「離婚したら呪いがバンッて解けた」
離婚を経験したマンガ家の水谷さるころさんは、2度めの結婚で「事実婚」を選んだ。現在は、3才の子どもを夫婦で育てている。
あらためて、法律婚と事実婚の違いはなんだろうか?
子どもと母親の名字が違うことで不便はないのだろうか?
前編に続いて、『目指せ! 夫婦ツーオペ育児 ふたりで親になるわけで』(新潮社)の著者であるマンガ家の水谷さるころさんに聞いた。
離婚して、「親の理想の娘」じゃなくなった
――前著『結婚さえできればいいと思っていたけど』(幻冬舎)によると、もともとは結婚願望がすごく強かったそうですね。
はい。私は「結婚したら幸せになれる」ということに対して疑問を抱いたことがなかったんですね。
うちは両親の夫婦仲がすごく円満で、お勤めしている男性と結婚してきちんと家庭を築いたら自動的に幸せになれるんだ、とごく自然に思いながら育ったので。
ずっとフリーランスで仕事をしてきたので、マイノリティだという意識もあって、「結婚」というフォルダに入ったらマジョリティになれるという憧れもありました。
でもいざ自分が結婚してみたら、「うわ、この現実厳しいな」って。
共働きだから家計は折半してるのに、元夫は家のことを全然しないから、家事は全部私の担当。それなのに世間からは「養ってもらってるんでしょ?」という先入観で見られて。
こんなんじゃ怖くて子どもは絶対産めない、と気づいて33歳で離婚しました。
――離婚してからはどうでしたか。
直後はドーンと落ち込みましたね。あんなに浮かれてたのに、って。でもその後は呪いがバンッて解けた。
一般に理想的とされる家庭で育ったからといって、自分もそれに向いているとは限らないんだ、ってようやく気づけたんです。
私の実家的には「離婚」って大事件なんですよ。姉が2人いるんですが、どちらも30代で結婚して、ちゃんと子を産んで家庭を築いているので、私がバツイチになるっていうことは、親の思う理想の娘像から外れる、ということでもあった。
でもその結果どうなったかというと、私自身はむちゃくちゃ楽になったんです。
――それまでも親の目を意識することは多かったのでしょうか。
私は20歳で家を出てますし、親の目なんて自分では全然気にしていないつもりだったんです。でも無意識下ではすごく親の望む方向にいっていた。
離婚して初めてそれに気づいたと同時に、両親のような「夫が大黒柱で、妻は従属する形で支える」みたいな保守的な関係性は自分には向いていないんだ、ということもわかりました。
じゃあ自分にとっての結婚や幸せってどんな形なんだろう? ということを真剣に考えた結果、今の事実婚という形に落ち着きました。
事実婚⇒産前後だけ法律婚⇒また事実婚
――現在のパートナーの野田さんとは「事実婚」の再婚を選択。妊娠発覚後は、出産前後のみ「法律婚」にして、いったん野田さんと同一の戸籍になり、産後に再び戸籍上で「離婚」して事実婚に戻されました。そんなやり方があることに驚きました。
法律婚って、「安心おまかせパック」みたいなものなんですよ。楽ではあるけれど、法律や慣習が全部セットでついてくるから、「世の中の結婚したみんなもやってるんだから自分もしなきゃ」という気になってしまう。
それに対して事実婚は「カスタマイズプラン」なんですね。一個一個、全部自分たちでどうするかを考えていかなきゃいけない。
だからうちの場合は、子どもを産む時だけ法律婚にして、子どもの名字は父親側の「野田」に。その後、「離婚」という形で私だけ戸籍上は水谷に戻るけど、通称は「野田」で運用しよう、という形を選びました。親権者は私です。
――母子別姓で日常に不便はありませんか。
全然ないです。びっくりするほどない。戸籍名は「水谷」だけど、チーム名が「野田」という感覚なだけで。保育園で「野田」さんって私が呼ばれたら返事しますし、ファミレスの順番待ちでも「野田」で書く。
