テニスの全米オープン女子シングルス決勝は、大坂なおみ選手が日本人として初めて4大大会(グランドスラム)のシングルスを制したことで大きな注目を集めた。
だが、試合をめぐってはもう1つ話題になったことがある。それはテニス界の男女差別の有無だ。
きっかけは、大坂選手が対戦したセリーナ・ウィリアムズ選手に対する警告だった。
セリーナ選手は2度警告を受けた後、主審に対し、「泥棒」などの暴言も交えて執拗に抗議した。その結果、3度目の警告を受け、1ゲームを失った。
ウィリアムズ選手は試合後、男子の試合であればこうした警告はなく、「女性に対する差別だ」などと怒りをぶちまけた。テニス界に男女差別はあるのか――。
「私は女性の権利と平等、そしてあらゆるもののために戦っている。私が『泥棒』と言い、主審が1ゲームを奪ったことは、女性に対する差別発言を連想させる」
ウィリアムズ選手は9月8日、決勝戦後の記者会見でそう怒りをぶちまけた。
彼女が問題視しているのは、大坂選手と対戦した決勝の第2セットで受けた3度の警告だ。
1度目は第2ゲームの途中だった。大坂のサーブで40-15のとき、ウィリアムズ選手が客席にいたコーチのパトリック・ムラトグルー氏から身振りで前に出るようコーチング(指示)を受けたとして、主審のカルロス・ラモス氏から警告を受けた。
4大大会の本戦では、コーチングはルール違反だ。ウィリアムズ選手はラモス氏に近づき、「ずるしてまで勝とうとは思わない。それなら負けたほうがましだ」などとコーチングを否定した。
2度目は3-1で迎えた第5ゲームに、ウィリアムズ選手がラケットを破壊。ペナルティーとして1ポイントが大坂選手に与えられた。
このあと、ウィリアムズ選手は再びラモス主審に詰め寄り、「私は一度たりとも人生でずるはしたことがない。あなたは私に謝罪しなければならない。二度と私の試合の審判をしないで」などと不満を述べた。
第7ゲームと第8ゲームの間にもラモス主審に向かって「あなたは私から1ポイントを奪った。泥棒」「私に謝るべき」などと発言。主審はこれを暴言と認めて3度目の警告。大坂選手に1ゲームを与えた。
コーチングについては試合後、当の本人であるムラトグルー氏がESPNの取材に認めた。
「正直に言う。コーチングした。でも、セリーナは私を見ていなかったと思う。だから私がコーチングをしたなんて彼女は思っていないだろう」
その上で、ムラトグルー氏は「だけどすべてのコーチが100%やっていることだ。だから偽善はやめよう。(大坂選手のコーチの)サーシャだってやってたよ」と述べた。
関係者の間では賛否
主審の判定をめぐる男女差別はあるのか。関係者らの間では賛否が割れる事態になっている。
女子テニスの世界ツアー戦を運営する「女子テニス協会(WTA)」は9日にTwitterで発表した声明の中で、「選手の感情表現に対する許容基準は、男女間で差があってはならないし、スポーツの場で、あらゆる選手が同等に扱われるような仕組みができるよう取り組まれるべきだと信じている。だが、昨夜(8日)の試合では、それがなされたとは信じていない」とウィリアムズ選手の考えを擁護した。
一方、全米オープンも含め、グランドスラムを公認している「国際テニス連盟(ITF)」も声明を発表。ラモス主審について「テニス界では最も経験豊かで尊敬されるべき主審の一人。彼の決定は関係規則に従っており、3度の警告を受けたセリーナ・ウィリアムズ選手に対し、大会は罰金を科した。それにより、主審の決定は改めて支持されている」とした。
選手らも声を上げる
男子シングルスで優勝したノバク・ジョコビッチ選手はラモス主審の立場に配慮を示しつつも、「主審はセリーナを限界まで追い詰めるべきではなかった。特にグランドスラムの決勝という舞台では。私の意見では、あれによって試合の流れは変わった。特にグランドスラムの優勝トロフィーを争っている場合には、誰だって感情的になる」と話した。
アメリカの女子テニス界の重鎮で元選手、ビリー・ジーン・キングさん(74)は決勝当日、Twitterで次のように持論を展開した。
