韓国の朴槿恵大統領の「空白の7時間」が再び注目されている。
韓国南西部の海上で2014年4月16日、大型旅客船「セウォル号」が沈没し、高校生の修学旅行客ら304人が死亡・行方不明となった。救助活動の初動の悪さが問題になったこの事故は、朴大統領が事故発生直後の午前10時ごろから、午後5時すぎに中央災難対策本部に姿を現すまでの行動が一切明らかになっておらず、「空白の7時間」と呼ばれている。
対策本部に現れた朴大統領は「生徒たちはみんなライフジャケットを着ていたそうですが、そんなに発見が難しいのですか?」と職員に的外れな質問をしており、それまで事故の状況を把握していなかったことが、被害の甚大さと相まって韓国人の朴大統領への怒りを増幅させた。
知人女性で民間人の崔順実(チェ・スンシル)被告が朴大統領の国政に深く関与していることが明るみに出たことで、朴大統領がこの「空白の7時間」に何をしていたのか、再び韓国メディアが注目し始めた。「祈禱していた」「整形手術を受けていた」「アンチエイジング注射をしていた」といった報道や噂が乱れ飛んだ。
青瓦台(大統領府)はこれに対抗して11月20日、セウォル号事故当日の大統領の執務内容を、青瓦台公式サイトで詳細に公表した。「セウォル号7時間、大統領はどこで何をしていたか -これがファクトです」という記事を11月20日にアップした。
内容の核心は
(1)この日の本当の悲劇は「全員無事救助」「370人を救助」など、メディアの誤報による混乱であり、
(2)大統領はこの日、官邸の執務室で通常の執務をしていたが、深刻な被害状況を午後2時50分にやっと最終確認した。
というものだ。
青瓦台の弁明は、果たして事実なのか。これまでメディアに全貌が正しく公開されていなかった、事故当日の青瓦台と海洋警察本庁のホットライン通話記録で、その日の真実を読み解いた。ハフィントンポスト韓国版に掲載されたハンギョレの記事を紹介する。
「全員救助」報道の4分後に「誤報」確認
11時03分、YTN
「(修学旅行で乗船していた檀園高校の)生徒は、全員が救助されたというニュースが入ってきています。生徒が324人で、先生は14人でした。本当によかったと思います」
事故当日の午前11時03分、韓国のニュース専門テレビ局「YTN」は「檀園高校の生徒を全員救助」と字幕で速報を流した。最悪の誤報だった。メディアも責任から決して逃れられない。檀園高校と京畿道教育庁から、父母や担当記者たちに間違って送信したショートメールサービス(SMS)が発端だった。この誤報を見て、遺族は携帯電話を握りしめ、息子や娘から連絡が来るのを待っていた。
しかし、青瓦台は違った。船の中で何百人もの人が閉じ込められているという事実を、すでに海洋警察から直接報告を受けていたため、メディアの報道が間違っていたことにすぐに気付いた。4分後の通話記録を見てみよう。
11時07分、青瓦台-海洋警察本庁
青瓦台:生徒が全員救助されたそうですが、人数はまだ確認できてないでしょう?
海洋警察:生徒が? それをどうして...
青瓦台:学校側から誰かがマスコミに...
