それは、異様な空間だった。人間そっくりのロボットが、うれしそうに笑いながら歌を歌っていた。さらに、手を動かして、オーケストラの指揮までしているのだ。想像すらしたことがなかった光景に、私はすっかり圧倒されてしまった。
7月22日、都内の日本科学未来館で開かれた公演「アンドロイド・オペラ『Scary Beauty』」だ。同館に常設されている人間型ロボット「オルタ2」がボーカルと指揮を担当し、国立音楽大学の学生と卒業生の有志がオーケストラを担当した。
歌を歌う、オーケストラの指揮をするというのは、とても人間らしい行為だ。それを敢えてロボットがする。30人近くのオーケストラがロボットの指揮に付き従う姿は、テクノロジーに支配された現代社会の縮図にも見える。
なぜこのような奇妙な公演が開かれたのか、そこに隠された意図とは......。公演のディレクションをした上で、作曲とピアノも担当した音楽家の渋谷慶一郎さんに、ハフポスト日本版の編集主幹、長野智子がインタビューした。
アンドロイドに疲れがたまった?
--- 「Scary Beauty」日本公演のご成功、おめでとうございます。ご自身ではもう本当にやりきった、という感じですか?
やりきったというか「本番にギリギリ間に合った」という感じです。本番前日まで、すごい修羅場でした。完成度が望むところまで行かず、ずっとリハーサルしていたから、アンドロイドが疲れてきちゃったんです。
--- アンドロイドでも、疲れるんですか?
上下運動の戻りが段々と、遅くなるんですよ。想定を超えた激しい動きをしたからなのか、他に原因があるのかは分かりません。とにかく、プログラムを何も変えていないのに、オーケストラの団員から「昨日の動きとスピードも全然違う」って声が出ました。
--- それは面白いですね。人工知能でも疲れて気分が乗らなくなってくると。
「AIに仕事を奪われる」みたいな言説よりも、はるかにリアルですよね(笑)。もし、人間の指揮者の動きが通常と違ったら、「体の具合は大丈夫?」と心配されます。でも、機械の動きが遅れると「何か故障している」と言われる。でも一般的なコンサートだって、人間の指揮者が疲れてラグがあるのを、オーケストラが受け入れる必要があります。
アンドロイドの動きが前日までと違っても、「わかりました」「やりきろう」ってオーケストラの意識が一致したときに、ちょうど本番が来たんです。そしたら、本番は問題がなかったんですよ(笑)。ちょっとびっくりしました。
人間と機械の関係を逆転させたかった
--- 「Scary Beauty」は、人工知能の「オルタ2」が指揮者になって人間のオーケストラを演奏させるという試みですよね。彼の人工知能が自分で判断して自動的に体が動く。
オルタ2は、誰にも命令されなくても、勝手に動きます。ただ、勝手に動いているだけじゃあ指揮にならないから、いくつか外からコマンドを入れていますね。
--- なぜ、この試みをしようと思ったんですか?
Scary Beautyのプロトタイプの初演は2017年9月、オーストラリアのアデレード・フェスティバルでした。現地のオーケストラと一緒に、スケルトンというアンドロイドが歌を歌ったんですが、物足りない思いがありました。このときはアンドロイドがヴォーカリストとして歌うだけだったので、口の動きを合わせるというのはあるけど、基本的に歌は録音を流すだけ。もっと面白くないとダメだなと思いました。
その後、このワーナーミュージック・ジャパンのオフィスでプロデューサーの増井健仁さんに、(電子音楽家でキーボーディストの)ことぶき光さんを紹介してもらったんです。彼は冨田勲さんが作曲した「イーハトーヴ交響曲」でオーケストラと初音ミクが同期するシステムを開発した人です。
ことぶきさんと、人工生命研究者の池上高志さん(東京大学教授)らと盛り上がって、最初のミーティングなのに3時間半くらいオープンに議論したときに、「ロボットが指揮もしたら?」というアイデアが出たんです。
そのときに僕が思ったのが、普通は人間がマスター(制御する側)で、機械がスレーブ(制御される側)なんだけれど、関係が逆転したら面白いなということです。すでにそういう逆転は、世の中の至るところで起きています。
たとえば、相手としゃべっていても、スマートフォンをずっと見ている人っているじゃないですか。単なる携帯電話の時は起きなかったわけだから、これはすでにテクノロジーに支配されているとも言えるでしょう。
人と会話しながらスマホを見て、ときどきメールも打つという動作に関わる情報量って、100年前の人間には絶対になかった。人間の体は100年前と全く変わってないのに、情報量だけが増えた。人間は、どんどんテクノロジーと情報に浸食されている。僕はそのことをネガティブには捉えていなくてむしろ、良いモチーフになると思ったんです。
だから、もしアンドロイドが指揮する中で大暴走したとしても、人間がそれについていかなくちゃいけない...。そういうことができたら面白いと思いました。
--- 人間が技術に引っ張られている現代社会の写し鏡にもなりえますね。
もちろん、今のテクノロジーのレベルだと、人間がリーダーシップをとる側面の方が大きいのが現実です。でも、テクノロジーを使って音楽をつくるということ自体が、後の時代から見ると「この時代はこうだった」というレポートになります。それになるべく率直に従うと「アンドロイドが人間を支配して、オーケストラを率いる」というのは、最初の枠組みとして面白いなと思いました。
アンドロイドの指揮、重要なのは「呼吸」だった
--- オーケストラは、とても人間らしい芸術の1つですよね。指揮者と楽器を弾く楽団員がいる中で、一番苦労したのはどの点ですか?
