「デマを防ぎ、確かな情報が集まるSNSの場を作る」 鬼怒川水害、被災者たちの実践

「確かな情報を自分たちでシェアし、受け取ることは『心の復興』にもつながります」
Open Image Modal
ロイター

2015年の鬼怒川水害で注目されたSNSコミュニティがある。Facebookで立ち上がった「常総市復興コミュニティ」だ。茨城県常総市の市民が中心になり、自分たちに役に立つ水害情報だけを集め、デマからも身を守った。西日本豪雨の被災者にも当時の教訓を伝えたい、とメンバーが取材に応じた。

「SNSの力をデマ拡散や中途半端な伝聞情報拡散に使ってはいけない」

 《SNSの力をデマ拡散や中途半端な伝聞情報拡散に使ってはいけない。もっと市民にとって役に立つ情報を集め、被災した当事者が自分たちの力で復興も視野に発信をする。

 それこそが重要なのです》

 「常総市復興コミュニティ」で運営を担当した吉川彰浩さんはこう語る。吉川さんは元東京電力社員だ。

 あの2011年3月11日の東日本大震災、福島第一原発事故時に、東電社員として福島第二原発で働いていた。

 鬼怒川災害で3000戸以上が浸水し、死者2人を出すなど大きな被害を受けた常総市は小学校、中学校を過ごし、母親が暮らす実家もある思い出の土地だ。

 東日本大震災当時の経験を生かそうと、2015年9月の水害直後から現地入りした。不足していたのはボランティアの人手より確かな情報だった。吉川さんはFacebookで公開グループを作り、水害被災地で泥かきなどの合間に情報面でのサポートも務めた。

 参加者は2000人を超えている。

デマを防ぐSNS活用、3つのポイント

Open Image Modal
吉川さん(本人提供)

《西日本豪雨は鬼怒川水害以上の被害が報道されており、心を痛めています。自分たちの経験が少しでも伝わればいいと思いました。

 水害は多くに人にとって『人ごと』だったと思います。私もそうでした。

 水害の被害は長期化します。水が引いて、泥を片付けて終わりではなく、支援、罹災証明、家屋の保険と問題が常に変化するからです。

 メディアも災害には関心を持って情報を流してくれますが、市民にとって本当に必要な情報とは言えないことがあります。だからこそ市民の力が必要になるのです。》

 吉川さんが伝えたいこと。それは情報を集めるためのSNSコミュニティ運営の基本ルールだ。被災者が自分たちに必要な情報を集約する技術と言い換えることができる。

 ポイントは3つある。

第一に、発信は確実な一次情報に限定すること。第二に日時を明記し、解決された情報は削除、もしくは上書きすること。第三に現地からの発信を重視することだ。

情報は確実な一次情報に限定する。伝聞は善意であっても不要

 第一のポイントで大事なのは伝聞を排すことにある。

《SNSの情報で一番重要なのは、一次情報です。避難所ごとに足りないもの、必要な支援は異なります。

 当時は~~避難所には物資が余っている、~~地区の道路が開通した、~~で炊き出しがあるといった生活情報。さらに水害で一番困る、足(=車)の確保についてもレンタカーや余っている車情報が頻繁にやりとりされていました。

 市民が避難所に張り出される手書きの情報を写真付きでアップし、メディアから漏れる細かな情報を交換したのです。

 私を含めた運営側が確実な情報でないと見なして削除することもありました。

 運営で大事なのは参加者と議論をしないこと。ここは議論の場ではなく、情報共有の場であると強調しました。

 やはり、ポイントは根拠が不確かな伝聞情報は善意であっても不要としたことです。こうしたルールを定めることで、0にはできないまでもデマも防ぐことができます。

 仮にデマを流されても、「~~はデマです。根拠は~~」と確認された一次情報を流すことで否定することもできるのです。》

 避難所にいる30代~40代が中心となり、テレビや新聞だけでは集まらない一次情報をSNSで共有し、お年寄りやSNSを使わない人にも口コミで広げていく。コミュニティはそんな役割も担った。