女子の決勝ではいくつかの不適切なことが起きた。テニスではコーチングは認められるべき。それが実現されていないので、結果として選手はコーチの行為で警告を受けた。このようなことはあるべきではない。
女子選手が感情的になると、「ヒステリックだ」として警告を受ける。男子選手が同じことをしても「率直だ」として問題となることはない。セリーナ・ウィリアムズ選手、この二重基準を言ってくれてありがとう。もっと声を上げることが必要だ。
元選手のアンディ・ロディックさん(36)もTwitterで「残念ながら自分はもっとひどいことを言ったことがあるが、ペナルティーとして1ゲームを失ったことはない」と発言した。
元選手のジェームズ・ブレークさんはこう述べた。
私はもっとひどいことを言ったことがあるし、ペナルティーはなかったことを認めよう。審判からは「(暴言を)やめなければ警告を与えなければならない」という「ソフトな警告」を受けたことはある。ラモス主審は少なくともウィリアムズ選手にそのような礼儀を示すべきだった。いいプレーだった決勝戦が台無しになったのは悲しいことだ。
実際に観戦したスポーツライターはこう見る
決勝戦を取材し、ウィリアムズ選手の記者会見にも出席したテニス取材を続けるスポーツライターの内田暁さんはハフポストの取材に応じ、3度の警告については「全て正当な判断であり、セリーナ選手が『男女差別』と言ったのは、問題のすり替えだと思う」と話した。
「どこからがコーチングで、どこまでが叱咤激励なのか、確かに線引きは難しい。だが、手を前後に動かすなどジェスチャーをつけてしまうとコーチングとして取られてしまう」と言う。
コーチングについて、ウィリアムズ選手はムラトグルー氏の方を見ていないと述べている。内田さんは「セリーナの言っていることは正しいと思います。彼女は普段からコーチングは必要ないと言っている人です。でも、ルールではコーチがそのような行動を取れば、選手にペナルティーがついてしまう。それは同情します」と述べた。
最後の警告のあと、ウィリアムズ選手が1ゲームを失ったことについても、「警告を2回受けると1ポイント失い、3回目には1ゲームを失います。これはルールで決まっています。問題は3回目の警告となった彼女の発言が暴言だったかどうか、ということですが、セリーナは相当な回数言っていましたし、『泥棒』という言葉も使った。確かに『Fワード』と呼ばれるような下品な言葉ではなかったけど、執拗に言い続けたことなどを考えると、警告を取られても仕方がないと思います」と話した。
その上で、内田さんはウィリアムズ選手が会見で「男女差別」を口にしたことについては「問題のすり替え」と感じたという。「会見場には私以外にも女性記者がいましたが、正直、私も彼女たちも『えっ』と思わず鼻白む感じでした」という。
テニス界に男女差別はないのか?
だからといって、プロテニス界に男女差別はないと言い切るのは早いようだ。例えば、全米オープン女子シングルスの1回戦で、フランスのアリーゼ・コルネ選手がコート上でシャツを脱いで着直したことに対し、主審が「非スポーツマン行為」と認定し、警告を受けた。
試合は猛暑の中行われ、第2セットと第3セットの間に10分間の休憩があった。コルネ選手はロッカールームで着替えてコートに戻ってきた。ところが、シャツを前後反対に着ていたことに気づき、コート上で慌ててシャツを脱いで直した。
男子はコートでシャツを着替えられるのに、女子については違反と取られたこの判定に多くの批判が巻き起こった。
「選手もびっくりしたでしょうが、私たち記者も驚きました。グランドスラムを運営する国際テニス連盟のルールではそのように定めてありますが、日頃の女子ツアーを運営する女子テニス協会には、そのような決まりはありません。実際、女子選手もシャツで汗をぬぐうなどした際、スポーツブラが見えることも珍しくない」と内田さんは首をかしげる。
賞金額の男女差も議論になっている。4大大会は男女で同額だが、ツアーの大会では男子が女子より倍近い金額だ。
男女の間で、試合のセット数や観客動員数の違いを賞金差の根拠とする論調もあるが、ウィリアムズ選手の発言がきっかけとなってテニス界の男女差別の有無がクローズアップされたことで、今後賞金の「格差」についても議論を呼ぶ可能性がある。