王族、随員、企業関係者など1000人以上を従えて来日(3月12日~15日)したサウジアラビアのサルマン国王(81)。めったに外遊しない同国の国王としては、1971年のファイサル国王以来46年ぶりの来日だった。
国王の来日はふつう国賓や公賓といった儀礼的要素が強い形式となるが、今回、サルマン国王は実務協議が目的の公式実務訪問賓客の資格で来日した。
しかしサウジを含め中東の王室は、長い歴史と伝統をもつ日本の皇室に強い尊敬の念を抱いている。これを知る日本側も政府と皇室が巧みに役割を分担し、儀礼的側面もしっかりフォローした。
皇太子さまが出迎え
12日、サルマン国王が特別機で到着した羽田空港には皇太子さまが出迎えた。ふつう出迎えは外務省儀典長の役目だけに厚遇を印象づけた。この後、空港内の貴賓室でアラブ各国の駐日大使らも出席して歓迎式が行われた。
なぜアラブの駐日大使らが他国であるサウジ国王の来日を揃って出迎え、歓迎式に出席したのか。それはサウジ国王の特別な地位にある。サウジ国王は元首であると同時に、全イスラム教徒の2大聖地であるメッカ、メディナの聖モスクの守護者でもある。
サウジ国王がイスラム世界で「2聖モスクの守護者国王」との呼称で呼ばれる理由もここにある。
つまりイスラム教国にとってサウジ国王は一国の元首を超えた存在なのだ。その国王が日本を外遊先として選んだことは、日本とサウジの2国間関係にとどまらないインパクトをイスラム世界に与えたのである。
14日は天皇陛下が同国王を住まいの御所に招き、昼食を共にした。同国王が3年前に皇太子として来日した時も天皇陛下は午餐会をもっており、同国王は「陛下にお会いできて心からうれしく思います」「第2のふるさとである日本を訪れることができ、大変うれしく思っております」と語った。
由緒正しきサウジ国王を日本は十分心得、それに相応しい待遇でもてなした。
事務協議の方は13日、安倍晋三首相との首脳会談が行われ、両国を「戦略的パートナーシップ」に引き上げることで一致。両国の多分野での協力を図る「日・サウジ・ビジョン2030」などでも合意した。引き続き官邸の広間で歓迎夕食会が開かれた。
安倍首相は歓迎のあいさつで、祖父の岸信介氏とサウジの関係を取り上げた。
首相を退いた後の1970年、岸氏はサウジを訪問し、ファイサル国王に訪日を直談判。翌年、同国王が日本を訪れた際には、岸氏が御殿場の私邸で食事を共にした。この話を披露した安倍首相は「今回、私が2度目となるサウジアラビア国王をお迎えすることとなったのも偶然とは思えません」と述べた。
料理人の配慮
夕食会ではアルコールはもちろん出されず、ジュースとミネラルウォーターが出席者に注がれた。乾杯も西洋の流儀だとして省かれ、食事が始まった。
この日のメニューである。
前菜(オマール海老と蒸しアワビ)
御椀(伊勢海老潮汁)
焼物(帆立貝殻 生雲丹コキーユ焼)
肉料理(仔羊背肉ローストトマト風味 ナヴァランソース)
お食事(鶏胡麻照焼丼)
汁物(蛤味噌椀)
香の物(甘味生姜)
前菜には、水菜のサラダが添えられ、キャビアがのせてあった。御椀は伊勢海老でとった出し汁を塩だけで味付けした潮汁。中にお麩とホウレンソウの軸、ウド、木の芽があしらわれた。焼物は帆立貝、生雲丹、タラバ蟹を殻の中で焼いたもので、野菜のキンピラを添えた。
肉料理の付け合わせは、ポテトピューレと野菜(アスパラガス、菜の花、ミニオクラ、ズッキーニ、トマト、茸、パプリカ)。締めが鶏胡麻照焼丼というのも面白い。エンドウ豆と金糸玉子が乗せてあった。果物は旬の果物の盛り合わせだ。
なおメニューの末尾に「私共はハラル認証食材および調味料を使用しております」との断り書きが入っていた。料理を作ったホテル側の配慮である。以前にも書いたが、専属料理人をもたない官邸はホテルに料理を作らせる。
食に対して敏感な国王
官邸は駐日サウジ大使館を通じて、事前にメニューについて細かなやり取りをした。宗教上ダメな食材、国王の個人的な好き嫌いを含め、サウジ側からいろいろ注文がついたことは想像に難くない。ある意味、このメニューは国王の好みを反映した内容なのだ。
肉料理もあるが和食を基本としており、潮汁や鶏胡麻照焼丼などは、国王が和食を食べ慣れていることを窺わせる。また最初の3品は魚介で、国王が魚介を好んでいることも分かる。
和食好きな外国の首脳は、和食の美味しさそのものに魅了されていることもあるが、魚介料理などヘルシーなところに惹かれてファンになった人も少なくない。
同国王の魚好きもそうした面があるかも知れない。
実は国王が皇太子として来日した3年前の官邸の夕食会では、魚介の料理で通し、肉料理は出なかった(2014年4月11日「サウジ皇太子『異例の歓迎メニュー』から窺える官邸の苦心」参照)。
今回、同国王が肉料理を希望したのは、来日する前に訪問したマレーシア、インドネシアと関係しているかも知れない。両国には合わせて約2週間滞在したが、とくにインドネシアでは公式行事が終わるとバリに移動し、6日間、静養した。
両国は魚料理が豊富で、むしろ日本では肉料理も加えてほしいと要望したと考えられる。
今回、81歳の国王がすべてきれいに平らげたとは思わないが、健啖家で、食に対して敏感であることを改めて窺わせたのである。
西川恵
毎日新聞客員編集委員。1947年長崎県生れ。テヘラン、パリ、ローマの各支局長、外信部長、論説委員を経て、今年3月まで専門編集委員。著書に『エリゼ宮の食卓』(新潮社、サントリー学芸賞)、本誌連載から生れた『ワインと外交』(新潮新書)、『国際政治のゼロ年代』(毎日新聞社)、訳書に『超大国アメリカの文化力』(岩波書店、共訳)などがある。2009年、フランス国家功労勲章シュヴァリエ受章。本誌連載に加筆した最新刊『饗宴外交 ワインと料理で世界はまわる』(世界文化社)、さらに『知られざる皇室外交』(角川書店)が発売中。
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(2017年3月23日フォーサイトより転載)