 ここなら確実な情報があると思ってもらうことも大事だったという。

ニーズは変化、情報のアップデートは必須

 そこで大事になってくるのが第二のポイントだ。

《避難所では支援に偏りがでます。例えばA地区の避難所では食料が足りていないと言っても、それは配送時間の問題で、すぐに解決するかもしれない。

 書き込みをみたボランティアの方が勘違いして、A地区に食料を運んでいったら無駄になってしまう。

 だから、必ず解決したら「解決済み」とするか削除するなど情報の上書きをしてほしいとお願いしました。》

 被災地のニーズは時間とともに移り変わっていく。行政も動かないわけではない。声をあげることは、解決を促すことにもつながる。

 《コミュニティの情報はボランティアだけでなく、行政の方も見ていたという話を聞きました。支援に使われる情報だからこそ、いつの時点のことなのかを明示しておくことが大事。

 第一のポイントにも関連しますが、不確かなことは言わないほうがいいのです。》

Open Image Modal
「常総市復興コミュニティ」トップ画面より

発信はあくまで現地から

 第三のポイントはSNSの目的を明確にすることだ。

《私たちは地域に役立つ情報を発信したいのであって、ボランティアの方々との交流の場を作りたいわけではないのです。

 ボランティアの方からの書き込みは一次情報であればOKとしましたが、検索すればわかるような質問や「物資を受け取ってくれ」という「お願い」はやめてほしいと言っていました。

 ボランティア情報は、社会福祉協議会に問い合わせてほしい。不必要な物資を現地に押し付けるのではなく、ニーズにあわないものは持って帰ってほしいと言ったこともあります。》

 吉川さん自身も「こんな古着はいらない。残ったら誰が処分するんだ」「食料も水も余っている」という声を何度も聞いたという。

情報が伝わらず損する被災者を無くせ

 現地で必要な情報は変化する。支援する側の理解も必要だ。

《現地は必要な情報を追いかけるだけで精一杯。

 初めは物資ですが、やがて時間が経つと、次は罹災証明や保険のために家屋の被害状況を写真で撮っておいたほうがいいとか、水に浸かったアルバムの修復といった情報が必要になります。

 住民向けに義援金の説明会なども開かれます。私たちに必要だったのは、いつ、どこで、誰を対象にといった基本的な情報です。

 手続きの期間が終わって、受け取れるはずのお金を受け取れなかったということを防がなければいけないのです。》

 コミュニティのやり取りをみていると、例えば水に浸かった母子手帳はどうしたらいいかについての情報交換もあった。

《なにより大事なのは、その人にとって重要な課題をみんなで解決するという姿勢です。

 行政は初動が早いとは言えない。ですが、そこで敵視してケンカをしても仕方ない。体制を整えたあと、行政に支援してほしいことをまとめて要請してもいいのです。

 課題を解決していくためにできることからやる。できないことは具体的に声を上げること。これが必要です。》

少数者を排除しなかったSNS

 コミュニティには日本語がうまく使えない、ブラジル人男性の支援要請も書き込まれた。避難所にいた市民の一人が彼のニーズを聞き取り、日本語に訳して助けを求めたのだ。

 問題は解決され、その後、避難所で張り出される手書きの情報には、日本語だけでなくポルトガル語も書き込まれるようになっていた。

確かな情報は安心感を生む、デマは被災者を追い詰める

 《確かな情報は安心感を生みます。

 安心感は心に余裕を生む。余裕が生まれれば「子供たちをどうしよう」といった次の課題も考えることができる。

 もちろん、全てがうまくいったわけではありませんが、何もしないよりははるかに良かったと思います。

 デマは被災者を追い詰めますが、確かな情報を自分たちでシェアし、受け取ることは「心の復興」にもつながります。》

 常総市の現場で積み上がった知見や経験から学べることが数多くある。