性的暴行を受けた妻は犯人を赦すのか アカデミー賞を拒否した女優が、暴力を語る。

6月10日から公開される映画「セールスマン」で性的暴行を受けた女性を演じたタラネ・アリドゥスティさんが、ハフポスト日本版の単独インタビューに答えた。
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2017年度のアカデミー賞外国語映画賞を受賞したイラン映画『セールスマン』が6月10日から公開される。

トランプ大統領の中東・アフリカのイスラム圏からの「入国禁止」政策に反発し、アカデミー賞授賞式への参加をボイコットしたことでも話題になった主演女優のタラネ・アリドゥスティさんが、ハフポスト日本版の単独インタビューに答えた。

この映画の主人公は、アメリカの劇作家アーサー・ミラーの戯曲『セールスマンの死』の舞台に出演する役者夫婦の夫のエマッドと、妻のラナ。穏やかだった夫婦の暮らしはある日突然、夫の留守中に妻が何者かに性的暴行を受けるという事件によって一変する。

深い傷を負いながらも事件を表沙汰にしたくない妻と、犯人探しに躍起になる夫。2人は事件をどう"消化"していくのか、犯人は誰なのか。夫婦の感情の揺れ動きと暴行事件という社会問題をうつし出す。

——ラナが暴行を受けたことに対して、犯人に「報復」しようとした夫のエマッド。一方で犯人を「赦す」ことを選ぶ妻のラナ。恐怖と絶望を感じながら「赦す」選択をするラナはどんな気持ちだったのでしょうか。

彼女は、暴行した犯人を「赦す」わけではありません。彼女もまた、犯人を赦さない。ただ、「赦さない」の方向性が夫とは違っていたんですね。

彼女は暴行を受け、確かに絶望しました。でも、本当の絶望は、暴行を受けたこと自体よりも、暴力に対して暴力で制裁を加えようとした夫の態度だったのです。

「暴力には暴力で」それは、ラナには受け入れがたいことでした。

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——愛する人との間に大きな「価値観の違い」が生まれてきてしまう切なさをどのように演じたのでしょうか。

ラナの気持ちは非常に複雑です。映画の序盤でも描かれているように、夫のエマッドはいつも冷静でオープンな性格。そんなエマッドを愛しているのに、その人が"あんな風に"なってしまう。自分のせいで彼の人格がある意味で豹変してしまった。その暴力性や残酷性にラナは深い傷を負います。

この物語が描く本質的な痛みというのは、「暴行を受けて傷ついた女性像」というよりもむしろ「愛する夫が理解できない存在になっていくことに傷つく女性像」なのです。

——性的暴行を受けても警察に届けず「泣き寝入り」してしまうラナ。ラナはその時どんなことを考えていたのでしょうか。

これはラナやイランの女性だけでなく、世界中の全ての女性に通ずる気持ちだと思います。

どんな国籍のどんな背景の女性でも、性的暴行を受けたら絶対に迷うと思います。警察に行っても証拠がなければ訴え出ることは難しく、男性が違う証言をしてしまったら、逆に不利な立場になり得ます。「声をあげるか、あげないか」これは誰しもが戸惑う点なんだと思います。

——国籍を超えて普遍的な「女性であることの難しさ」を描いた、ということなんでしょうか。

その通りだと思います。

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アカデミー賞授賞式への参加をボイコットすることで、イスラム圏7カ国からの入国禁止令に抗議したアリドゥスティさん。一方で会場では司会者のジミー・キンメルの「トランプいじり」にはじまり、多くの俳優らが「愛と物語」で「分断」に対抗しようと呼びかけました。

——ボイコットという選択はどのようなお気持ちで決めたことだったのでしょうか

実は大統領選挙戦中から多くのイラン人が「トランプが大統領になるのでは」と心配していました。というのも、あの時期までイランは他の欧米諸国ときちんと会話ができたし、長い時間をかけて経済制裁を解除することもできたので、トランプが大統領になることの悪影響をすごく心配していたからです。

彼が大統領になることで、何が起こるかわからないし、悪いように情勢が変われば、経済的にも政治的にも戦争につながる諍いが起きるのではないかと心配していました。

そして実際にトランプは突然差別的な発言をし、入国制限を表明しましたよね。すごくたくさんの人が影響を受け、不安の底に叩き落とされました。アメリカで病気を治療している人もそれが受けられなくなったり、アメリカ行きの飛行機に乗った人が入国できなくなったり、という事態まで起こりました。

