学校で熱中症が発生する理由。 (後藤和也 大学教員/キャリアコンサルタント)

「先生は世間知らず」なのか
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sozaijiten/Datacraft via Getty Images

日本列島全体で猛暑が続くなか、学校行事で児童生徒が熱中症となるケースも相次いでいる。

連日、全国各地で35度以上の猛暑が続く。共同通信などによると、7月19日には全国で熱中症とみられる症状で救急搬送された人は2605人にのぼり、10人が死亡した。 BuzzFeed JAPAN「とにかくクーラーに頼れ! 気温が35度を超えたら運動は中止を」2018/07/20

先日は30度を超える猛暑のなかで校外学習を行ったことにより、一人の児童が命を失う事件も発生した。心からご冥福をお祈りする次第だ。

他にも同様に猛暑のなか学校内外での活動を強行した結果、熱中症による被害が相次いだ。遅きに失した感はあるが、先の死亡事件以降は修了式を体育館ではなく教室で行うなどの対策が取られ始めている。

■「先生は世間知らず」なのか

率直な疑問として、なぜ学校は猛暑のなか熱中症を自ら引き起こすような真似をするのだろうか。一連の事故を受け、予算の関係で教室に必ずしもエアコンがないなどの問題点が指摘されているが、腑に落ちないところだ。

最も端的な批判は学校でトラブルが起きた時に必ず起こる「学校の先生が世間を知らないから」というものだ。新卒で「先生」となり、社会のルールもあまり知らないので柔軟な対応が取れないのではないか、といった趣旨だろう。

しかし教員になるには教員免許の取得が必須だ。校種や教科によるが、1種免許を取得するには4年制大学で学び、長期間の教育実習を行った後、教員採用試験(私立学校の場合当該学校の採用試験)に合格する必要がある。

その過程で、実に多種多様な教育を受ける。熱中症対策だけを専門に学ぶわけではないが、心理学や教育学に加え、保健体育的な学びもなされているのだ。

何度も転職しているような人を除けば、会社員もまた特定のコミュニティに長期間属しているという意味で教師や公務員と大きな違いは無い。教師が世間知らずであることを事故の発生原因とするのは合理があると言えない。

■判断を誤らせる「現状維持バイアス」

ただ、、現実として無謀な学校行事が決行され、大切な子供たちが犠牲となっているのは事実だ。問題の本質はどこにあるのだろうか。

夏に行う校外実習(昆虫探しや施設見学)は、これまで脈々と行われ続けていたことだろう。「長年やってきて特に問題はなかったから・・・」と学校側が考えたとしたら、「現状維持バイアス」の状態に陥っていたものと思われる。

現状維持バイアスとは「変化や未知なるものを避け、現状を維持したくなる」心理状態を指す。「現状を変えればメリットがあるかもしれない」という期待より、「現状を変えることで何かデメリットがあるかもしれない」という不安が上回ってしまう。ビジネスの世界でも散見される、一種の心理的なトラップである。

この状態に陥ると「他の県の小学校で熱中症が起きたらしいけれど、うちはあの県より涼しいから」などもっともらしい理由で正確な判断が下せなくなる。これを防ぐためには、積極的に第3者の意見を仰ぐ(学校の場合はPTAや教育委員会、学校医など)ことや、そもそもの最大のリスク(子供が熱中症で命の危険にさらされること)を想定して、この心理的なトラップを克服することが大切である。

■「同調圧力」でモノが言えない職場なの?

先に述べた通り高等教育を受けた専門家集団である教員のなかで、誰か一人でも反対の声をあげなかったのかという疑問が残る。

この点については、同調圧力が過度に強まっていたとは言えまいか。すなわち「もう年間の指導計画で日時を確定しているから、今更反対すると問題視される」「〇〇先生が張り切っているのに水を差しては悪いと思う」というような状況はなかったか。

学校教員の世界は案外狭く、学校で同僚となるだけでなく様々な研修や研究会で顔を合わせることになる。お互いの関係性を重視するあまり子供の命を守るという適切な対応が取れなかったとしたら、とんだ悲劇だ。

現状維持バイアスと同調圧力によって異議を唱えられない空気が生まれトラブルが発生する......このように考えれば、どのような組織でもありうる極めて日本的なトラブルの起こり方といえないだろうか。

■終わりに

確かな事実は、ある学校で熱中症の事故が発生しているにも関わらず、同様の事故が相次いで発生しているということだ。事例に学んでいない、という批判を免れるものでは決してないだろう。気象条件等を含めた社会状況が大きく変わるなかで、学校だけが昔から変わらないという状況は、もはやあり得ない。

教員には、決断を変える勇気や引き返す勇気について、身をもって教育してほしい。「一度決まれば突撃あるのみ」が組織を壊滅に導くことは、古今東西よくある話ではないか。

「何に代えても子供の命は守る」という原理原則に立ち返り、現実妥当な対応を望みたい。それ以上に大切なことなど、想定されないのだから。

【参考記事】

後藤和也 大学教員 キャリアコンサルタント