「セクハラは政治的行為だ」“セクハラ禁止法”のない日本、対策めぐり専門家が指摘

「日本では、性差別とは何か、セクハラとは何かが法律のどこにも書いていない。ほかの国ではありえないことです」
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緊急座談会
林美子

2018年4月、財務省事務次官(当時)が女性記者に「おっぱいさわっていい?」などとセクハラ発言をしていたことがわかり、多くの人に衝撃を与えた。その後も東京都狛江市や百十四銀行などで同様の事件が次々と明るみに出ている。

いまだに多くの女性が日々セクハラに悩まされるなか、政府としても対策が必要だと、厚生労働省の審議会で現在、セクハラ対策の法整備について議論をしている。年内に報告をまとめる予定だが、厚労省が示した取りまとめ案を見ると十分な法改正になるかは疑わしい状況だ。

そこで、この問題に詳しい女性研究者4人が、12月2日、東京都内で緊急座談会をした。

女性に関する法律に詳しい浅倉むつ子早稲田大学教授、戒能民江お茶の水女子大学名誉教授、神尾真知子日本大学教授の3人と、司会の内藤忍労働政策研究・研修機構(JILPT)副主任研究員。

議論の中から、セクハラを減らし被害者を支援するために本当に必要な法律とはどのようなものかが見えてきた。

裁判をしても低い賠償額

内藤 11月19日に、厚生労働省の労働政策審議会の分科会で報告の「取りまとめに向けた方向性」(以下、「取りまとめ案」)が出ました。本日は、この提案内容と、セクハラの法律とはどのようなものであるべきか、ご議論をお願いしたいと思います。

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内藤 忍(ないとう・しの) 独立行政法人労働政策研究・研修機構(JILPT)副主任研究員。専門は労働法・職場のハラスメント。厚労省「職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議ワーキンググループ」委員(2011年)。関連著作に、「職場のハラスメントに関する法政策の実効性確保―労働局の利用者調査からみた均等法のセクシュアルハラスメントの行政救済に関する一考察」季刊労働法260号(2018年)など。
林美子

浅倉 なぜ今こういう話をしているのかというと、今年4月以降、日本でいろんなセクハラ問題が起きて対応が必要になったこと、麻生財務相の「はめられて訴えられているのではないか」など、政治家の発言があまりにひどくて、安倍政権が進める「女性が輝く社会」と相いれない日本の実態が世界に発信されてしまったこと、ILO(国際労働機関)が来年6月にハラスメントの条約を採択する予定となり、日本も批准の準備をしなければいけないこと、その三つがあると思います。

日本で初めてのセクハラ裁判と言われる福岡訴訟で、被害者が勝訴したのが1992年です。それ以来、「セクハラで泣き寝入りしなくていい」ことが社会的に認識されるようになった。1990年代には米国三菱自動車製造のセクハラ裁判で、会社が3400万ドル(約40億円)の賠償金の支払いを命じられ、1997年に男女雇用機会均等法を改正してセクハラ対策を盛り込むことにつながりました。2006年の均等法改正では、事業主に、被害を受けた労働者からの相談に応じる措置などが義務づけられました(措置義務といいます)。

セクハラをめぐっては、これまでおそらく200件を超える判例が出ています。被害者に支払うよう命じられた賠償額にはそれなりに高額のものもあり、1999年の東北大学事件・仙台地裁判決では750万円、2001年の日銀事件・京都地裁判決では670万円でした。しかしセクハラ裁判の通常の賠償額はせいぜい100万円ぐらい。中にはセクハラの事実は認められたけれど「ゼロ」というのもあります。

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浅倉むつ子(あさくら・むつこ) 早稲田大学大学院法務研究科教授。専門は労働法、ジェンダー法。性差別や障害差別などを研究。元日本労働法学会代表理事、元ジェンダー法学会理事長。1991年山川菊栄賞、2006年エイボン教育賞、2017年昭和女子大学女性文化研究賞。人事院「公務職場におけるセクシュアル・ハラスメント防止対策検討会」(1998年)委員。著書に、『雇用差別禁止法制の展望』(有斐閣、2016年)など。