そういった状況を報道で見ていると、弁護士の人たちが空港に駆けつけたり、色んな人がメッセージボードを持って抗議していたりしていました。

そんなタイミングにちょうど私たちの映画がアカデミー賞にノミネートされたこともあり、私も何かメッセージを発信できるのではないか、と思いました。

少しでも役に立ちたい、せめて空港で足止めされている人たちが救われるようなことをしたい、と思ってアカデミー賞へのボイコットを表明するツイートをしました。

幸い、それによってより多くの人が動き出し、いい方向に向かったことは本当によかったです。安心しました。

(編集部注:現状、入国制限は2度の法案提出が棄却され事実上"凍結"している状態)

Trump's visa ban for Iranians is racist. Whether this will include a cultural event or not,I won't attend the #AcademyAwards 2017 in protest pic.twitter.com/CW3EF6mupo

— Taraneh Alidoosti (@t_alidoosti) 2017年1月26日

トランプ氏のイラン人へのビザ発給禁止、人種差別だ。文化的なイベントも含まれるかどうかにかかわらず、私は2017年のアカデミー賞の授賞式には出席しない。これは抗議だ。

アリドゥスティさんのツイート

——授賞式に参加した俳優たちの中には、「トランプへの抗議メッセージ」を発した人もいました。助演女優賞でオスカーをとったヴァイオラ・デイヴィスは「表現者とは人が生きることを祝福する唯一のプロフェッショナル」と述べました。アメリカ人である他の俳優たちも、共に「分断」に対抗するためにそれぞれの役割を演じたように思います。彼らの態度をどう感じましたか?

もちろんアカデミー賞でのアメリカ人俳優たちのスピーチなど、全て見ました。それは率直にすごく嬉しいものでした。

これまではやはり「西欧の人たちは西欧のことしか考えていないのでは、私たちのことなんてどうでもいいと思っているのでは」と感じてしまっていた部分がありました。でも、今回こうして私たちと一緒になって、アメリカの皆さんが反発の意志を表明してくれて、私たちを守ろうとしてくれたことは本当に嬉しかったです。

——あのボイコットは、ただ単に"配役を演じる"ということを超えた、俳優としてのミッションを感じてのアクションだったのでしょうか

私はもちろん役者ですが、それ以前に私は一人の人間だし、自国の国民のことを考えないといけないと思っています。

それは私だけではなく、イランの芸術家も政治家も、ステータスのある人たちは考えていることなんです。

私たちはいつも政治問題を考えています。一歩一歩でいいから、みんながいい生活をできるように自分たちにできることは何か—。

私たちが幸せになれば、みんなが幸せになれる。私たちはひとりではない、そう思っています。

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また、アカデミー賞とちょうど同じころ、イランで開かれるレスリングの国際大会があって、アメリカのチャンピオンも出る予定になっていました。イラン政府は、自分たちの国民がアメリカへの入国を拒否されているのにも関わらず「我々は扉を閉めない」と言ってアメリカ選手に入国ビザを出しました。

「暴力には暴力で」、ではない態度を示そうとしたイラン政府の態度は、ラナのそれにも通ずる部分があったかもしれません。

そういったことや、私たちのアカデミー賞ボイコットの反響なども含めて、みんなが一緒になった気持ちでした。

あの時、私たちは、色んな国籍を超えて一つになったんです。

——最後にアリドゥスティさんが今後挑戦してみたいことをお聞きしてもいいですか。

もちろん俳優として、これからどんどん色んな面白い役をやりたいです。それから役者業のかたわら翻訳の仕事もしているのでそれも頑張ります。

私、一つのことだけで飽き足らない性格なので、色んな所に鼻を突っ込んで、好奇心を持ってこれからもチャレンジを続けたいと思います。

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アリドゥスティさんの出演する『セールスマン』は6/10(土)から、全国順次ロードショー。

【タラネ・アリドゥスティさん プロフィール】

1984年、イラン・テヘラン生まれ。

17歳の時に出演したロカルノ国際映画祭審査員特別賞受賞作『I am Teraneh, 15 Years old』(2002年)で女優のキャリアをスタートさせた。

アスガー・ファルハディ監督とは『美しい都市』(2004年)、『火祭り』(2006年)、『彼女が消えた浜辺』(2009年)でも組んでおり、本作が4本目の出演作となる。

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