アカデミー賞最多候補『シェイプ・オブ・ウォーター』監督が描く異色の純愛 野獣が王子に変わるのは”真実の愛”なのか

53歳、デル・トロ監督が恋愛映画に込めた思いを聞いた。
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映画「パシフィック・リム」などで知られるギレルモ・デル・トロ監督の最新作「シェイプ・オブ・ウォーター」が3月1日から全国公開される。

幼い頃のトラウマで声を失ってしまった女性と、アマゾンの海から連れてこられた半魚人のような生き物(クリーチャー)が織りなす、種族を超えた愛の物語だ。

ファンタジー要素が強く、突飛な設定のようでいて、見た人に大きな共感を残す本作は、映画賞でもひときわ目立っている。

2017年度ヴェネツィア国際映画祭では、最高賞にあたる金獅子賞を受賞。続く2018年度ゴールデングローブ賞、アカデミー賞では、ともに最多ノミネート作品となった。

自らを「オタク」と名乗り、日本の漫画やアニメ、特撮に精通しているデル・トロ監督だが、満を辞して世に放った最新作は「恋愛映画」。

53歳の監督が今、恋愛というテーマにチャレンジした理由は? そして、異種族間のロマンスを通じて伝えたかった「愛の本質」とは...。来日したデル・トロ監督にインタビューした。

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Ai Kawaguchi/HuffPost Japan

おとぎ話じゃない、リアルな愛を

《デル・トロ監督が描いたロマンスには、これまでのおとぎ話が見せてきた「綺麗な愛」へのアンチテーゼがあった。》

これまでのおとぎ話というのは、「人とはこうあるべきだ」という固定観念の再確認をするだけで、見る人が新しい自分に出会えるようなものではなかったと思います。

例えば『美女と野獣』の中で、ヒロインは純粋で無邪気な存在でなければならない。一方「野獣」は野蛮な存在として描かれ、最後は「王子様」に変わらないといけない。野獣が"変身"して物語がハッピーエンドになることがよしとされています。

今作の主人公・イライザは、囚われの身である彼(クリーチャー)を解放することで、自分自身の心も解き放ちます。お互いを自由にし合う、これが愛なんですね。

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(C)2017 Twentieth Century Fox

ポイントは、物語を通じて彼は一切、変わっていないということです。「美女と野獣」では、野獣は、王子様に変わらなければいけなかった。でもそれって本当の愛でしょうか。この作品では彼も変わらないし、彼女も変わりません。

自分とは本来どんな存在であったのか、それを気づかせてくれる相手こそが、真の愛する者だという仕立てにしています。

日々の営みとしての自慰行為

「これまでのおとぎ話を変えたい」という意欲は、性的描写にも及んでいます。

彼女の登場シーンでは、浴室での自慰行為を描きました。普通の男性監督なら、モデルみたいに美しい20代の女性が、蒸気と光をまといながらバスタブに佇むようなフェティシズムを感じさせるシーンになっていたと思います。

でもはそうではなくて、ありのままで日常の姿を描きたかった。毎日の中にあるセクシュアリティ、それはフェティシズムでも何でもなく、単なる日々の営みです。

イライザは、従来のおとぎ話のプリンセスが備えていた固定化した像を超えて、もっと色々な側面を持つ女性として描きたいと思いました。

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(C)2017 Twentieth Century Fox

1962年という舞台を通して映し出した「いま」

《映画の舞台は、アメリカが大きな恐怖に包まれていた1962年。ソ連との核戦争への恐れが頂点に達する一方、国内では公民権運動の緊張が高まっていた。トランプ大統領の就任から1年が経ち、奇妙な緊迫感が続くアメリカの「いま」に重なる部分もある。》

今、恋愛映画を描こうと思ったのは、現代が大きな恐怖に包まれていると思ったからです。今はソーシャルメディアがあって人と人が簡単につながる。これまでのどの時代よりも人々は活発にコミュニケーションをしています。

だからこそ、個人は孤立を深めている。世の中には、自分の本当の気持ちをさらけ出すことへの恐れが充満している。今や、距離感を十分にとって、皮肉やユーモアを交えなきゃコミュニケーションが成り立たないくらい、僕たちは臆病になっています。

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(Photo by Jaap Arriens/NurPhoto via Getty Images)
NurPhoto via Getty Images

例えば、今、「僕は53歳です、そして僕は愛なんて信じていないよ」と言ったら、人は僕のことを知的な人間だと思うでしょう。でも僕が「僕は53歳です、そして愛を心から信じている」と言ったら、何か裏があると思われてしまう。それぐらい、愛を語るのは難しい。

だから今回僕は、歌のような映画を作りたかったんです。あれこれ考えないで、感じて欲しい。もし考えるとしても、まず感じてから考えてみてほしい。

「愛する」の反対は「一言で片付ける」

《デル・トロ監督にとって、リアルな愛の本質は?》

愛の方程式は、すごくシンプルです。

愛することは、理解することとイコール。それだけです。ありのままのあなたを受け入れる。それは複雑でぐちゃぐちゃなあなたを、そのまま受け入れるということ。

その反対は、レッテルを貼って一言で片付けるということです。例えば「メキシコ人」。あるいは「女性」、「ユダヤ人」ーー。

あなたは本当は、すごくすごくすごくすごくたくさんの側面からできているのに。それを無視して一括りにする行為が、愛の反対であり、イデオロギーの怖さです。

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AI Kawaguchi/HuffPost Japan

今作に出てくるクリーチャーは、一つの存在がたくさんの側面を持つことを象徴する存在でした。彼は、それぞれの登場人物にとってそれぞれ違う意味を持つ存在です。科学者にとっては、自然の美しさを感じさせる生き物だし、彼を殺そうとする軍人にとっては、南米から来た汚ないヤツ。イライザにとっては自分が誰なのかということを思い起こさせてくれる存在です。

監督だって、色々な側面を持っている

《特撮・怪獣好きで知られるデル・トロ監督が描く純愛。少し面食らったファンもいるのでは?》

僕がこれまで手がけてきた映画というのは、どれもとても似通っている部分もあれば、とても違っている部分もある。

多くの人は「この監督はこういうジャンルだ」とか「オタク監督だ」とか「芸術肌だ」とカテゴライズしたがりますよね。

でも僕は全く気にしません。あらゆるものに美しさを見出し、吸収しています。

これまで人生をかけて色々な作品を作ってきました。

ゴシックホラー映画「クリムゾン・ピーク」は、怪獣を描いた「パシフィック・リム」とは全然違う。「パンズ・ラビリンス」も「ヘルボーイ」も、それぞれ表現したかったことがある。全部違うし、同時に、全部リアルな僕自身なんです。

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映画『パシフィック・リム』のプレミアム試写会に登場した際のデル・トロ監督(ハリウッド・2013年7月9日)
Gregg DeGuire via Getty Images

大事なのは、何を描くかではなくて「僕がそれをどう見たか」だと思っている。

例えば僕は、怪獣は恐ろしいものではなく美しくて感動的なものだと感じています。それは1950年代の怪獣の描かれ方とは多分違っていると思う。でも僕にはそう見えている。

インスピレーションを得たものを元に、僕自身の解釈で物語として紡いでいけるのが、僕たち表現者の権利なのです。何も自分を縛るものはない。あらゆるひらめきや喜びが、全てが僕の身になっています。

映画「シェイプ・オブ・ウォーター」は3月1日(木)から全国で公開。最多13部門ノミネートされているアカデミー賞の結果発表は3月4日(日)(日本時間は3月5日(月))。

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(C)2017 Twentieth Century Fox