戒能 裁判しても賠償額は「このお金で温泉旅行にでも行ってらっしゃい」という程度にすぎない、と言われてきました。

浅倉 近年では、企業がセクハラ加害者を懲戒処分するようになったので、処分された側が会社を訴える裁判もたくさん出ています。

内藤 「ファイトバック」裁判ですね。

浅倉 最高裁が2015年に出した判決(L館事件)では、何度もセクハラを繰り返した上司を会社が10日~30日の出勤停止処分としたら、加害者が会社を訴えて、一審は処分有効としました。しかし二審が「処分が重すぎた」として加害者を勝たせる判決を出しました。最高裁はまともな判決を出し、二審の判断を覆して加害者からの訴えを棄却しました。

民事裁判では、勝訴しても、得るものがお金に限定されて賠償額もとても低く、セクハラ予防に効果があるのかどうか疑問です。セクハラ裁判にずっと携わってきた角田由紀子弁護士は、民事裁判ではどうしても被害者の「落ち度」が問われ過失相殺されて、賠償額が低くなってしまう、と発言されています。

戒能 私は大学で職務上セクハラなどのリスク管理に携わってきました。大学といえば清廉なイメージがありますが、セクハラが日常化、潜在化していて、訴えにくい。財務省の問題が今年注目を集めましたが、報道されていない事件は無数にあり、裁判は氷山の一角です。麻生さんだけでなく多くの政治家が問題発言を連発していて、それが許されてしまう状況がある。

セクハラは「政治的行為」なんです。加害者と被害者との上下関係が背景にある。ところが、セクハラは個人の問題であり被害者に落ち度があるとみなされ、軽視されてしまう。伊藤詩織さんへのバッシングもそうです。声を上げた人をトラブルメーカー扱いする。トラブルメーカーは加害者の方なんです。そこに視線が行かず、被害者ばかりを浮き彫りにしてしまう。

これは人権の問題です。被害者の心身への影響は大きくて、彼女の今の生活、その後の生活、生き方そのものを変えてしまう。一つ一つの事例が違い、なかなか一般化はできない。そんな当事者の声や経験に、世間の関心が少ない。

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戒能民江(かいのう・たみえ) お茶の水女子大学名誉教授。専門はジェンダー法学・女性に対する暴力研究。初代ジェンダー法学会理事長。2002年山川菊栄賞、2006年平塚らいてう賞。厚労省「精神障害の労災認定の基準に関する専門検討会(セクシュアルハラスメント事案に係る分科会)」(2011年)委員、厚労省「困難を抱える女性支援のあり方検討会」(2018年)委員。関連著作に、「セクシュアル・ハラスメントの司法的救済とその限界」F-GENSジャーナル7巻(2007年)、「セクシュアル・ハラスメントの現状と課題」法と民主主義529号(2018年)など。

データなし、専門家による研究会なしで始まった議論

内藤 厚労省の審議会ではもともと、今年は女性活躍推進法と均等法の改正とパワハラ対策について議論することになっていました。セクハラ対策を特出しして議論することになったのは、今年4月の財務省の問題のあと、政府が6月に緊急対策を発表したからです。そこに、民間企業のセクハラ対策について、「実効性確保の方策を検討する」と盛り込まれた。

戒能 緊急対策を受けての検討という経緯もあり、非常に限定的な形で議論が始まってしまいましたよね。実は、全国的なセクハラの実態を示すデータはほとんどないんです。厚労省は、労働政策研究・研修機構に依頼して2015年に「マタハラ・セクハラ実態調査」をしましたが、調査の中心はマタハラで、セクハラの調査は付け足しのような感じでした。

浅倉 これまで、育児介護休業法など様々な法律を改正する時は、必ず、その分野の専門家によって海外法制度などの研究会や検討会を開いてから審議会にかけていたのに、今回はそれがありませんでしたね。

内藤 2015年に女性活躍推進法が成立した時、施行の3年後に見直すことが附帯決議に盛り込まれ、均等法も同時に見直すことになっていました。本来は、この間に専門家による研究会や検討会を行うべきだったと思います。そのような専門的な検討がないまま、いきなり審議会で議論は難しいと思います。

