久保厚子・全国手をつなぐ育成会連合会長
神奈川県立の障害者支援施設「津久井やまゆり園」(相模原市)で7月26日に発生した殺傷事件は、19人の死亡者、27人の負傷者を出した。容疑者が重度障害者の安楽死を容認する考えを持っていたことは社会へ波紋を広げており、福祉施設の防犯体制の見直しに向けた議論も進んでいる。
事件に対する思いや今後の団体としての活動について、障害のある子を持つ親の立場から全国手をつなぐ育成会連合会の久保厚子会長に聞いた。
■生きる価値は誰にでも
−−事件翌日、育成会が障害のある人に対して行った呼び掛けは反響を呼びました。
事件直後から、外出が怖いと不安を訴える声が多く寄せられたのです。そこで、「私たちは一人ひとりが大切な存在」「胸を張って生きて」というメッセージを出しました。
意見は身体や精神に障害のある方からも寄せられました。実は今でも毎日届いていて、300件を超えています。
中には「障害者に税金を使うのは無駄」という誹謗中傷もあります。しかし話をよく聞くと、その人も生活が苦しそうだったり、家に引きこもっていたりする。将来への不安からわざわざ連絡するのかもしれません。社会のゆがみのようなものを感じます。
−−今回の事件は被害者が匿名だったことも物議を醸しました。
警察から名前を公表するか問われれば、誰だって匿名を選択するでしょう。保護者を責めることはできません。
しかし神奈川県警が事前に保護者へ匿名にするか聞いたのは、障害者への差別的意識があるからではないでしょうか。通常の事件だとわざわざ確認しないでしょう。障害者はかわいそうな存在という偏見があるからだと思います。
育成会は60年以上前、障害のある子を持つ親の会として設立され「我が子にも人権と幸せを」と訴えてきました。そうして教育や移動手段、選挙権などの分野で権利を得てきたのです。
だからこそ、障害を理由とした特別な配慮を求めることはできないと思っています。今後、親も乗り越えなければならない課題です。
−−障害への理解はどう進めますか。
障害者への差別や偏見は、知らないからこそ起こります。地域の清掃でもよいのです。各地で障害者と社会がかかわる経験を積み重ねるしかないと思います。
育成会としては、会報誌の9月号で、障害のある本人と家族や仲間が笑顔で写った写真を200点ほど掲載しました。障害があっても充実した人生を送っていることを発信できればと思っています。
−−容疑者に言いたいことはありますか。
容疑者の発言は、とてもつらいものでした。障害があっても、親にとってはかけがえのない家族です。その子がいるからこそ味わえる楽しい時間もあります。
でも正直なところ、障害のある子を持つ親の気持ちは、他人に完全には理解してもらえないだろうとも思うんですよね。誹謗中傷を受けている人はとても多くいますし、家族が抱えるモヤモヤした気持ちは当事者でないと分からない部分もあります。
かといって、周りに何か特別なことをしてほしいわけでもないんですよ。近所に障害のある子いるよねと認識し、存在を認めてもらうだけでもいいんです。
そもそも障害に関係なく、人が生きる価値は、他人が決めるものではない。誰もがその人なりの人生を精いっぱい生きています。障害者の成長や可能性は強調されがちですが、それだと結局どこまでできれば価値があるのかという議論に引っ張られてしまいます。
生きる価値は自分が決める。それを皆が尊重する。そんな共生社会になればと思っています。
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