「渋谷」を媒体に「ダイバーシティ」実現を目指す「超福祉展」--長井美暁

「カッコイイ」「カワイイ」「ヤバイ」。展示品を見たり試したりしていると、そんな言葉が思わず口から出る、「2020年、渋谷。超福祉の日常を体験しよう展」。
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Koukichi Takahashi / EyeEm via Getty Images
渋谷のスクランブル交差点

「カッコイイ」「カワイイ」「ヤバイ」。展示品を見たり試したりしていると、そんな言葉が思わず口から出る。それが、2014年から毎年11月の1週間、渋谷ヒカリエを中心に開催されている「2020年、渋谷。超福祉の日常を体験しよう展」、略して「超福祉展」だ。2018年も11月7~13日に開催された。

「全員がゼロ以上の地点に」

「目指すはダイバーシティの実現、違いに寛容な社会です。健常者も、障害者も、高齢者も、外国人も、LGBT(セクシュアル・マイノリティ)も、あらゆる人が交ざり合う。そのためには1人1人の心の中にあるバリアを取り除く必要があります。バリアの原因は単なる無知だから、交ざり合うことに慣れれば自ずと氷解します。超福祉展は、皆さんにワクワクしながら交ざり合ってもらおうと思って立ち上げました」

こう話すのは、同展を主催するNPO法人ピープルデザイン研究所の代表理事、須藤シンジ氏だ。

「これまでの福祉には、障害者をはじめとするマイノリティをゼロ以下のマイナスの存在と捉え、この"かわいそうな人たち"をゼロに引き上げようとしているイメージがあります。そのような福祉のイメージを超えるのが"超福祉"。全員がゼロ以上の地点にいて、交ざり合っていることが当たり前。ハンディキャップのある障害者が健常者よりも"カッコイイ""カワイイ""ヤバイ"と憧れられる。そんな未来を目指しています。つまり、私たちが超福祉と定義するのは、心のバリアフリー、意識のイノベーションです」

超福祉展では、来場者に超福祉を「自分のもの」にしてもらうために、まず展示を見て「知る」、次にシンポジウムに参加して「考える」、そして体験型イベントで「体験する」――、この3つのステップでプログラムを構成している。今回、渋谷ヒカリエ8階「08/」の会場に展示されたプロダクトの一部をご紹介しよう。

「福祉機器をつくる意識はない」

イタリア車やフランス車の販売代理業を営む株式会社ジー・エス・ティーが出展していたのは、イタリア・グイドシンプレックス社製の手動運転補助装置だ。ステアリングの裏に取り付けたアクセルリングを指先で左右にスライドすれば、アクセルを簡単にコントロールできる。ブレーキはステアリング下部に設置されたレバーを押すことで作動する。装置はすっきりした見た目で、健常者が日常で使用している車に取り付けられ、障害者用の車を新たに買わずに済む。

アクティブムーブチェア「Weltz-EV(ウェルツ イーヴイ)」は、いわば電動車椅子のようなオフィスチェア。車輪を椅子の内側に収めているので見た目がコンパクトで、オフィス環境に馴染むデザインが特徴だ。

この椅子はオフィス家具メーカーの株式会社オカムラが、2018年4月に発売した「Weltz-self(ウェルツ セルフ)」の電動バージョンだ。

「高齢者や足腰の弱い方は、歩行のバランスが不安定で転びやすい。Weltz-selfは座ったまま、オフィス内を移動できる椅子をつくってほしいという依頼から生まれました」

と、同社デザイナーの新行内弘美氏は話す。通常のオフィスチェアでも座ったまま移動できるだろうと思うかもしれないが、実際にやってみてほしい。小さいキャスターが4~5個付いているため抵抗が大きく、足で漕ぐときには椅子の脚も邪魔で、思うように移動できないはずだ。

Weltz-selfの開発で得た知見を活かしたWeltz-EVは、肘掛けに備え付けの「ジョイスティック」を操作して移動する。このスティックは直感的に操作でき、旋回も難しくない。スムーズな移動に楽しくなり、展示ブースを離れて渋谷ヒカリエ8階の通路も走らせてもらったほどだった。