戒能 政策決定過程のゆがみが表れていますね。

神尾 日本では、法律を作る際に実態を踏まえた検討が十分になされていない。今回のセクハラ関連改正案も場当たり的で、小手先の議論で終わって本質のところに行っていません。研究会を開いて被害当事者に来ていただき、法改正に何が必要かヒアリングをすべきだったのです。

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神尾真知子(かみお・まちこ) 日本大学法学部教授。女性労働の問題を労働法と社会保障法の両方の視点から研究。ジェンダー法学会理事。関連著作に、「男女雇用機会均等法の立法論的課題」日本労働法学会誌126号(2015年)、「フランスのドメスティック・バイオレンス被害者支援の動向」社会福祉研究127号(2016年)、「フィリピン・反セクシュアル・ハラスメント法-女性運動の力でアジアで初めて制定」女たちの21世紀12号(1997年)など。

国家公務員が対象の人事院規則の方が進んでいる?

内藤 厚労省が11月19日に示した取りまとめ案についてご説明します。多くの被害者や弁護士、研究者が、「法律でセクハラを禁止すること」を求めてきましたが、この取りまとめ案には盛り込まれていません。セクハラ禁止については「中長期的な検討が必要との意見がある中で、どのように考えるか」と、今のところ疑問を投げかける形の文章になっています。

取りまとめ案の中で、均等法を改正するのは、労働者がセクハラについて相談したことを理由に、事業主が解雇など不利益な取り扱いをすることを禁止するという条文だけです。また、指針を改正し、顧客を含めて社外のあらゆる人からのセクハラへの企業の対応を明確化するとしています。これは、これまでも通達でそう示されていたものを指針に「格上げ」するだけで、企業の義務内容に変化はありません。

それから、自社の労働者から社外の労働者に対しては「セクハラを行わないよう配慮に努めること」を明確化するとあります。義務ではない低いレベルの規制で、おそらく通達に書き込まれるのでしょう。通達というのは、企業向けではなく、都道府県労働局向けに示される行政の文書です。この内容で、しかも通達だけで、というのは、実際にどれほどの効果があるか疑問です。

浅倉 自社の労働者が社外の人にセクハラした場合も、企業として対応できるはず。多くの大学では、学生が他大学の学生にセクハラすれば、処分の対象にしています。

均等法は民間の労働者と地方公務員が対象ですが、国家公務員は均等法のセクハラ規定の対象外で、「人事院規則10-10」が国家公務員のセクハラについて定めています。ここでは外部の人に対するセクハラもカバーしているし、「互いの人格の尊重」や、セクハラ行為の「制止」も指針などでうたっている。私は1998年にこの規則を作るための検討会の委員を務めたのですが、均等法の問題点を浮き彫りにしながらよりよい規則を作るよう提言した、という記憶があります。均等法でも同じことができないはずはない。むしろ、均等法を人事院規則にあわせる方向で考えるべきです。

神尾 取りまとめ案で、社外からのセクハラは「顧客等」による行為も入っているのに、社外へのセクハラには「顧客等」が入っていないのもアンバランスですね。

内藤 伊藤詩織さんの被害のケースは、働く前の「求職者」の立場で起きたことだったので、現在の均等法でも企業(加害者の勤務先)の対応義務の対象外ですし、取りまとめ案でも、企業が対応しなくていいケースになってしまう。

戒能 多くの企業は、指針に書いてあることがすべてだと受け止めています。企業が間違いなく実施するよう、指針に細かく書いておく必要があります。

「自分は何も悪いことをしていないのに」。被害者のほぼ全員が退職

内藤 では、セクハラの現状についてご説明します。前出のJILPTの2015年の調査では、25~44歳の女性の28.7%が職場でセクハラを経験したと回答しました。労働局へのセクハラ相談は年間6,000~7,000件にすぎません。被害に遭った人はメンタルを患っていることが多く、労働局に行って相談できる人は一握りです。被害者の3分の2は誰にも相談していません。厚労省の平成29年度雇用均等基本調査では、セクハラ相談窓口を設けている企業は39.4%。JILPT調査では、36.5%でした。均等法が設置を義務付けているにもかかわらず、中小企業を中心に多くの企業では窓口すらない。6割の企業は法律に違反していますが、行政には監督体制の限界があり、全てを指導できていません。

