自民党が今国会で成立を目指している「LGBT理解増進法案」を巡り、LGBTQ当事者ら有志が5月6日、「『差別的取り扱いの禁止』が明記されておらず、性的マイノリティに関する世の中の動きを後退させる法案だ」と、会見で指摘しました。
自民党はLGBTに関する法案を作る姿勢を見せることで、問題に前向きに取り組んでいるように見せています。
しかし、「理解増進」法案にとどめることで差別が放置されると有志らは訴えており、SNSなどでも批判の声が上がっています。
立憲民主党など野党6党・会派はすでに、性的指向と性自認による差別的な取り扱いを禁止する「LGBT差別解消法案」を衆議院に提出しています。
しかし、自民党が成立させようとしているのは、差別禁止ではなく理解増進。
なぜ有志らは「理解を求める」法律ではなく、「差別的取り扱いを禁止する」法律が必要だと訴えるのでしょうか。
なぜ「理解増進」ではダメなのか
一般社団法人fair代表理事の松岡宗嗣氏は、理解増進法には3つの懸念があると言います。
1. 差別を放置してしまう
2. 同性婚やパートナーシップ制度の導入を阻害する
3. トランスジェンダーへのバッシングを助長してしまう
トランスジェンダーと伝えたことで就活書類の受け取りを拒否された、同性愛が他の生徒に感染してしまうと言われてクラスから追い出されたなど、LGBTQ当事者たちは様々な差別やいじめにさらされています。
しかし、理解増進法は理解を促すにとどまり「差別的取り扱いをしてはならない」という規定がありません。
そのため「差別されても守られず『理解がなくて残念でしたね』と泣き寝入りをしなければいけない」と松岡氏は言います。
また、理解増進法の「理解」とは何かが明示されていないため、「『まだ社会の理解が足りない、理解を広げることが先だ』と、同性婚の法制化やパートナーシップを導入しない言い訳として法律が使われてしまう可能性がある」とも松岡氏は指摘します。
また、松岡氏は、自民党が差別を禁止しない最大の理由は同性婚につなげないためだろうとも考えています。
自民党は同性婚を容認しないという立場をとっています。
差別を禁止してもすぐ同性婚ができるわけではありません。同性婚を認めるには、婚姻に関する民法の改正が必要です。
しかし、「異性カップルと同性カップルで異なる扱いをしていることは差別的取り扱いにあたり、差別禁止が同性婚の法制化につながるので、理解にとどめたいという意図があるのだろう」と松岡氏は言います。
さらに、自民党が3月に開催した会合で、トランスジェンダー女性の人たちの写真を提示して「グロテスク」と表現するなど差別発言があったといいます。
会合の参加者からこの発言を聞いたという松岡氏は「こんな認識のもとで理解を広げる法律を作ると、トランスジェンダーの人たちへのバッシングを助長しかねない」と、偏見による差別強化を問題視します。
必要なのは差別の禁止
明治大学法学部の鈴木賢教授も、理解増進法案は立て付けに問題があると言います。
鈴木氏が指摘する点の一つが、この法案が性的マイノリティに「寛容な社会の実現」を掲げていること。
「寛容には『落ち度を大目に見る』という意味がありますが、性的マイノリティであることは過失も落ち度でもありません」と、法案の目的自体が適切ではないと指摘します。
さらに、差別が起きた時に当事者を救済する手段や仕組みがないことも鈴木氏は問題視しています。
法的な救済手段がないために安心して暮らしたり働いたりできないというのは、多くのLGBTQ当事者たちが経験していることです。
会見に参加したRainbow Tokyo北区代表の時枝穂氏は、職場でトランスジェンダー女性であることを伝えた時に「余計な問題を起こさないで欲しい」と言われたといいます。
また、女性としての扱いを求めたのに男性ロッカーを使うよう強制されたこともありました。
一般社団法人こどまっぷ代表理事の長村さと子氏も、以前勤めていた飲食店でレズビアンであることをアウティングされ差別を受けました。
「差別的取り扱いをしてはいけないという決まりを作らなければ、差別はなくせません。何をしてはいけないのか、明確にルールを作ることが理解を広げる前提として必要」と、差別禁止の必要性を長村氏は訴えました。
理解はもう広がっている
理解増進法が「まずは国民の理解が必要だ」としている一方で、LGBTQの人たちへの理解は社会の中で急速に広がっていることがわかっています。
2019年の意識調査では同性婚を「賛成」「やや賛成」と答えたのは、全体の64.8%とその4年前に比べて13.6ポイント増加。
性的マイノリティに対するいじめや差別を禁止する法律・条例の制定については、87.7%が「賛成」と答えました。
「10年、20年前のLGBTって何?という時代であれば、ある程度方向性を示すことにも意味があったかもしれません。しかし今は多くのメディアでも毎日のようにLGBTのことが報道され何も知らない状況を脱しています。理解を増進するという法律を作っても社会はおそらく何も変わりません。今必要なのは苦しんでいる人たちを救う法律だろうと思います」とヒューマンライツウォッチ日本代表の土井香苗氏は強調します。
差別的取り扱いの禁止を禁じた法律としては、障害者差別解消法や男女雇用機会均等法、アイヌ新法などがあります。
「男女雇用機会均等法がなければ、今でも女だからという理由で昇進や雇用の差別が禁止もされていない社会で生きていたかもしれません。そういった社会に今放置されているのがLGBTの人々です」と土井氏は言います。
会見に先立つ5月2日に、松岡氏ら有志が「法律に差別的取り扱いの禁止を明記して欲しい」と求める緊急声明を発表。6日午前10時までに4438名の賛同が集まりました。
「多くの人がカミングアウトできない現状でも賛同してくれたんだと思います。リスクを負ってでも差別はあってはならないと思う人たちの願いが伝わってきました。国会議員の方々はこの現実が見えているのでしょうか。何のために誰のために法律を作るのか。改めて考えて欲しいなと思います」 と松岡氏は訴えています。
さらにSNS上では #LGBTQがいじめ差別から守られる法律を求めます というハッシュタグで「理解増進では不十分」「目指すべきは差別がない社会」といったコメントが投稿されており、差別禁止を明確にした法案にして欲しいという声が集まっています。
※LGBT理解増進法とは:「国民の理解増進に関する施策の推進」や「多様性に寛容な社会の実現」を目的にし、LGBTQへの理解を広げる基本計画策定を政府に求めている。