そして、株式会社RDSが展示していた車椅子は、私たちが思う車椅子のイメージを超える、スタイリッシュなデザインだ。同社はプロダクトデザインをはじめ、モータースポーツやロボット、航空宇宙分野の部品のデザイン・設計から製造まで手掛け、5年ほど前からチェアスキーのシートを日本代表選手と一緒に開発している。同社の中村耕太氏が説明する。

「下半身が動かない、場合によっては上半身も動かない、そのような方が時速100キロ以上のスピードで雪山を下るとき、バランスをとるのはお尻とシートのつながりなんです。そうしたシートの開発や、並行して一般的な車椅子や陸上競技用の車椅子なども開発するなかで、それぞれ違う身体の状態に合わせて、必要充分なサポートを行えるシートを日々探求しています。  私たちには福祉機器をつくっているという意識はありません。お付き合いのある障害者の人たちは皆さん、すごくアクティブだから。そういう方々が喜んで乗ってくれるようなデザインによって、車椅子が既存のイメージの枠を超え、生活を豊かにする1つの移動手段となることを目指しています」

車椅子のシートの形状や位置は、使用者に合わせて個々に調整する。そのための測定装置も開発中で、「人間をどう乗せるか、というソフトウェアの部分を整えていきたい」と話す。

そのほか車椅子では、次世代型パーソナルモビリティとして知られる「WHILL」に試乗して、渋谷のまちなかを走る体験ツアーも開催された。この製品が生まれた背景には、「車椅子に乗っていると、障害者で助けが必要という目で見られるために、100m先のコンビニに行くのをあきらめる」という車椅子利用者と開発メンバーとの出会いがあった。2014年に最初のモデルを発表して以降、今や、超福祉の考え方を率先して体現するような存在に成長している。

その体験ツアーに参加した車椅子生活10年という男性は、

「電動車椅子は初めて。普段、手動タイプに乗っていると気になる小さな段差も、これはまったく気にならず、安定感のある走行で、眠くなりそうなくらい。渋谷は坂道が多いけれど、充分なパワーで勢い良く上ることができました」

と感心した様子。とはいえ、「自分の体力があるうちは、手動タイプに乗っていたい」とも言う。

「普段は車で移動しています。手動タイプは自分1人で車に積み込んだり降ろしたりできるので。WHILLは分割して車に積めるタイプでも重量があるから1人では難しいでしょう。でも年をとって体力がなくなったら、近所に買い物に行くのに良いなと思いました」

一方、別の健常者の男性は、 「従来の車椅子とは雰囲気がまったく違い、オシャレだと思っていました。実際に試してみたら、バイクや自転車に乗っている感覚の延長でいられる。これは車椅子というより1つの乗り物だと実感しました。操作性も繊細な反応で、まちなかでの試乗が楽しかったです」

こう話してくれた。

「アートが人に誇りを持たせる」

アーティストの坂巻善徳a.k.a.sense氏とポストデジタル・アーティストの小林武人氏によるユニット「More Than Human」は、義手や義足のためのファッショナブルなカバーを展示。「身につけるものを美しくしていくことは、自分たちの使命だと思っている」と話す坂巻氏は、アーティスト活動と並行して10年以上前から、義肢・医療器具の世界に"アート"を持ち込む活動に力を注ぐ。

「素敵、かっこいい、美しいというのは、生きる希望になる。アートが人に誇りを持たせ、誇りが人を強くする。身体の欠損を隠すのではなく、特質の一部だと認識する手助けとなるように制作しました」

足の不自由な人は横から回すように足を前に出すが、この義足カバーは、装着することで自然な足運びとなるように考えられており、見た目がオシャレというだけでなく、機能的でもある。また、制作には3D(三次元)スキャンや3Dプリンタといった近年発達の目覚ましい技術を利用している。

