シャープを買収した台湾の「鴻海(ホンハイ)精密工業」と、ジャパンディスプレイ(JDI)の再建を主導する「産業革新機構」。両者の実力差が浮き彫りになってきた。ホンハイに買収されたシャープの業績は鮮やかなV字で回復、JDIは泥沼の業績不振が続き、資金が底を突きかけている。産業革新機構を差配しているのは言わずと知れた経済産業省。官庁を司令塔とする護送船団方式が、ダイナミックな華僑経営に敗北する構図である。
4年ぶりの黒字転換
3月8日、上海で開かれた中国家電及び消費電子博覧会の会場。シャープ社長の戴正呉は、額の部分に大きく「8K」の文字が入った赤い野球帽を被って、現地メディアの取材に機嫌よく応じていた。戴の背後には104インチの8Kパネルを8枚貼り合わせた巨大ディスプレイがあり、北京故宮博物院が所蔵する「宋版清明上河図」を鮮やかに映し出していた。
8Kとは今売られている液晶テレビの最上位機種「4Kテレビ」の4倍に当たる3300万画素を映し出す超高精細の次世代ディスプレイであり、シャープは2017年10月、世界に先駆け中国で家庭向けでは世界初の「8Kテレビ」を発売した。
2月には台湾の故宮博物院にある「清院本清明上河図」を8Kディスプレイで映し出すイベントを実施しており、戴は「図らずも、両岸(台湾と中国)の故宮が所蔵する清明上河図がシャープの8Kディスプレイで結びつき、世界で初めて披露することができた」と自画自賛した。
2020年の東京オリンピックをきっかけに、世界に先駆けて日本で8Kテレビを普及させようと目論む総務省とNHKは、シャープの復活に胸をなで下ろしている。シャープがホンハイに買収される前、日本のディスプレイ産業は壊滅的なまでに衰退しており、「8Kテレビを開発できるメーカーがなくなってしまうのでは」と危惧されていた。「ホンハイに買収されなければ、シャープに8Kテレビを作る体力は残っていなかった」(総務省幹部)という。
確かに、ホンハイに買収された後のシャープの業績回復は目覚しい。2015年と2016年は2000億円を超える大赤字だったが、2018年3月期は690億円の最終利益を見込んでいる。4年ぶりの黒字転換であり、2017年12月には東京証券取引所第1部にも復帰した。
テリー・ゴウの「天虎計画」
戴は、とにかくよく働く。東証1部復帰に当たっては、副社長の野村勝明、石田佳久らと手分けして国内の全事業本部を回り、「みなさんが頑張ってくれたおかげだ」と、感謝の気持ちを伝えた。創業者・早川徳次の娘・住江のところにも挨拶に行き、そこで「創業者は、常々『信用、資本、奉仕、人材、取引先の5つの蓄積が大切だ』と言っていた」というエピソードを引き出して、それを社員に紹介している。名門企業のシャープが台湾企業に買われたというのは、従業員を含め日本人にとって少なからず衝撃的な出来事だったが、戴は創業者の言葉を引くことで「創業の精神を大切にしている」と巧みに演出して見せたのである。
もちろん、こうした「気配り」だけでシャープが復活したわけではない。ホンハイ会長の郭台銘(テリー・ゴウ)は「天虎(スカイ・タイガー)計画」と名付けたシャープブランドテレビの拡販キャンペーンを世界最大のテレビ消費地である中国で展開し、堺ディスプレイプロダクト(SDP=旧シャープ堺工場)で、月産8万枚の液晶パネルを作らせている。アップル製品の大半を製造する、自社の巨大なサプライチェーンを使って部品の調達コストを引き下げ、「シャープ」を「サムスン電子」「LGエレクトロニクス」と並ぶテレビのグローバルブランドに引き上げつつある。
周知の通り、シャープ再建をめぐっては2016年2月に、ホンハイによる買収が決まる直前まで、「産業革新機構による出資」に決まりかけていた。土壇場でメインバンクの1つであるみずほ銀行が、銀行に債務カットを求めないホンハイ案に乗り換え、ホンハイが大逆転を演じた。