私たちは2016年から2017年にかけて、セクハラで労働局の「紛争解決の援助」や「調停」という手続きを利用した14人にインタビューをしました。どの人も、労働局の担当者は親切で、傾聴してくれたという感想ではほぼ一致しています。しかし、担当者から「どちらが悪いという判断も、セクハラだから慰謝料を払ってくださいと会社に言うこともできない」などと言われている。行政には個別のセクハラについて認定する権限が法律上与えられていないので、担当者の言うことはその通りなのです。「会社を辞めた方があなたのためです」とまで言われた人もいる。インタビューした人はほぼ全員、退職しています。「自分は何も悪いことをしていないのに。本当に悔しい」という声を聞きました。解決してもほぼ金銭解決のみ、その額は0~35万円程度。しかし、この額の実質はセクハラによる休職期間中の給与や通院費用相当分だったりして、精神的損害に対する慰謝部分はほとんどありません。

多くの被害者が求めているのは①セクハラだと認めてほしい、②謝罪(賠償)、③二度とセクハラが起きないようにすること、の3点です。ところが実際には、ほとんどの場合、このどれもが達成されてない。解決金の額も低いので、会社にとってセクハラ対策をしない方が楽で安上がりという学びにつながりかねません。つまり、今の均等法の紛争解決制度では被害者も救済されないし、抑止にもならないでしょう。

戒能 セクハラの中には明らかな性暴力もありますが、判例を見ると、性暴力として扱われず、社内処分もされていない。行政の窓口に行ったり裁判をしたりするのは、会社に相談してもセクハラの事実すら認めないなど、ぎりぎりのところまで追い詰められてからのことなのです。裁判をするのは、これはセクハラだと司法に事実認定してほしいという気持ちが大きい。被害があったと認められないと、被害の回復は難しい。被害からの回復は、被害者の権利なのです。被害者はみんな、「自分はこういう解決にしかならなかったけれど、二度とこういうことが起きてほしくない」と言う。被害者が、被害をなくすことを一番考えています。

内藤 被害者支援の視点が圧倒的に欠けています。被害者の多くは孤立している。インタビューでは、心身の状態が悪くて面会ができず電話でしか話を聞けなかった人もいた。無数の人が、そのような状態で我慢していると思います。

戒能 セクハラで労災が認められ、休業補償が出るようになりましたが、職場復帰まではできないのでその後の生活の保障がない。

内藤 私が話を聞いた被害者の多くは精神障害を負っていましたが、労災の適用があることを全員知りませんでした。労災の申請手続きにも支援が必要と思います。

必要なのは、「セクハラ禁止」を法律に書くこと

神尾 日本では、性差別とは何か、セクハラとは何かが法律のどこにも書いていない。ほかの国ではありえないことです。均等法では、第9条4項の妊娠等労働者の解雇を無効とする規定を除き、裁判で訴えにくい。裁判で使われているのは、均等法ではなく、民法の一般原則である不法行為の規定(709条)です。均等法の指針をみても、具体例の記載はあるけれどセクハラとは何かといった基本的な考え方が示されていない。だから事業主も個々の対応をどうしたらいいか困っていると思います。均等法にセクハラの定義をきちんと入れて、禁止規定を設ければ、裁判でもセクハラを立証しやすくなります。

さらに、セクハラにきちんと対応する行政機関が必要です。均等法に基づいて調停を行う機会均等調停会議には、その行為がセクハラかどうかを判断する機能がありません。「禁止」規定を設けたうえでこの会議を強化して、判定機能を持った「雇用平等委員会」に改組すべきだと思います。専門家が委員となり、セクハラ問題担当委員を置き、加害者も呼び出して調べたうえで、セクハラの事実を認定し、強制力のある救済命令を出せるようにする。当事者の気持ちをすくいとることができる制度が必要です。

浅倉 セクハラについて、EU法は「人間の尊厳を侵害する目的を持つ、またはそうした効果を伴う」言動、「特に、威圧的、敵対的、品位を貶める、侮辱的または不快な環境を作り出す場合」と定義しています。たんに「お尻をさわった」だけではなく、人格を傷つける行為なのです。