最新技術の活用という点では、エイベックス・エンタテインメントが2018年に立ち上げた「SARF(Sound Augmented Reality Factory)」プロジェクトも注目される。同社は音楽業界では早くからVR(仮想現実)やAR(拡張現実)を使ったコンテンツ制作に取り組んでいる。推進担当の中前省吾氏はこう話す。

「音声ARシステムの社会実装を目指しています。VRやARは視覚情報をもとにすると思われていますが、実は聴覚情報だけでも可能なんです。音声と位置情報を組み合わせることでARになります」

会場では音声ARシステムの体験ツアーを開催。体験者はヘッドフォンを着用して目を閉じ、ガイド役の担当者に手を引かれて音声によるヒントを聞きながら、7色のオブジェに次々と触って歩く。こうすることで体験者は自然に「虹」を思い浮かべているが、目を開けてみると、そこに見えるオブジェはすべて「黒」。

「色彩は視覚情報ということすら実は曖昧なんです。また、音声は画像より情報量が少ないぶん、情報の受け取り手が頭の中で自主的にパーソナライズするという特徴もあります」

この音声ARシステムを活用した社会ソリューションとして、利用者の位置情報を既存の信号や横断歩道、点字ブロックなどと組み合わせ、例えば視覚障害者に対して「10メートル先に交差点、5秒後に赤信号に変わる」といったナビゲーションを、スマートフォンなどを通して音声、または振動で自動的に知らせることも目指している。

優しさの「見える化」

「『ボディシェアリング』という新しい考え方を広めたい」と話すのは、「NIN_NIN」というロボットの開発チームの大瀧篤氏と高橋鴻介氏だ。ボディシェアリングは彼らのチームが生み出した言葉でありコンセプトで、「手を貸す」という昔からの行為をヒントに、「テクノロジーの力を使って、身体の機能を他人にシェアする」ことと定義している。

「視覚障害者から、外出すると一瞬だけ助けてほしいという場面が多いけれど、アテンドを雇うのは大変という話を聞き、その一瞬を助けられるようにできないかと思ったのが開発の発端です」(高橋氏)

忍者の形をした小型ロボットは、オリィ研究所との共同開発によって生まれた。これは身体機能を貸す側のいわば分身で、カメラとスピーカーを内蔵。今回、展示されているロボットは肩掛けバッグの肩ひもに取り付けられていて、バッグの中にはバッテリーが入っている。視覚障害者がこのロボット付きのバッグを持って外出するとき、その友人が自宅など別の場所で、カメラが捉える映像をパソコンやスマホで受信して視覚の代わりを担う。そして、信号や階段など道中の情報を随時与えながら、当事者が目的地まで安全に行くことを助ける。これが「目を貸す」の一例だ。

あるいは、英語の得意な人がスピーカーを通じて訪日外国人に「口を貸す」ことも可能。例えば、せっかく留学までしたのに普段の生活では英語を使う機会がないと嘆く人が「口を貸す」側になれば、能力を活かして人助けができる。

「貸して『あげる』のではなく、お互いに楽しく助け合う。助けて嬉しい、助けられて嬉しいという関係が大切だと思っています」(大瀧氏)

そのような観点から、開発チームは「シェア」という言葉を使う。

ロボットに忍者というキャラクターを与えたのは、優しさの「見える化」を意図してのこと。

「汎用性を持たせるために、ファッションアイテムにしたかったんです。向こうから歩いてきた人が肩に忍者のロボットを乗せていたらキュートでしょう? 見た目がポップなら話しかけやすいでしょうし」(高橋氏)

実際にロボットを肩に乗せて動作を試してみると、機械なのにペットに対するような感情が生まれ、愛着が湧く。

「AI(人工知能)と違い、これは"憑依"する人の個性が出る。秋田の小学校で実証実験を行ったら、ロボットやAIには普通聞かないようなことを、これに対しては自然に質問していました」(高橋氏)