法律婚でないとパートナーが倒れたときに、家族の代表として医療行為に同意のサインができなくなるって聞いたことがあるんですけど、私、夫、息子の全員がここ数年で入院を経験したんですが、ちゃんとサインできましたよ。
「どうしてお母んとお子さんで名字が違うんですか?」って聞かれて「うちは事実婚なので子は夫の名字ですが一緒に暮らしています」と答えたら「はい、結構です」ってすんなり済んで。私が入院するときも、夫が入院するときも何も言われませんでしたね。
ただ、そうじゃないケースもあると人づてに聞いたので、じゃあ根拠は何だろうと調べてみたんですよ。そしたら、医療行為の同意権は、そもそもが本人以外は誰も代行できないものなんです。事実婚だろうが法律婚だろうが。でも世の中ではみんな、親や妻や夫がサインしますよね。あれって全部グレーだそうなんです。
ただ、本人に意識がないときなんかは誰かがサインしないといけない。そのときに「この人のことを一番わかっているのは自分です」と自信を持って言えるのなら、極論誰でもいいそうなんですね。
――事実婚を選んだことで、法律やいろんなことに詳しくなりそうですね。
そうなんです。他にも、「夫が仕事やギャンブルで作った借金でも連帯責任で妻が返さなくては」みたいに思っている人も多いんですけど、あれも義務ではないんですよね。借金が生活費で自分も使ってたら責任ありますが、結婚してても個人の責任は個人のものなんです。
いや、もちろん「パートナーを助けたい。義務ではないと知っていてもそうしたい」というなら別にいいんですけど、「夫婦だから一蓮托生。嫌だけど妻として夫の人生の責任を取らねば」と思っているなら、それは違うなと知っておいたほうが絶対にいい。
自分で考えて、決断したことでないと、「あのとき○○してあげたのに」という恨みつらみになってしまう。結婚生活については、学べば学ぶほど楽になる部分ってたくさんある。
知識として選択肢があるって知っておくだけでも、ずいぶん楽になると思います。
経済力だけが「男の甲斐性」ではない
――水谷さんのご両親は「事実婚」という形をどう受け止めていますか。
もちろん最初はすごい抵抗がありましたね。「婚姻という契約なくして責任を取らないというのはいかがなものか」みたいに最初は反対されましたけど、人って慣れてくるんですよ。
6年経った今は、「幸せならまあそれでいいよ」って感じでしょうか。うちは特に家族付き合いとかも法律婚してる人と変わらないので、親からも「なんだ、問題ないな」ってわかってもらえたのかな。
――枠組みがどうでも、幸せに暮らしているならそれでいい、と。
本当にそう。夫が毎日ごはんを作ってくれることも、サポーティブな男性であることも、仕事が好きな私にとってはすごく助かるしありがたいことなんですね。
そういう私たち夫婦の姿を見て、わりとマッチョな価値観を持っていた男友達が「彼女が忙しいときは俺も料理しようかな」って言い出したりして。
「男の甲斐性」って言葉がありますけど、経済力やマッチョな男らしさみたいな旧来的な指標だけではなくて、「目の前のパートナーが困っているときに助けられること」だって今の時代は立派な甲斐性だと思う。そういう価値観をどんどん広げていきたいですね。
水谷さるころ(みずたに・さるころ)
1976年、千葉県生まれ。イラストレーター、マンガ家、グラフィックデザイナー。2008年に旅チャンネルの番組『行くぞ! 30日間世界一周』に出演。のちにその道中の顛末が『30日間世界一周!!』(全3巻・イーストプレス)としてマンガ化。16年に自身の結婚、離婚、事実婚で再婚したアラサーの10年間を描いた『結婚さえできればいいと思っていたけど』(幻冬舎)を出版。趣味は空手。
新著『目指せ! ツーオペ育児 ふたりで親になるわけで』は新潮社から発売中。
(取材・文:阿部花恵 編集:笹川かおり)
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