産業革新機構は経産省の意向を受け、シャープと東芝の家電事業を統合する計画などを打ち出していたが、商売を知らない官僚が考えそうな児戯に等しいプランであり、今となっては、「ホンハイに買われてよかった。経産省と産業革新機構に弄(いじ)り回されていたら、今頃、泥沼にハマっていた」(シャープ関係者)と言われている。
台所は火の車
役人に弄り回され、二進も三進もいかなくなっているのがJDIだ。同社は3月末、2018年6月までをメドとしていた有機EL(OLED)の開発製造会社「JOLED(ジェイオーレッド)」の子会社化を「取りやめる」と発表した。
JDIは昨年の8月、会長の東入来(ひがしいりき)信博が記者会見し、「JOLEDの子会社化」を柱にした中期経営計画を発表したばかり。この時、東入来は「液晶から有機ELへのシフト」を高らかに宣言した。わずか半年で、その旗を降ろした。
そもそも2012年に発足したJDI自体が、経産省による護送船団そのものである。日立製作所、東芝、ソニーが過剰投資で持て余していた小型液晶事業を寄せ集め、産業革新機構に2000億円を出資させて作った会社だ。「日の丸液晶を守るため」という大義名分だが、この時点ではまだシャープの液晶事業が健在であり、母体3社を「救済」したようにしか見えない。特に東芝は2006年に買収した米原発大手ウエスチングハウスの不調をひた隠しにしていた時期であり、お荷物の液晶事業を整理できて随分、助かったはずである。
だが、負け組を寄せ集めて公的資金を注入した会社が、世界の鉄火場で勝ち抜けるはずもない。アップルや中国のスマホメーカーに散々振り回された挙句、台所は火の車。2018年1月には、固定費を削減するため国内で240名の希望退職を募り、海外でも約3500名を削減した。2018年3月期(通期)は2000億円超の最終赤字が予想されている。
2012年に投じた2000億円を回収できる見込みがないにもかかわらず、産業革新機構は瀕死のJDIに200億円を追加で「出資」する。2017年に操業停止した石川県・能美工場をJDIから200億円で買い取り、その工場をJOLEDに現物出資するのだ。JDIにとっては地獄に仏だが、この金も日々の運転資金に消えるのが目に見えており、国民の負担は膨らむばかりだ。
誰も責任を問われない
「国策」の看板を掲げれば、採算度外視が許されるのが我が国の産業政策の有様だ。原子力政策で2016年にようやく廃炉が決まった高速増殖炉(原型炉)「もんじゅ」は、50年以上前に開発が始まり、24年前に完成したが、事故続きで運転できたのはたった250日。この間に投じられた1兆589億円の予算が無駄になったが、誰も責任は問われない。産業革新機構も2兆1000億円の投資枠を持ち、すでに1兆円以上を投資しているが、電機産業の「救済」に使われた5000億円超は、ほぼ確実に無駄になる。
民間の企業やファンドがこんな投資をしていたら、とっくの昔に倒産である。シャープとJDIの業績の差は、出資したホンハイと産業革新機構(経産省)の「覚悟の差」だ。身銭を切ったホンハイがシャープの再建に失敗すれば、テリー・ゴウが経営責任を問われるが、税金を投じているだけの産業革新機構がJDIを潰しても、誰も責任を問われない。シャープがホンハイ傘下に入ったのは、まさに「不幸中の幸い」だったのである。(敬称略)
大西康之 経済ジャーナリスト、1965年生まれ。1988年日本経済新聞に入社し、産業部で企業取材を担当。98年、欧州総局(ロンドン)。日本経済新聞編集委員、日経ビジネス編集委員を経て2016年に独立。著書に「稲盛和夫最後の闘い~JAL再生に賭けた経営者人生」(日本経済新聞)、「会社が消えた日~三洋電機10万人のそれから」(日経BP)、「ロケット・ササキ ジョブズが憧れた伝説のエンジニア 佐々木正」(新潮社)、「東芝解体 電機メーカーが消える日」 (講談社現代新書)、「東芝 原子力敗戦」(文藝春秋)がある。