紙を薦める母、電子が当たり前の娘
日曜日、駅前に買い物に出かけた帰り、慣れた手つきで運賃機の読み取り部にピピッとICカードをタッチし、バスを降りる小学校3年生の娘に私はこう言った。「ママが子どもの頃は、PASMOなんてなかったんだよ」
「え!」と驚きの声を上げる娘。日々紙の本が売れないことを憂える北欧語翻訳者の私も、思い返してみるとPASMOやSUICAが使われるようになった時、紙の切符が余り使われなくなると悲しんだ覚えはない。私は続けて娘にこう言った。
「そう言えばあんたこの間、調べ学習に本を使うのが面倒だって言っていたけど、何でよ?本が嫌なら新聞でもいいんだよ」
「嫌だ、難しそう。新聞は習字の時に使う"もの"って感じかな。紙だとどこに載っているか分からないし、(紙の)辞書もひくのが大変。インターネットで検索すれば、すぐに答えが見つかるでしょ」
確かに私も翻訳の調べ物をする際、インターネットにかなり頼っている。
「じゃあ、試しにママと知りたいことを調べてみよう」と私が言うと、娘は言った。
「いいよ。帰ったらインターネットで検索してみよう!」
結局またインターネットか。
調べ学習、スタート
最近娘にされて返事に窮した質問はこれだ。
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この間Google MAPで北海道の辺りを見ていたら、日本とロシアの間に小さな島がいくつかあった。クリックしていくと、右側の島は「ロシア サハリン州」と出てきたのに、左側の島は国後島、択捉島、色丹島、歯舞群島という名前が出てくるだけで、日本なのかロシアなのかは表示されなかった。
これらの島は家にある絵本『MAPS マップス 新・世界図絵』(レクサンドラ・ミジェリンスカ/ダニエル・ミジェリンスキ、徳間書店)のロシアのページにも日本のページにも載っていなかった。
結局、日本なの?ロシアなの?
その島に住んでいる人達が日本語を話していたら日本の島、ロシア語を話していたらロシアの島と決めるの?
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YAHOO! きっずで調べる
娘が学校で使っている小学校3年生向けの社会の教科書を見てみると、学校の調べ学習では本で調べたり、町を散策して人に話を聞いたりするのが主で、インターネットはごく補助的にしか使われていないようだった。
しかしはるばる北の地まで赴き、話を聞いてまわるのは難しい。そこで家にあった子ども用の国語辞典で調べてみたが、国後島、択捉島、色丹島、歯舞群島、どれも載っていなかった。北方領土も見つからなかった。
そこで学校で薦められたYAHOO! きっずで、検索してみることに。検索ワードは「国後島、択捉島、色丹島、歯舞群島、日本のもの、ロシアのもの」。
トップに出てきたのは、内閣府のページだ。
クリックしてみると、「北方領土は、日本人によって開拓され、日本人が住み続けていた島々です。しかし、1945年(昭和20年) 8月の第二次世界大戦終了直後、北方領土はソ連軍(現ロシア軍)によって不法に占拠され、日本でありながら日本人の住めない島々になってしまいました。「北方領土問題」とは、第二次世界大戦後から70年以上が経過した今もなお、ロシアに不法占拠されている北方領土の返還を、一日も早く実現するという、まさに国家の主権にかかわる重大な課題なのです」と書かれていた。
5番目に出てきたサイトには「北方領土は、私たちの祖先が心血を注いで開拓した、わが国固有の領土です。」と書かれていた。誰が書いているのか気になって、お問い合わせというところをクリックすると、「別海町役場総合政策課」の連絡先が出てきた。
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本や百科事典で調べる
本でも調べてみたくて、私達が暮らす町の図書館のサイトで「北方領土」に関する児童書を調べると、『日本の領土問題を考える』(松竹 伸幸 ・著、かもがわ出版)がヒットしたので、予約。翌日近くの分館に本が届いた。
本の36ページには「(北方領土には)古くから日本人が住み、一度も外国の領土になることはなく、日本が自国の領土として治めてきました。しかし、第二次世界大戦の終わりに、ソ連(現在のロシア)が北方領土を占領し、それ以降、ロシアの人びとが住みつづけ、ロシアが統治しています」と書いてあった。
ポプラディアで「北方領土」を調べてみると(ポプラディアは子ども向けの百科事典で、紙と有料のネット両方ある)、「もともとこれらの島には北海道と同様にアイヌが住んでいたが、18世紀後半には松前藩の支配がおよぶようになった。幕末の1855年にむすばれた日露和親条約では択捉島までを日本の領土とし・・・・・・」とその後ロシアと日本の間で主張の食い違いがあったことも書かれていた。比較的、中立的な内容に私には思えた。
内閣府や役場のサイト、書籍では、日本人が住んできて、日本の領土だったのに、ロシアにとられたような書き方がされていたが、ここではアイヌ人が住んでいたと書かれている。アイヌの人達は、では日本人なのだろうか? アイヌの人達が話す言葉は日本語の方言のようなものなのか?