戒能 スウェーデンでは、刑法で「インテグリティーの侵害」と位置付けていますね。性的なことというだけでなく、人間としての存在そのものを傷つける行為だと。

神尾 取りまとめ案で「相談したことへの不利益取り扱いの禁止」というのは全く不十分です。相談以前に、セクハラ行為自体への労働者の対応を理由とした不利益取り扱いを禁止しないといけないと思います。そもそもセクハラ自体を禁止しないと、本質をつかんでいない議論になってしまいます。

浅倉 均等法は、「性差別」と「セクハラ」を異なる区分けで規制しています。性差別は2章1節、セクハラは2章2節です。つまりセクハラを性差別の一類型としていないため、セクハラが人権侵害だと人々に認識させない形になっている。英国の平等法は、直接差別と間接差別、ハラスメントの三つを性差別として禁止しています。日本でもそのようにすべきです。すべての人にハラスメントを禁止したうえで、原則として、使用者が従業員による違反行為があった場合には責任を取るという仕立てにすべきです。だから、使用者が名宛人である均等法にハラスメント禁止規定をおくことに不思議はありません。もっとも、加害者自身の責任をこの法律で問うことはなかなか難しいかもしれませんが。

戒能 被害者の不満は、加害者の責任を問えないことですよね。

内藤 労働者はセクハラをしてはいけない、使用者は労働者が行ったセクハラについて責任を負う、と法律に書くことはできるのではないでしょうか。労働安全衛生法4条には、「労働者は労災の防止に必要な事項を守るよう努めなければならない」と、労働者の責務について書かれています。人事院規則でも「セクハラをしないように注意しなければならない」との職員の責務規定を置き、職員向けの指針を作っています。法律で禁止して、禁止する内容を指針に定めればいいのではないでしょうか。

戒能 法律に「してはいけない」としっかり書かれることは、社会の認識に大きな影響を与えます。それがないから「このくらい大したことではない」となってしまう。DV法にも、DVは重大な人権侵害だと書いてあります。

浅倉 DV法ができる以前には、「青い鳥判決」という有名なひどい判決があって、DVを理由に妻が離婚を求めたのに対し、裁判官は「もう一度、二人で青い鳥を探しなさい」といって請求を棄却しました。この事例をみても、法律に何が禁じられているのかきちんと書き込むことには、大きな意味があります。均等法11条にいう「性的言動」だけでは、具体的に何を指すのかわからない。

戒能 「相手にさわらなければいいのか」となってしまいますよね。1990年代にセクハラが問題になった時、週刊誌の取材で「やってはいけないセクハラのリストを作ってほしい」と頼まれたことがありました。今も認識はたいして変わっていません。

浅倉 財務省の問題などから、多くの人々はこれが人権侵害だということがわかっていないんだ、ということがわかりました。

労働以外の領域も幅広く対象とするセクハラ法を

内藤 では、具体的にどのような法律を今後作っていったらいいのでしょうか。一般的な「ハラスメント禁止法」とすると、性差別の視点が抜けてしまうのではないかという心配があります。

戒能 性暴力禁止法が必要だと思います。性差別禁止法と重なる部分がありますよね。

内藤 性暴力禁止法にすると、被害者支援につながりやすいと思います。英国の平等法のように、すべての分野の差別禁止法とする考え方もあります。

戒能 フランスでは刑法で差別を禁止しています。

内藤 起訴されていないだけで、職場でのレイプ犯罪は実際にあります。

浅倉 しかしよほどの証拠がないと警察はなかなか動かないですよね。

内藤 国連の女性差別撤廃員会(CEDAW)が2003年に、日本政府に対し、職場のセクハラの検挙状況の報告を求めたのですが、日本政府の回答は「統計を取っていない」でした。統計を取らなければ、セクハラが刑事事件としても適切に対応されているかはわかりません。まずはその把握が必要です。

