大阪市の決定の反国際性―サンフランシスコ市との姉妹都市関係解消の意味すること

ナショナリズムの心理を悪用して、進んで世界から孤立するような意識を植えつけるような政治は本当に辞めて欲しいものだ。
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日本を外から見ていて、またもや国際関係上非常識と思われ、国際的信用を下げることが起こってしまったと感じる。慰安婦像設立に関し、大阪市がサンフランシスコ市との姉妹都市関係を解消すると決定したことである。60年の歴史を解消するほどの行為の理由が、米国から見て「女性の人権蹂躙の歴史を記憶にとどめる碑」の設立が名誉を傷つけると日本が主張するという衝撃的事実が、いかに米国での日本のイメージを悪化させるかについて大阪市は考えたことがあるのだろうか。

慰安婦問題を否定しようとすることで「人権を軽視し、女性差別的な国」という印象を与える日本の自治体の行動が、国際的に「日本の名誉」をかえって損なうものであることは容易に想像できそうなものだが、自国しか見えないのであろう。

偏狭なナショナリズムは政治を世界に対し盲目にするという例になってしまった。だが慰安婦問題に対し日本政府の主張を支持する米国の有識者は皆無といって良い。親日家を含み米国の有識者での日本への評価は、筆者の観察では日本が慰安婦問題の存在自体を否定するような発言や行動をすればするほど悪くなってきている。将来の日米関係一般にも悪影響しかねない状況だ。

今回の関係解消について、大阪市長は国内の政治的空気を読んで一種のパフォーマンスをしたのだろうが、歴史評価問題に関し日本の人権意識の低さを国際的に印象付けると言う「負の外部効果」を生み出しただけでなく、サンフランシスコ市内の日系人社会に無用の分断と対立を生み出し、また経済的にも文化的にも発展し続けるサンフランシスコ市という魅力的な都市との交流という大阪市の将来を一時の政治的判断で潰してしまった。その社会的コストは極めて大きいと考えられる。

もちろん国際的な姉妹都市の関係が極めて有益であるどうかは一概に言えず、大阪市―サンフランシスコ市の姉妹都市関係が今までどれほど有益であったのかどうか筆者は知らない。しかし、シリコンバレーを近くにもち、グーグル社を含めIT関係の会社もひしめくサンフランシスコ市は住民の生活の質(quality of life)指数では全米トップの都市であり、有効活用されれば大阪市との姉妹提携は将来的にも十分日本側にとって恩恵をもたらすはずのものである。

大阪市は関係解消手続きが今からでもできるなら中止し、さもなくば近い将来サンフランシスコ市に今回の非礼を謝罪した上で、姉妹都市関係を復活させることが望ましい。形があれば有効活用は可能であり、国際親善にもなる。だが一旦関係が解消されれば覆水盆に帰らずとなる可能性もある。信用を培うのには時間がかかるが、不信は一時の誤りでも生まれるからである。それにしても意義のある60年の伝統を、大阪市の利益ではなく市政と本来無関係の政治的理由から破壊するとは、市長の権限の乱用ではないのか。

また今回の大阪市の抗議は以下の3つの点で筆者は大きな問題があったと思う。

まず第1に大阪市が、国際的都市間の姉妹関係を政治利用したことである。サンフランシスコ市の決定は基本的に米国の自治体の問題である。当市における慰安婦像設立の提案は長年サンフランシスコ市の高裁判事を勤めた共に中国系米国人のLillian Sing氏とJulie Tang氏を代表とする市民団体の提案に沿ったもので、韓国の直接的政治的働きかけによるものではない。

今回の提案はあくまで米国の自治体事業であり、それを批判することは、例えて言えば原爆慰霊碑を日本の自治体が作ることに米国の自治体が抗議し、姉妹都市の提携を解消するに近い行為である。これは本来非政治的分野での交流を旨とする姉妹都市関係に政治を持ち込む内政干渉とも言うべき行為で、国際関係上極めて不適切であった。

2番目の問題は、今回のサンフランシスコ市の慰安婦像設立は、歴史における他の人権蹂躙に関する記念碑同様、その人権蹂躙の事実を記憶し再び同様のことが行われないことを祈願するという普遍主義的立場に立ち、人権問題(Human rights issue)であって、旧日本軍の行為を批判しても、日本批判を意味するものでは全くないのだが、大阪市および日本政府(菅官房長官)は、旧日本軍の制度の批判を日本批判と同一視したことである。

筆者にはその同一視が大きな問題だと考える。慰安婦制度問題だけではなく、旧日本軍の下では「南京虐殺事件」「沖縄の集団自決」「『玉砕』の強要」「731部隊の人体実験」「戦争捕虜の高い死亡率」など、数多くの人権蹂躙問題が存在した。それは抑圧的な日本軍の規律統制や人命を軽視する価値観のもとで、明日の命も知れぬ戦争という異常事態での多くの日本兵の精神の劣化があいまって起こった特殊な出来事であった。

それはナチスドイツの特殊な価値観の影響の下で多くのユダヤ教徒や精神病患者の虐殺が行われたのと類似の特殊な出来事であったといえる。ナチス政権の初期に、政府の「優性保護法」の基に精神病院での患者の大量毒殺に直接関わったのは、人の命を救う職業についているはずであるごく普通の医師や看護婦であった。通常「ありえない」と思うようなことが歴史の状況次第で起こりうるのである。

特に戦争やファシズムの興隆などに伴う人命軽視の価値観や人間性の劣化が、そのような反人道的行為を起こさせるリスクを高めるものという歴史から学んだ認識があり、またそのため将来への戒めとして「歴史の負の側面」を正しく語り続けることが必要とされる。実際ドイツではそうしてきた。だからドイツ人はナチス政権下での人々の行為への批判を、ドイツ民族や文化への批判とも、ましてや自分自身への批判などとは受け取らず、人間社会一般への戒めと受け止める。