「開発の発端は福祉ですが、将来的には社会的弱者の雇用促進や単身者の孤独解消まで視野に入れています。例えば、外出はままならないけれど植物に詳しい高齢者が、NIN_NINを通じて植物園の案内役を務める、といったようなことも考えられます」(大瀧氏)

「皆がそれぞれ自分のできることをシェアし合う社会が広がれば、今より優しい世界になると思うんです」(高橋氏)

「大きな渦を本気でつくる」

超福祉展では毎年、手を替え品を替え、どうすれば「超福祉」の考え方が広がるかに力を入れてきた。これまでの変遷を須藤氏は次のように話す。

「1回目から2回目にかけては、製品の『もの』としてのユニークさやデザイン性に特化して伝えました。2回目から3回目にかけては、製品化の背景や開発者の考えなどをもっと伝えたいと思い、シンポジウムを充実させた。3回目から4回目にかけては、会場の外にも『私たちも一緒に関わりたい』という方がじわじわと増えたので、イベント全体の規模が大きくなりました。

そして5回目の2018年は、美容院や花屋さん、クリーニング屋さんなど、渋谷区内の50を超える事業者が店先にポスターを貼ったり、チラシを置いたり、口頭で案内したりして、超福祉展のことを街場の一般のお客さんにも広めてくれました」

超福祉展は渋谷区と共催している。実は区長の長谷部健氏はピープルデザイン研究所の立ち上げメンバーの1人だ。

須藤氏はもともとファッション流通関係のサラリーマンだった。次男が重度の脳性麻痺で生まれ、障害者や福祉の現実に直面したことから、2000年に退社して自身が能動的に起こせる活動の切り口を模索し始めた。そして心のバリアフリーを広める活動を展開するなかで、「まちを媒体に、もっと大きく強い広がりを生み出したい」と考えていたときに、当時は渋谷区議でありNPO法人グリーンバード代表でもあった長谷部氏と知り合って意気投合。ダイバーシティの実現を目指し、2011年に「ピープルデザイン研究所」を他数名とともに創設した。

渋谷というまちには学生時代から馴染みがあり、独立後の自身の事務所も置いていた。また、渋谷の名前は国内はもとより世界にも轟いている。「渋谷というまちの媒体力を活用できたことが、超福祉展の今の広がりにつながっていることは確かです」と須藤氏は話す。

超福祉展では、ポスターやパンフレットに添えるキャッチフレーズも毎年違う。今回は「ちがいを、あなたに。ちがいを、あなたから。」だった。

「出展者も来場者も『ああ、おもしろかった』で終わるのではなく、終わった後、どう主体的に動くのか、あるいは、これまでの行動に何を加え、新しいアクションをとるのか、そういうメッセージを投げかけ、意識を育みたいと考えました」

展覧会名にある通り、超福祉展は東京オリンピック・パラリンピックが開催される2020年が最後と当初から決めている。

「ダイバーシティの実現に向かう大きな渦を本気でつくるために、初めからゴールを設定していました。企業や団体、行政など多くの賛同者を巻き込み、皆様の力をお借りして開催しているので、遣り切る責任があります」

残り2回。「超福祉」の意味は、1度でも参加すればわかるだろう。1人でも多くの人に、超福祉の日常を体験してほしいと思う。

2020年、渋谷。超福祉の日常を体験しよう展(超福祉展) http://www.peopledesign.or.jp/fukushi/

長井美暁 編集者/ライター。日本女子大学家政学部住居学科卒業。インテリアの専門誌『室内』編集部(工作社発行)を経て、2006年よりフリーランス。建築・住宅・インテリアデザインの分野で編集・執筆を行っている。編集を手がけた書籍に『堀部安嗣作品集:1994-2014 全建築と設計図集』(平凡社)、『堀部安嗣 建築を気持ちで考える』(堀部安嗣著、TOTO出版)、編集協力した書籍に『安藤忠雄の奇跡 50の建築×50の証言』(日経アーキテクチュア編、日経BP社)など。

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(2019年1月17日
より転載)