に直結する致命的なミスを犯し、指揮官やコーチングスタッフの信頼が揺らぎかけた川島は今回、本田や長友が出なかったこともあり、リーダーとしての重責を担うことになった。彼自身は過去2回のブラジル戦で7失点中3点を挙げられているネイマールを何としても封じたかったに違いないが、前半のうちに早々と1点を許してしまった。
ジエゴ・タルデッリ(アトレチコ・ミネイロ)のスルーパスに反応したネイマールを酒井高徳(シュトゥットガルト)と川島の両方が止めに行ったが、巧みな突破でかわされた。この先制点で勢いを削がれた部分はあったはず。後半には3点を次々と取られ、彼らしい好セーブが出たのは数回にとどまった。「締めるところは後半も締めなければいけなかったし、ホントに自分たちはこの経験をプラスに変えなければいけない」と本人は自分に言い聞かせるように語っていたが、このパフォーマンスでは完全に西川周作(浦和)から定位置を奪い返したとは言えない。彼らの競争はこの先も続きそうだ。
一方、2試合連続1トップで出場した岡崎は普段通りの献身的な守備でチームを引っ張り、ワンチャンスからゴールを狙った。ブラジルの迫力にチーム全体が下がってしまい、岡崎が前線で孤立する場面が目立ち、彼自身もフラストレーションがたまっただろうが、それでも諦めずに1点を取りにいく。そして前半35分に右サイドバック・酒井高徳のクロスに絶妙のタイミングで飛び込んでヘッドという、実に彼らしい形から決定機が生まれる。しかしこれはわずかに枠の外。さらに後半10分にインサイドハーフに下がった田中順也(スポルティング・リスボン)のスルーパスに反応し、右の角度のないところから打ったシュートがクロスバーを叩いてしまう。この2度のビッグチャンスのどちかかでも入っていたら、本人がいう「FWとして自分が生きていく道」を見出す大きなきっかけをつかんでいたに違いない。もう一段階上のステップに飛躍するチャンスを逃し、岡崎もさすがに悔しさを隠せなかった。
「攻撃の迫力をなかなか出せない状況を想定していたけど、2回はチャンスが来たわけで、それを決めるか決めないかで自分の価値が証明される。大事なところで点を取れなければ、それはもうFWではない」と本人も自らに対するいら立ちを言葉にしていた。それでも、今回の10月シリーズの岡崎からはチームリーダーの1人だという強い自覚と責任感が見て取れた。2014年ブラジルワールドカップ前の彼は「自分は代表の一番手の選手ではない」とあくまで黒子に徹する考えを示していたが、ブラジルで世界との凄まじい実力差を痛感し、1からの出直しを誓って今季ドイツブンデスリーガでゴールを量産する中で、「自分がやらなければいけない」という思いがより一層、強まったようだ。
ブラジル戦に挑むに当たっても「一番大事なのはどうやって勝つか。理想を捨てるわけじゃないけど、自分たちの実力は理想と現実がかみ合うところまでは行ってない。見ている人が面白くなくてもやり切る方に一度、傾いてもいい」と徹底的に勝利を追求することの重要性を強調していた。そうやってチームの進むべき姿を岡崎が主張するなど、過去の代表時代にはなかったことだ。
ブラジル戦後にも「ネイマールだったり、前を向いたときに強い相手を待つだけじゃダメ。今回は前にがっつり削りに行くようなやつがいなかったと思うんで。あんな体験できるのはそんなにないと思うけど、あそこでつぶさないと、見てるだけじゃ厳しいですね」とブラジルのアタッカー陣に球際で負けていたチームメートを鼓舞するような発言をしていた。国内組の若手のレベルアップを促し、自らもさらなるステップアップを果たすことが、日本代表の強化に繋がると信じているから、そういう発言が出たのだろう。
香川真司(ドルトムント)のような天才的スキルも、本田のような頭抜けた身体的強さもない岡崎が逞しさを増すことで、若い世代にもたらす刺激は大きい。彼には今回の2連戦の悔しさを胸に、ドイツでよりインパクトを残し、再び代表で存在感を示してもらいたいものだ。
元川 悦子
もとかわえつこ1967年、長野県生まれ。夕刊紙記者などを経て、94年からフリーのサッカーライターに。Jリーグ、日本代表から海外まで幅広くフォロー。ワールドカップは94年アメリカ大会から4回連続で現地取材した。中村俊輔らシドニー世代も10年以上見続けている。そして最近は「日本代表ウォッチャー」として練習から試合まで欠かさず取材している。著書に「U-22」(小学館)「初めてでも楽しめる欧州サッカーの旅」(NHK出版)ほか。
(2014年10月15日「元川悦子コラム」より転載)