やっぱり、最初はオーケストラの人から「(オルタ2の)指揮がわからない」と言われちゃうところですね。
--- オルタ2の指揮って、人間の指揮者だったらシャッと振るところを、モヤっと動いているような場面もありましたね。
シャッとやるところは結構あるけど、空気アクチュエーターで制御しているからパキッパキッとは振らないんですよ。その指揮の癖をオーケストラが掴まないと音楽にならない。でも、それって人間の指揮者でも実は起きていることです。
(ドイツ出身の)カルロス・クライバーのように名指揮者と言われる人も、一見すると適当に振っているようにしか見えないけど、リハーサルで細かくオーケストラに教え込んでいます。だから、そこでお互いに許容し合うほうが面白い気はするんですよね。
--- そこでオルタ2が呼吸するように上下に小刻みに動くように工夫されたそうですね。どういう経緯だったんでしょうか?
あれは偶然の産物でした。夜通しでリハーサルする日々が続き、未来館のスタジオでオルタ2のさまざまな動きをつくる中で、たまたま肩でアンドロイドが息をしているような動きができました。その動画をオーケストラの団員に送ったら「これはいけるかもしれない。呼吸しているように見える」と言われたんです。
僕らはそれまで「手の動きでどうやったらアンドロイドを指揮者に仕立てられるか」と、一生懸命考えていました。でも、人間って会話する時も、音楽をする時も、相手の呼吸を見ていますよね。演奏者は演奏するとき、指揮者の呼吸を見るのが当然なんです。
オーケストラの演奏統括した現代音楽の作曲家の川島素晴さんが、最初にオーケストラ団員に話したときに「呼吸しないアンドロイドと私達がどうやって演奏するんですか?」って言われたそうです。オーケストラの演奏者にとっては、「どう振っているか」よりも「呼吸を感じられるかどうか」が重要で、そこで1回僕たちもリセットされたんです。
「呼吸か!」と思いました。オルタ2の肩と腰の上下運動を呼吸しているものとしてリズムを取ると、演奏者はだいぶ演奏しやすいんです。
でも、それって人間同士でも本質的なことじゃないですか。相手の目を見たり、呼吸を感じたりするのは、コミュニケーションでは基本的でかつ本質的なことです。アンドロイドと協働することで、人間関係やコミュニケーションの本質を発見するというのは面白いことだなと思いました。
ロボットと人間は恋に落ちるか?
--- 私は今回の公演を見ていて、最後のほうになると、もう完全に「オルタ2自身が音楽を楽しんでいるな」っていう感じがしてきました。一種の不思議な経験だったんですよね。
そう見えてくるんですよね。
--- 完全にオルタ2の指揮であの演奏が行われたわけですよね。
そうです。ただ、僕もフォローはしています。ピアノを弾くことで、オルタ2のことを助けている。オルタ2とオーケストラを結ぶインターフェイスになっているんです。
--- 最後に渋谷さんがピアノで、オルタ2と2人きりで演奏しましたね。オルタ2と渋谷さんが見つめ合う感じもありましたが、ロボットと人間が恋に落ちることもあるんじゃないですか?
将来的に、当然あり得ると思います。
--- 渋谷さんもオルタ2と恋に落ちたのでは?
もうちょっと、アンドロイドの体が柔らかくなったらあるかもしれないです、嫌いじゃないんだけど(笑)。
ただ、自分の曲でオルタ2が指揮をしながら、めちゃくちゃに近いエモーショナルな動きをしたとき、すごく不思議な気持ちになりました。
アンコール前の本編最後の曲は、今回の公演のために作った新曲ですが、ちょっと変わった構成になっています。最後に「アー」ってオルタ2が、抑圧された絶叫のような声を伸ばすんだけれど、それが10数小節も続くんです。人間では息を吸わないといけないので不可能です。
「アー」と声を伸ばしている最中、アンドロイドの動きのプログラムを担当した土井樹君がオルタ2のそれまでの動きのプログラムを総動員して、めちゃくちゃに動かしたんです。パターンを思い切り突っ込んで、制御不能のような状態にしたんです。すると、演技を超えるような演技が現れた。横で見ていて、わけがわからないというか、すごく不思議な気持ちになりましたね。
--- 最高ですね。これまでに存在しえなかった芸術の境地ですね。
だから、これを推し進めていくと、人間を模範にしない感情表現みたいなのがどんどん作られていくと思うんです。それを見たときに人間はどう思うのか?今回で完成じゃなくて、これで本当のスタートが切れたと思っています。
■渋谷慶一郎さんのプロフィール
音楽家。1973年生まれ。東京芸術大学音楽学部作曲科卒業。2002年に音楽レーベルATAKを設立、国内外の先鋭的な電子音楽作品をリリースする。代表作にピアノソロ・アルバム『ATAK015 for maria』『ATAK020 THE END』、パリ・シャトレ座でのソロコンサートを収録した『ATAK022 Live in Paris』など。また、映画「はじまりの記憶 杉本博司」、ドラマ「TBSドラマSPEC」など数多くの映画・TVドラマ・CMの音楽も担当。
2012年には、初音ミク主演による世界初の映像とコンピュータ音響による人間不在のボーカロイド・オペラ「THE END」をYCAMで発表。同作品は、その後、東京、パリ、アムステルダム、ハンブルグ、オーフスで公演が行われ、現在も世界中から上演要請を受けている。最新作であるアンドロイドとオーケストラによるモノオペラ「Scary Beauty」の全体ディレクションと作曲を行なっている。現在は東京とパリを拠点に活動を展開している。
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