海洋警察:私たちは把握できてませんが。
青瓦台:わかりました。
午前9時19分、青瓦台がこの日、セウォル号の事故を最初に覚知した。YTNの緊急速報を通じてだ。「500人乗りのフェリーが遭難したと通報、全羅南道珍島・クァンメ島付近の海上。仁川から済州島に行くフェリー」。速報を確認した青瓦台国家安保室がホットラインで海洋警察本庁に電話した。「深刻な状況でしょうか?」「今現在、今深刻なのか、船と通話中です。今とりあえず、船が今、傾いて浸水しています。まだ沈没していません」
9時24分、青瓦台は、セウォル号事故の状況を内部用のSMSで送信した。
「474人乗船の旅客船が浸水したと通報を受け、確認中」。しかし、このSMSは大統領に伝わらなかった。安保室がどのような状況なのか、救助された人数はどれくらいか総合的に把握した後、大統領に書面報告を作ることにしたからだ。青瓦台は、海洋警察本庁とのホットラインを通じて
・船が60度傾いた
・100t級警備艇(123艇)と航空機1台、ヘリコプター4機が事故現場に到着した
・警備艇が50人を救助して近くの島に移送した
ことを確認した。また、ヘリ2台からの事故現場の写真を「VIP報告用」に受け取った。
午前10時、大統領がセウォル号の事故について、最初の報告を受けた。事故発生から1時間11分後だった。当時のセウォル号は左舷が水に浸り、水が5階まで来ていた。
10時15分、大統領の最初の指示が出た。「一人の人命被害も発生しないように。旅客船内の客室などを徹底的に確認して、救助に漏れがないように」。
10時22分、大統領は再び国家安保室長に「徹底的に救助せよ」と強調した。大統領の指示は、青瓦台国家安保室を経て、10時25分、海洋警察本庁に伝達された。大統領は、海洋警察庁長キム・ソッキュンに直接電話して「海洋警察の特別チームも投入して、旅客船の船室の隅々に残っている人がいないか確認して、一人の人命被害も発生しないようにしてください」と要請した。
このときセウォル号は転覆しており、船首だけ残して沈没していた。この様子をYTNが報道した。現場で救助に向かった漁業関係者から提供された写真だった。青瓦台は海洋警察本庁にすぐ電話した。
10時29分、通話
「YTNに出てます。船底が見えるのは、完全に浸水して沈没したのですか」「はい、今出たのが正しいです。底が見えるのが正しいです」「床が空を向いていますか、今」
そして青瓦台は、乗客が転覆した船の中に残されているという事実もすぐに確認した。青瓦台と海洋警察本庁の通話記録を見てみよう。
10時52分、青瓦台-海洋警察本庁
青瓦台:今そこで船がひっくり返ってますが、今、乗客はどこにいますか?
海洋警察:乗客ですか? 今ほとんど船室にいると把握しています。
青瓦台:え? いつひっくり返ったんですか?
海洋警察:船首だけが見えます。船首だけ。
青瓦台:いや、その、今、海洋警察のヘリが飛んでいるでしょ?
海洋警察:水に浮いて救助された人を除いては、ほとんどすべて今船の中にいるようです。(中略)全部、生徒たちなので、船室にいて出られなかったようです。
10時58分、青瓦台-海洋警察本庁
青瓦台:救助したのは何人いますか?
海洋警察:今120人ぐらいになると思います。
青瓦台:120人、では周辺のどこにいますか? 救助された乗客は。
海洋警察:私たちも分かりません。今確認しています。
青瓦台:確認していると。とりあえず船の周りにはいないということですね。
海洋警察:はい。
青瓦台は、海洋警察本庁での状況を把握し、10時36分(70人救助)、10時40分(106人救助)、10時57分(476人乗船、133人救助)に大統領に報告した。しかし、大統領は何の指示も下さなかった。青瓦台が大統領書面報告を公開せず「転覆した船の中に乗客のほとんどがいる」という事実が大統領に最終報告されたのか確認できない。しかし、青瓦台が、この事実を午前11時前に把握したことは確かだ。これほど重要な内容を大統領に報告していない場合、青瓦台スタッフの責任を厳重に問わなければならない。大統領がこうした報告を受けても何の措置も取らなかった場合、大統領の責任ははるかに重くなる。
「ほぼ300人が船内にいる」重ねて確認
メディアが午前11時ごろから「檀園高校の学生は全員救助された」と誤報を流していたが、青瓦台は「救助されたのは161人に過ぎず、約300人が船内に取り残されている」という事実を明らかに認識していた。海洋警察から直接、報告を受けていたからだ。また、特別救助チームが事故現場に到着したが、潮流が強く、船体を捜索するのが難しいという事実も確認していた。
11時29分、青瓦台-海洋警察本庁
青瓦台:(救助人数が)161であれば、残りの約300人は船の中にいるってことですか?
海洋警察:一部、船にいる可能性が高いと現場からは。
青瓦台:ほぼ300人が船の中に取り残されているんじゃないですか? 外には浮いている人がいないから、しかし161人が救助されたというのと、全体の人数は合っているんですか、それとも間違っていますか?
海洋警察:追加で一部いるでしょう。
青瓦台:多くはないですか?
海洋警察:はい、船内に一部、たくさんいる可能性があって、海洋警察の救助要員を全部現場に移動させたので。
12時12分、青瓦台-海洋警察本庁
青瓦台:船舶の捜索作業は始まりましたか?
海洋警察:今、船体捜索はしようとして準備しましたが、海流の速度が韓国で最も強いところです。だから現場では入るのに困難が伴っている状況ですね。
青瓦台:それでは、現在準備中ということですか?