ポプラディアで「アイヌ語」と調べると、「20世紀に入ってから金田一京助らによって、専門的な研究がはじまったが、どの言語系統に属するかは明らかになっていない」とある。何が正しいんだろう?
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Japan KnowledgeとGoogleで調べる
娘の集中力はここで切れてしまった。子どものためにはじめた調べ学習のはずが、母の方がムキになって、今度はJapan Knowledge(有料)で「アイヌ語」「日本語」で検索してみたところ、東洋文庫の『小シーボルト蝦夷見聞記』(ハインリッヒ・フォン シーボルト、平凡社)の22ページに「ただ、ここでは、次のことだけを述べておぎたい。すなわちアイヌ語と日本語を親族関係にあるとするのは、全く論外である」とあるのを見つけた(Japan Knowledgeは東洋文庫や日本古典文学全集などの本文も検索できるのが便利だ)。
本を読んでみると、シーボルトはアイヌの人達は日本人とは見た目も言葉も風習も異なる民族と捉えていたように私には読み取れた。
さらにGoogleで「国後島、択捉島、色丹島、歯舞群島、日本のもの、ロシアのもの」と調べてみた。一番上に出てきたのはWikipedia。
Wikipediaは誰でも編集でき、間違いも多いと聞くので、参考程度に読むに留め、2つ目に出てきたHuffington Postの記事を読んでみた。
ポプラディアの説明と余り変わらず、北方領土が日本のものともロシアのものとも、日本人がもともと住んでいたとも断定的には書かれていないように思えた。皆さんもクリックして読んでみて欲しい。
3つ目に出てきたのが、『北方領土問題-やさしい北方領土のはなし』というページだ。サイト運営者は匿名のよう。かなりショッキングな内容で、記事を部分的に切り取ると語弊が生じそうなので、引用は避ける。ご自身で読んでみてほしい。これは、内閣府や役場のサイト、書籍に書かれていた主張とかなり異なるように思えた。
これはフェイクなのだろうか?さらに頭の中がぐちゃぐちゃになってきた。
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真実を見極めづらいのは、本当に子どもが無知で未熟なせい?
誰が書いたか定かでない情報を信じるのは、よくなさそうだ。だが、今回の場合、匿名だから、個人のブロガーが書いたものだからといって、間違っていると断言できるのだろうか?
学校の調べ学習では、実際に人から聞いた上で、本を見て、それでも分からずインターネットを参照する際は、できるだけ国や地方自治体、博物館など公共機関が運営するページを見るよう指導されているようだ。
では内閣府や役場のサイトの情報が正しいのだろうか?インターネットより本に書かれていることの方が正しいのか?
大人がそれぞれの立場から物事を解釈し、それをできるだけ多くの人に伝えようと競り合うから、誰の言うことが正しいのか分からなくなる。
子どもが真実にたどり着けないのは、本当に彼達が無知で未熟なせいなのだろうか?
10年後、20年後、学校の調べ学習に何を使うよう指導されるようになるのか?
このままでは、真実のみならず、未来も見えない。
(参考書籍)
『「ポスト真実」時代のネットニュースの読み方』(松林薫、晶文社)
『ネットメディア覇権戦争 偽ニュースはなぜ生まれたか』(藤代裕之、光文社)
(池上彰/佐藤優、東洋経済新報社)
(牧野洋、アスキー)
(赤木かん子、ポプラ社)
(参考動画)
TEDより インターネット検索結果に隠れた道徳的価値観
Google検索で常に公正で正確な真理を見つけられるのか? そもそも、そんなもの存在するのか?
Abema TV ウーマンラッシュアワー村本大輔の土曜The NIGHT #30
情報を扱う者の責任として、真実を見極められるようになるため、リテラシーを身に付けるために、本を読んで第一次情報に当たる大切さを説く水道橋博士に対し、必ずしも本から学ぶ必要はない、体験から学びたいという村本さんの議論。この議論には調べ学習の本質が隠されているように私には思えた。