浅倉 モデルとしては、英国型のすべての差別を包括的に禁止する「平等法」、フランス型の「刑法」、ベルギー型の「暴力とハラスメント禁止法」など、様々なものがあります。日本になじみやすい法制度として何を選ぶのか、内閣法制局を含めてよく検討して、国会議員の責任で法律を作ってほしい。今のところ、一番実現可能性がある新法は、まずセクハラに焦点をあてる「セクハラ禁止法」でしょうか。

内藤 今日の議論でわかったことは、均等法でもできるということだと思います。

浅倉 均等法の対象は労働分野に限定されますが、教育、スポーツなど幅広い分野でセクハラをなくしていくことが必要ですね。

内藤 あらゆる領域のセクシュアルハラスメント根絶に向けた取組みの推進については、男女共同参画社会基本法に基づく「第4次男女共同参画基本計画」(2015年)にも、6月に発表された「女性活躍加速のための重点方針2018」にも入っており、内閣府の「女性に対する暴力に関する専門調査会」では現在、セクハラ防止の法政策が議論されています。年度末には報告書が出るそうで、要注目ですね。

それから、元狛江市長、元みなかみ町長、元川越市議らによる地方公務員に対するセクハラ事件が相次いで報道されています。地方自治体は均等法11条の措置義務が適用になりますが、行政指導や紛争解決の対象外です。職員側の相談先は自治体の人事委員会(地方公務員法8条)しかなく、中立の労働局の紛争解決制度を使えないことも問題です。

戒能 被害者の声をとにかく、聴きたいですね。

神尾 今の均等法でも措置義務に違反した企業の名前を公表する制度があります。ところが、セクハラ防止の措置義務が導入されてから10年以上たっても、義務化されている10項目の措置に1つも取り組んでいない企業が約40%という実態調査があるにもかかわらず、まだ1件も企業名を公表されていません。

内藤 企業名の公表は、行政指導や勧告にも従わなかった場合となっています。行政指導まで受けると、企業のほとんどは是正します。問題は、行政が全企業の遵守状況を監督できないという点です。

神尾 指導や勧告不遵守の要件をなくし、措置義務に違反した企業は即公表としたらいいと思います。そうすれば、企業は自ら措置義務を守るようになるでしょう。

浅倉 女性活躍推進法にもとづいて企業の取り組み状況が公表されていますが、その項目にセクハラ対策も入れてはどうでしょうか。均等法で企業の措置義務とされていることではありますが、中小企業を中心に措置義務を自覚していない会社も少なくないので、それをきっかけにセクハラのない職場を作ってくれたらと思います。

内藤 現在のセクハラ対策の問題点と、今後何を目指すべきかがかなり明らかになった座談会だったと思います。本日は、お忙しい中をお集まりいただき、本当にありがとうございました。

(まとめ・林美子)

【参考】座談会後、出席者で均等法の改正試案を作成したので、以下に紹介する。

(セクシュアルハラスメントの禁止等及び雇用管理上の措置)

新11条

労働者及び使用者は、相手の尊厳を侵害する若しくは相手に脅迫的な、敵対的な、品位を傷つける、屈辱的な、若しくは不快な環境を生じさせる、目的又は効果を持つ、性的な性質の望まれない行為(以下「セクシュアルハラスメント」という。)を行ってはならない。

2 セクシュアルハラスメントへの対応により労働者が受ける解雇その他不利益取扱いは、無効とする。この場合において、無効となった部分は、解雇その他不利益取扱いを受ける以前の基準による。

3 事業主は、労働者がその事業の執行上行ったセクシュアルハラスメントについて、その行為を認識していたかどうかにかかわらず、第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。

4(現1項を修正) 事業主は、職場において行われるセクシュアルハラスメントにより当該労働者の就業環境が害されることのないよう、当該労働者からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の雇用管理上必要な措置を講じなければならない。

5(現2項と同じ)

6(現3項と同じ)

第3章第2節(調停)

(18~27条の「紛争調整委員会」の「機会均等調停会議」については、判定的機能を持つ「雇用平等委員会」に組織変更し、強制力のある救済命令を出せるようにする。ハラスメント紛争については、知見のある専門家を委員に充てる。)

(公表)

新30条

厚生労働大臣は、・・・第11条第4項・・・の規定に違反している事業主に対し、その旨を公表することができる。