一方ドイツとは対照的に、日本では歴史教育において、上記のような旧日本軍の負の側面を明らかにすることに消極的なまま戦後70年を過ごしてきた。それどころか、かなりの政治家や「保守系」論者たちが、それらの歴史的事実を教育内容に含めることに反対し、それを記憶させようとする歴史学者の態度を「自虐史観」などと呼んで糾弾する現状がある。

その背後には特殊状況での旧日本軍の行為への批判を日本民族批判ととらえ、それと闘うという宗教的ともいえる社会運動があり、慰安婦問題もそのような状況のなかで政治的に扱われてきた。その圧力が強まる中で、現在慰安婦問題について理性的に議論することも難しい空気が生まれつつある。だから筆者も、この記事の発言をすることは大変気が重い。

だが大多数の日本人同様戦後の生まれの筆者は、旧日本軍の行いに直接的責任を感じていない。だから慰安婦制度批判を、日本批判と感じないし、ましてや日本人である自分が批判されたようには思わない。日本人として自意識は自分の戦後の日本での体験のみにあるからだ。そして慰安婦制度下の人権蹂躙批判を日本人への批判と感じる日本人の感覚には、自分の娘が「親友が痴漢にあった」と腹を立てている時、娘と一緒に痴漢に腹を立てるのではなく、男性である自分が非難されたように感じて「痴漢事件には冤罪も多い」などと発言をする父親の態度と類似していると感じる。

なぜ被害者である慰安婦女性の悲惨な経験にまず思いが行かないのか?

そしてなぜ特定の歴史状況における旧日本軍の非道な行為への批判を、あたかも自分たちが不当に非難されたように感じるのか?

もし慰安婦の多くが、戦前の大日本帝国下で国民ではあるが植民地であった朝鮮や台湾の女性であるから彼女たちの痛みがわからず、旧日本兵の多くが「本土」の日本人であるから同情するのであれば、日本人の倫理や「思いやり精神」はいつからそんなに民族差別的になってしまったのか?

現在の多くの日本人のこの問題に対する感じ方は、国内の暴力や差別の問題に対して多数の日本人が示す被害者への同情的な態度と大きく異なるように筆者には思える。これも慰安婦問題を捏造などと論じる人たちの作り出した空気の影響なのであろうか。そうだとすればとても恐ろしいことである。   

3番目に大阪市の側には論理的破綻があると筆者は考える。大阪市の抗議の理由は、残念ながら正式の文書を筆者は手に入れられなかったが、米国側報道では「慰安婦問題には歴史学者の間でも意見の不一致があり確定していないのに、一面的主張がなされている」という主張であり、日本の報道では碑文に「性奴隷」というような言葉が碑文で用いられるなどが不適切という理由である。

過去においても、同様の主張は何度もなされ、そのたびに日本側の主張はしりぞけられてきた。部分に異議を挟むことで、全体を否定する議論だからである。それなのに儀式のように日本はそのような論法をかたくなに繰り返している。

日本のメディアでよく散見するのは、吉田清治の強制連行捏造と関連する朝日の誤報である。これを理由に日本軍の慰安婦制度の存在自体を捏造のように議論する者も少なからずいる。だがこの誤報問題が日本軍に存在した慰安婦制度による女性の人権蹂躙の存在を否定するものでは全くないという知識と認識を米国側は持った上で判断しており、オランダ人慰安婦のケースのように明らかな強制連行の事例もある。

日本側もそれを承知だから「歴史学者は意見の一致を見ていない」などというあいまいな主張したのであろう。また「性奴隷化(sexually enslaved)」という表現を用いたことに対して大阪市は抗議したようだが、これは言葉の定義の問題であろう。多くの場合、自由意志で辞めることができずに性的行為を強制されていたと考えられるので、「性奴隷化」という表現は英語感覚では不適切とはいえない。

上記のように日本の抗議理由は碑文の内容が日本に不公平という趣旨で、それだけでは大阪市の抗議は説得力を持たない。なぜなら大阪市は慰安婦像設立自体に反対し、碑文の文章表現の修正を申し入れたわけではないからである。だからサンフランシスコ市は日本の抗議の意図は歴史的事実の否定であると解釈して拒絶したのだ。

将来日本の若者が世界で胸を張って生きていけるためには、「歴史の負の側面」からも目を背けず、その上で戦後日本が経済復興と繁栄を成し遂げ、特有の魅力ある文化を発展させ、また70年以上の長きにわたって平和を維持し比較的安全な社会を作り出してきたということへの誇りに土台を置くべきである。これらの事実は世界でも高く評価されているからである。

一方日本は過去25年以上も経済的に低迷しているし、成功体験のある世代は現在の若者の世代が面している厳しさに理解がない。だから多くの若者が戦後の体験をポジティブに語る上の世代に反発し、戦後を否定する考えに同調し、憲法の護持や人権を叫ぶ「リベラル」からはむしろ距離を置くようになった。

しかし政治において戦前の人命や人権を軽んじた時代を美化し、歴史的事実から目をそむける方向にそういう状況の若者を誘導することは、日本を再び世界では理解不能な「異民族」に戻し、日本の若者から将来国際的に活躍する力をも奪うことである。道が見えにくくなっている若者たちに対し、いわばナショナリズムの心理を悪用して進んで世界から孤立するような意識を植えつけるような政治はもう本当に辞めて欲しいものだ。

日本社会が、若者たちにとって個々人が大切にされると感じることで希望を持てる社会となり、そこでの身近な経験が自然な愛国心を生み出す。そのような社会の実現を政治は目指すべきである。