科学者は競争的すぎる環境に付いていけない

日本では平成7年に「科学技術基本法」が制定され、国の施策の基本に科学技術を据えることにしました。5カ年ごとに「科学技術基本計画」が定められ、現在は平成23年に閣議決定された「第4期科学技術基本計画」の元に施策が立てられています。平成28年からは第5期の開始となるので、そろそろ次の計画をどうするか、という話も出始めているようです。

日本では平成7年に「科学技術基本法」が制定され、国の施策の基本に科学技術を据えることにしました。5カ年ごとに「科学技術基本計画」が定められ、現在は平成23年に閣議決定された「第4期科学技術基本計画」の元に施策が立てられています。平成28年からは第5期の開始となるので、そろそろ次の計画をどうするか、という話も出始めているようです。

1990年代からいわゆる「大学院重点化」が開始され、科学技術を支えるには博士号を持った人材が必要であるという観点から、大学院生の定員が増やされてきました。そのような大学院生の次のキャリアパスとして博士研究員(ポスドク)がありますが、平成8年からの第1期の計画において「ポストドクター1万人支援計画」が策定され、ポスドクの数も増えることになりました。このようなポスドクの多くは、プロジェクトごとに雇用される有期雇用者です。したがって、5年などの任期が終了すると、次の就職先を探す必要がありますが、大学院生たちが「このまま研究を続けたらなれるのかな?」と思うような「大学の先生」のポストは、重点化で増やされた大学院生の数に比例して増加はしていません。実は、重点化のときに、助手(当時)ポストを講師・助教授(当時)・教授へ振替えるという対応をしたので、若い方のための実質的なポストはさらに減りました。さらに平行して、大学への運営費交付金削減が為され、その結果として大学は人件費を削減する際に、研究の支援を行う助手や技官のポストから削減していったのです。

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上記2つのグラフ(下は「国立大学等の科学技術関係活動に関する調査結果」より。もっと直近のものもあるはずですが)は、昨今の研究不正の問題の背景としての「研究を取り巻く競争環境の激化」を示すデータの一部だと思います。そして、生命科学系のポスドクの割合が多いことや(下図)、欧米と異なり、アカデミアポスト以外の就職先が、例えば工学や化学、情報科学よりも生命科学では少ないことも、なぜ生命科学系における研究不正問題が顕著であるかと関係するのではと見ています(末尾の参考資料参照)。

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私自身は、第3期および第4期の計画策定の委員会メンバーとして関わり、その間に一貫して「基礎研究の支援」、「科学技術人材のキャリアパスの多様化」と「科学コミュニケーションの推進」を主張して来ました。第5期の基本計画について議論し始めようとする今、科学を取り巻く問題を再度、もっと根本から真剣に考え直すべきときと思います。そして、その根元に据えるべき方針は一言で言えば「」であると思います。

科学を遂行するのは「人」ですので、まず必要なことは「大学院生定員の適切化」だと思います。教員に対する大学院生数が多すぎると、親身の指導が行き届かず、ノートの取り方や論文の書き方も知らないまま学位を取るケースが出現することは、記憶に新しいことと思います。

さらに、「研究支援ポストの増加」を図るべきと思います。研究支援者やラボ・マネージャーへのリスペクトとともに、そのようなポストが、プロジェクト雇用ではなく、安定的に雇用される仕組みを創らなければならないと思います。

では、どのようにして研究支援ポストを増加させるかというと、それは「教授ポストから研究支援ポストへの振替」によって達成させるべきと考えられます。例えば、ある教授が定年になってポストが空いたときに、次の人事は、そのポストを共通機器室技官として運用するなどを行うべきと考えられます(団塊の世代の教員が退職する今は、そのチャンスなのですが……)。そのためには、国立大学としては現在の「教員定員」という縛りを外した運営費交付金の運用が可能になる仕組みが必要と考えます。さらに研究支援者だけではなく、かつての「教養教育」を行っていた教員のような、研究のエフォートは低く、高等教育の基本を支えていた教員ポストへの移行も考慮されるべきと思います(別エントリーを立てます)。

上記は必然的に「研究教授ポスト削減」になるので、それだと国としての研究力低下に繋がるのでは、という懸念が生じますが、むしろ逆かもしれないと考えます。科学研究費の総枠を150%増にでもすれば別ですが、現在は研究のための「競争的資金」を獲得する上での競争が厳しくなりすぎています。例えば、ボトムアップ型の競争的資金の「科研費」は採択率がおよそ20-25%程度であり、4〜5人に1人しか採択されません。トップダウン型の競争的研究費の採択率は10%にも満たないものがほとんどです。現在、大学の研究室主催者は運営費交付金だけでは基盤的な研究もできない状況にあります(このことは、学生の教育の質にも影響を与えているでしょう)。運営費交付金がなぜ削減されたかというと、競争的研究費の元になったのが、定員ベースに配分される運営費交付金だったからなのです。

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これは私見ですが、もともと研究人材には「まじめにコツコツ」働くタイプの人が多く、そのような方は競争的なストレスの強い環境には耐え切れないのではないかと思います。もちろん中には、ストレス耐性が強く、競争的環境で自分の陣地をどんどん拡大するタイプもおられます。でも、行き過ぎた競争的環境では、次のブレイクスルーに繋がるような芽ばえが難しいのではないかと思うのです。

行き過ぎた競争的環境への警鐘は、

  • 研究する大学――何のための知識か (シリーズ 大学 第4巻)
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の中にも東京大学の菅裕明教授により詳しく書かれています。とくに、競争的研究費の中でも「トップダウン型」のものが多くなれば、より競争的環境が強くなることは認識しておくべきことと思います。

今回のSTAP細胞騒動だけでなく、生命科学系では多数の研究不正が行われてきたという悲しい事実があります。現実を直視するならば、その対応は、研究不正告発窓口をどのように設置するか、というようなやり方だけでなく、もっと根源的なところから考え直す必要があるのではないでしょうか?

【お願い】上記の論拠として挙げたデータについて、より直近の適切なものをご存知の方がおられましたら、どうぞ教えて下さい。適宜、本文の方を差し替えさせて頂きます。

【追記1】ライフ系博士人材のキャリアパスについて、「生化学若い研究者の会」が2009年時にまとめた記事を教えて頂きましたので掲載しておきます。バイオ系博士課程学生数8000名に対して、就職先としてのポスドクが2000名、一部上場企業(食品・医薬品産業)の新卒採用は100名、とのことで、明らかに供給過多のアンバランスが生じています。

【追記2】最新の米国のライフ系博士人材のキャリアパスを教えて頂きました。とてもわかりやすい図にまとめられています。とくにポスドクを繰り返すところがサークルになっていますね。

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(2014年4月26日「大隅典子の仙台通信」より転載)