シェアハウスを検討してる人たちに知ってもらいたいこと 【これでいいの20代?】

ありふれた20代女子のちょっと変わった人生経験。シェアハウスの実情に迫る。

私の本当の名前は鈴木綾ではない。

かっこいいペンネームを考えようと思ったけど、ごく普通のありふれた名前にした。

22歳の上京、シェアハウス暮らし、彼氏との関係、働く女性の話、この連載小説で紹介する話はすべて実話に基づいている。

もしかしたら、あなたも同じような経験を目の当たりにしたかもしれない。

ありふれた女の子の、ちょっと変わった人生経験を書いてみた。

◇◇◇

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Aさん:ね、今日は仕事早く終るけど、笹塚に行かない?

Bさん:いいね!笹塚行こう。

笹塚にあるシェアハウスに引っ越して、こういう会話は実際に耳にしないことを知った。

笹塚は友達を呼ぶ場所じゃないし、週末遊びに行こうと思うところじゃない。面白いお店もないし、文化もない。ボーリング場で笹塚を知っている人が多いかと思うけど、とても高くて普通の人じゃいけない。

京王線で一本で新宿に行けるけど、京王線に乗るハードルが高くて住民でない人が敢えて笹塚に行くのはあまりない。あんな通勤に便利なのに何もないところって笹塚以外ないと思う。

でも、笹塚に何もないのは当然なのかもしれない。それは「笹塚」という地名にある。笹はバンブー。塚は土を高く盛り上げたもの。17世紀、徳川家康が、今の笹塚を通る甲州街道を含め、5つの街道、今で言うと幹線道路に一里ごと(3.927kmごと)に塚を築かせた。笹塚にそういった一里塚ができたので、笹塚という地名になったらしい。

ということは、笹塚は何百年も前から、人が長く滞在する場所じゃなくて通過する場所だったってことだ。

一緒に住んでいたシェアメイトたちもみんな笹塚がゴールではなかった。多くのシェアメイトたちは20代か30代前半で趣味に使えるお金が欲しかったり、給料が低かったり、結婚相手を探したかったりして、とりあえず笹塚に住んでいた。2年間住んだ子もいたし、数ヶ月で出た子もいた。

東京の女性たちはおしゃれで綺麗好きだろうと期待していたけど、全く違った。もちろんキッチンや風呂場など、共有スペースをきれいに使っていた女性もいたけど、家を散らかしていた子もいた。

一人はいつもパンツをお風呂で洗って片付けないままずっと干していた。もう一人、一年目の社会人の子はいつも夜が遅くてクタクタに疲れていたので変な場所で寝たりしていた。ある日の朝、2階のトイレのドアを開けたら、彼女が中で寝ていた。

こういう不便なところもあったけど、家賃を考えたらそんなもんだった。むしろ私たちにとって住み心地は良かったのかもしれない。

みんな性格が違っていたけど、一緒に住んで姉妹のようにお互いを真似し合ったりした。例えば、真美ちゃんという私と一番仲のいい子がカルビーのフルーツグラノーラにハマったら、みんながフルグラフィーバーに感染して買ってしまった。

180グラムのSサイズがすぐなくなるからみんなが800グラムのLサイズを買い始め、冷蔵庫の中にはいつもフルグラのLサイズがずらりと並んでいた。

しかし、冷蔵庫の「フルグラ宝箱」がなんとねずみを誘ってしまった。ある日、わたしが仕事から帰ったらねずみさんは一人でテーブルの上で電気つけっぱなしでテレビを見ていた。

ねずみはテレビを普通見ないが、あの時は絶対にテレビを見ていた。ねずみさんと私の目が合ってショックをうけて、ねずみさんはすぐに風呂場に逃げた。

シェアメイトたちに早速LINEで報告し、業者を頼んだ。

「だからフルグラの底にいつも穴が空いていたのか」と真美がようやく気づいた。

その後、シェアハウスのフルグラブームが去った。

私達のなかで一番年上だったのは、30代半ばぐらいの明美さん。彼女のおかげで私は岡崎京子の「リバーズ・エッジ」と「臨死!!江古田ちゃん」を知った。他のシェアメイトたちの誰よりも漫画をよく読んでいた明美さんはとてもミステリアスな女性だった。

夜にしか出かけない男性と付き合ったときのこととか、シェアハウスに引っ越す前の話をしてくれた。20代のときは有名な広告代理店で仕事をしていたけど、体を壊して仕事をやめたらしい。何の病気だったかわからないけど、明美はすぐ疲れちゃったのでシフト制の派遣仕事をしていた。家にいるときはバスローブを着ていた。

一回だけ広告代理店で働いていたときの彼女の写真を見せてもらった。帽子を斜めにかぶって友達たちとビキニ姿で笑っていた。カメラに目線を合わせてなかったけど、その笑顔が眩しかった。同じ人がこんな暗くなってて信じられなかった。

ある日の夜、明美さんともう一人のシェアメイトと夕飯を食べながら食事をしていた。もう一人のシェアメイトは自分の仕事がうまくいかない、上司が嫌い、仕事の内容(データ入力)がつまらないと文句を言いながら、「彼氏がいたらいいのに...」とつぶやいた。

「もっと楽しい仕事あるかもしれないよ。もっと面白い仕事、自分が向いている仕事をすれば、もっと輝けると思う。男性たちは輝いている女性に寄ってくるからすぐ彼氏できるんじゃない?」とアドバイスしてみたけど、彼女は納得せず部屋に戻った。

それまでに黙ってテレビを見ていた明美さんがテレビを見たまま私に言った。

「みんなさ、綾ほどキャリアなんか望んでないよ。彼女がもっと面白い仕事をやりたかったら既にやってる。綾が何を言っても仕方ない」

明美さんがテレビを消して、アイスティーを持って2階の部屋に戻った。キッチンの電気がやけに眩しかった。

明美さんは正しかった。シェアメイトたちはもう大人になっていたし、自分が選んだ人生を歩んでいた。大きな夢に向かって頑張ってる人もいれば、かわいい洋服とメイクが買える程度で頑張っていた人もいる。

みんなそれぞれに人生を生きている。みんな仲良く一緒にシェアメイトしてるだけで、生き方はバラバラだ。

私には他人の人生に踏み込む理由も、その資格もなかった。

そこにあったのは、ただ笹塚を通過している間、お互いを世話しあうこと。それだけ。