1――家庭で眠る資産
バブル景気の崩壊後はフローである名目GDPの伸びの低下が問題にされてきたが、所得の伸びが低迷する中でも、家計が持っている住宅や自動車、家電製品などの耐久消費財は増え続けている。
しかし、蓄積された資産は必ずしも十分に活用されているわけではなく、所有しているモノが増えるに従って、あまり利用しない資産も増えてしまっている。
家計に眠る遊休資産をうまく活用できれば、所得の増加に繋がるし、資源制約の壁も乗り越えてより豊かな社会を築くことができるはずだ。
欧米で急速な広がりを見せているシェア経済(Sharing Economy)を、情報通信白書(2015年版)は、「典型的には個人が保有する遊休資産(スキルのような無形のものも含む)の貸出しを仲介するサービス」と定義している。
シェア経済の仕組みというと、日本では個人の住宅を宿泊用に貸し出す「民泊」がまず頭に浮かぶ。欧米ではスマートフォンを使って個人が提供する相乗りサービスを手配したり、掃除や家事の代行なども提供されていて、余った時間を他の人が利用する仕組みと捉えられている。
Sundararajan教授(ニューヨーク大学スターンスクール)は、シェア経済という言い方が圧倒的に普及しているが、定着した定義は無く、クラウド(クラウド・コンピューティングの技術)を基盤とした資本主義(crowd-based capitalism)というのが最も適切だとしている(*1)。
シェア経済という言い方が広く使われているのは、情報通信白書は「シェアリング・エコノミーの嚆矢は2008年に開始された「Airbnb」」と紹介しているが、それ以前から個人が持つ未利用・低利用の資産を多くの人が共同で利用すれば資源やエネルギーの節約になるという考えから出発したサービスがあったからではないか。
現在でも多くのサービスが環境問題への貢献や人との出会い、コミュニティの強化などをうたっている。
2――デジタル技術とシェア経済
シェア経済が注目されるようになる以前から、一つの資産を多くの人が利用するという仕組みはあった。例えば、レンタカーやホテルがそうだ。
こうした仕組みとシェア経済の違いは、レンタカーやホテルは、企業が資産やサービスを提供しているのに対して、シェア経済の仕組みでは個人が提供するという点である。
個人間の取引には、相手を見つけることが難しいということと、相手が信用できるか分からない、という二つの問題があって実現が難しかった。
これは企業にとっても大きな課題で、マスコミを使って商品や会社の情報を多くの消費者に伝え、この企業の提供するものは安心だという「ブランド」を作り上げることで、この二つの問題を解決してきた。
インターネットなどデジタル技術の発展は、個人が欲しいものを提供しようとしている相手を簡単に見つけられるようにし、シェア経済を使って商品やサービスを提供する人と利用者の相互の評価を使うことで信頼の問題に対応することを可能にした。
例えば、インターネット上の個人売買のサイトでは、売り手も買い手も、自分が取引しようとしている相手が、過去に行なった取引で商品の品質や料金の支払などを巡ってトラブルが無かったか、取引相手からの評判はどうかなどを調べることができるものがある。
デジタル技術が個人間の取引でもこの二つの問題を解決する道を開いてシェア経済の実現を可能としたと言っても過言ではなく、シェア経済はデジタル技術と不可分のものと考える人も多い。
3――働き方にも大きな影響
理想的な市場では、すべての取引は市場を通じて行うことが効率的なので、企業は存在する意味がない。現実の経済で大企業が大きな役割を果たしているのは、市場の不完全さを組織の力で解決しているからだ。
デジタル技術の発展は誰もが簡単に必要な情報を入手できるようにするので、情報不足に起因する市場の問題は解消されやすくなる。
市場を通じて個人同士が取引を行なうシェア経済の活動は、経済活動全体の中でより大きなウエイトを占めることになるだろう。
もちろんデジタル技術の進歩は大企業という組織の効率性も高めることになるので、組織原理で運営される大企業中心の経済活動も併存するだろうが、シェア経済がこれまでの企業活動に取って代わる分野も多いのではないか。
これによって、企業に雇用されて働く人の割合は今よりもはるかに低くなり、多くの人が個人で直接個人の顧客を探して仕事をするようになるはずだ。
日本でもシェア経済の仕組みが拡大していけば、人々の働き方は大きく変わり、我々の職業観にも大きな影響を与えることになるのではないだろうか。
関連レポート
(*1) Sundararajan, Arun "The Sharing Economy: The End of Employment and the Rise of Crowd-Based Capitalism", MIT Press (2016)
(2016年10月31日「エコノミストの眼」より転載)
株式会社ニッセイ基礎研究所
専務理事