海洋警察:船は現在、現場に到着して準備中ですが、現場では非常に難しいと話しています。
青瓦台の大統領報告は続いた。11時20分(161人救助)、11時23分(有線報告)、11時43分(477人乗船、161人救助)、12時05分(162人救助、1人死亡)、12時33分(179人救助、1人死亡)。しかし、大統領はまだ無返答だった。青瓦台は「セウォル号7時間、大統領はどこで何をしたか - これはファクトです」という記事で、メディアの誤報により、青瓦台が午前中の状況を正確に把握できなかったかのように釈明したが、これは明らかに事実ではない。青瓦台は、海洋警察からリアルタイムで事実関係を確認していたので、マスコミの誤報に影響を受ける理由が全くなかった。
「370人の救助」誤認に気づいても80分間握りつぶした
午後1時頃、大統領が誤って報告を受けた「370人の救助、2人死亡」もマスコミの誤報のせいではなかった。経緯はこうだ。
珍島・ペンモク港では「190人を木浦移送中、回航してペンモク港に移送中。ペンモク港13:40分到着予定」という噂が午前中に出回った。これを海南消防署が確認せずにペンモク港のホワイトボードに書いた。これを見た西海警察庁は、その内容が正しいか検証せずに海洋警察本庁に「救助者190人が搭乗した(珍島)行政船がペンモク港に到着する」と報告した。珍島行政船は定員わずか15人に過ぎないのに、だ。
午後1時04分、海洋警察本庁は青瓦台に報告した。「現在までに確認されているのは生存者370人なんです。珍島行政船に約190人乗船しているそうです」。青瓦台は「とてもいいと」大統領に直接報告した。「370人救助、2人死亡」(1時07分、書面報告)「190人を追加で救助、現在までに計370人救助した」(1時13分、国家安保室長有線報告)。
しかし午後1時19分、海洋警察は青瓦台に電話をかけ「現場に確認したところ人数が異なっているようだ」と訂正した。「いくつか重複があり、370人は正確ではない」として(1時30分)、「370人は間違った報告」(2時06分)であり、「救助人員は166人」(2時24分)と再確認した。中央災難対策本部が午後2時の記者会見で「午後1時現在、368人が救助された」と公式発表したが、青瓦台はこの発表が嘘だと既に知っていたのだ。
午後2時24分、青瓦台-海洋警察本庁
青瓦台:今、陸に上がってきた人は166人でよろしいですか?
海洋警察:はい、私たちが確認しました。私たちは、正確に把握したのは164人(死亡2人)です。
青瓦台:だから今、海にいる可能性もなく、残りの310人はみんな船の中にいる可能性が高いのではないですか?
海洋警察:たくさんの人がいる可能性が少しあります。
青瓦台は、海洋警察の「370人救助」の報告が間違っていたことを15分後に知ったが、大統領にはこれをすぐに修正していなかった。海洋警察本庁が「救助人員が166人であり、残りは船の中にいる可能性が高い」と再び確認した2時24分にも、大統領の報告をためらった。最終的には2時50分になってようやく、国家安保室長が大統領に有線で訂正報告した。
その時やっと、大統領が中央災難安全対策本部を訪問することが決定された。警護チームが下見や非常時導線の確保など、大統領の訪問を点検した。秘書室長キム・ギチュンはこのニュースを3時30分に聞いて、首席秘書官会議を招集した。
4時10分、青瓦台の最初の会議が開かれた。この会議に大統領は出席しなかった。
午後5時15分、大統領が初めて姿を現したのは、中央災難安全対策本部の訪問だった。
「生徒たちはみんなライフジャケットを着ていたそうですが、そんなに発見が難しいのですか?」
事故発生から8時間、最初の報告を受けてから7時間後に出た、大統領の公式発言であり、質問だった。
青瓦台が主張するように、大統領がこの日、短くて5分、平均20分間隔で休みなしに状況を確認したというのが事実であれば、無能だから状況を正確に把握できなかったとしか見ることができない。その日の大統領が他のことに関心を示さずに「通常の執務」をしていたことが真実であれば、さらに背筋が寒い。その無能な大統領が今日も、青瓦台で「正常執務」をしているからだ。
※参考文献:<セウォル号、その日の記録>(2016)
ハフィントンポスト韓国版に掲載されたものを翻訳しました。