LGBT当事者の渋谷区課長はアパレルから転身 「過渡期だからこそ、できることがある」

同性カップルを結婚に相当する関係と認める「同性パートナーシップ証明書」の発行を、全国にさきがけて実施した東京都渋谷区では、LGBT当事者の男性が2016年9月から3年間の任期で「男女平等・ダイバーシティ推進担当課」の課長を務めている。
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東京都渋谷区で、同性カップルを結婚に相当する関係と認める「同性パートナーシップ証明書」の発行を、全国にさきがけて実施してから約1年が経過した。その取り組みを着実に推進するため、LGBT当事者の男性が2016年9月から3年間の任期で「男女平等・ダイバーシティ推進担当課」の課長を務めている。

アメリカのアパレル大手「Gap」日本法人の宣伝担当者だった永田龍太郎さん(41)だ。LGBT当事者として同社の東京レインボープライドの出展や、性的少数者のポートレート撮影をするプロジェクト「OUT IN JAPAN」へのサポートなど幅広い活動を牽引してきた。自身の経験をどのように渋谷区の行政に反映していくのか。2016年12月下旬、課の拠点施設である渋谷男女平等・ダイバーシティセンター「アイリス」に永田さんを訪ねた。

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インタビューに応じる永田龍太郎さん(2016年12月21日撮影)

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■「過渡期だからこそ、私がお手伝いできることもある」

--永田さんが課長に就任された「男女平等・ダイバーシティ推進担当課」は、どんな業務をしているのでしょう?

よく誤解を受けるのですが、LGBTの人権問題だけを扱う部署ではありません。女性の人権問題に加え、LGBTを含む全ての人が性別にとらわれずに個性と能力を発揮できる社会づくりのお手伝いをするというのが私のミッションです。

LGBTに関連したところですと、相談窓口(にじいろ電話相談。月2回開催)を設置しているほか、区民向けの公開講座を開いたり、区内在住・在勤・在学のLGBT関連団体方向けにセンターの会議室を貸し出ししたりしています。またLGBT当事者が安心して交流したり情報を得られることを目的とした「渋谷区LGBTコミュティ・スペース#渋谷にかける虹」を月1回程度、開催しています。

--アパレル業界から区役所への異色の転身ですが、渋谷区からどういう経緯で声がかかったのですか?

GapがNPO法人グッド・エイジング・エールズさん主催のLGBTポートレート企画「OUT IN JAPAN」を立ち上げから1年間支援していたことがきっかけです。OUT IN JAPAN」の最初の写真展を渋谷区にあるGapの旗艦店で、2015年4月に開催しました。渋谷区長選の期間中だったのですが、後に区長になる長谷部健さんがお越しになったので一度だけお会いしました。

その後、長谷部区長が当選され、11月5日から同性パートナーシップ証明書の発行もスタートしました。区長のお考えの中では、ある程度「ハード的な」部分は整ったとの認識で、いよいよ「ソフト的な」部分を推進すべき、との考えだったようです。ここでいう「ソフト」とは、区民への啓発や、LGBT当事者に対する支援事業に加え、区役所が提供するあらゆるサービスでLGBT当事者の方のアクセスを疎外しない、不快な思いをさせない、といった単なる職員の啓発を超えた内部的な連携や調整のことも含みます。

ソフトのフェーズに入ったことで「人に伝えることのプロが望ましい」という考えで方々を当たられていたようです。私はたまたま共通の知人がいたため「OUT IN JAPANをGap側でリードした人はどうか」という話になり、声がかかったんです。最初は「えっ?」と呆気に取られましたね。

--長谷部区長とは、どんなやりとりがあったのでしょう?

「まずはちょっと会ってみないか?」という話になりました。区長は大変多忙でらっしゃるので、渋谷区役所の区長室でランチボックスを抱えながら話を伺いました。区長の熱く深い思いは理解しましたが、やはり全く違う業種で40歳を超えて、民間からいきなり公務員というのは、なかなか聞いたことがないお話だったので、相当に迷いましたね。

ちょっと話はズレますが、渋谷区で働き始めて強く感じたのは、職員の皆さんの職業倫理の高さと優秀さです。LGBTに関する行政の取組みも、道筋をつければバトンタッチしてしっかり進めていただけると考えています。

しかし、今は過渡期。僕のようなマーケティングの経歴があって、なおかつLGBT当事者に近いところにいる人間でないと出来ないことがある。「過渡期だからこそ私がお手伝いできることもあるのでは」と思って、オファーを受けることにしました。3年という任期付きでのお仕事ですし、どうバトンを育てて次の人に渡せるかを常に考えながら仕事をしています。

■渋谷区の条例は「まぜこぜの社会の中から生まれてきた社会的イノベーション」

--永田さんは、これまで渋谷区の取り組みをどう評価していますか?

2016年9月に渋谷区が今後20年どうあるべきかという方向性を示す「渋谷区基本構想」が新たに制定されました。掲げるスローガンは「ちがいを ちからに 変える街。渋谷区」。「この地上に暮らす人々のあらゆる多様性(ダイバーシティ)を受け入れるだけにとどまらず、その多様性をエネルギーへと変えてゆくこと(インクルージョン)。人種、性別、年齢、障害を超えて、渋谷区に集まるすべての人の力を、まちづくりの原動力にすること」が謳われています。つまり、ダイバーシティを認め合い、活かし合っているインクルージョンこそが渋谷区が目指すものなんです。

順番は逆ですが、実は同性パートナーシップ証明書の発行を含む「渋谷区男女平等及び多様性を尊重する社会を推進する条例」が2015年4月に制定された経緯そのものが、ダイバーシティ&インクルージョンを体現しているんです。

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グリーンバード」という全国でゴミ拾い活動を展開しているNPO団体があります。もともと長谷部区長(当時は渋谷区議会議員)が立ち上げたNPOですが、グリーンバードの歌舞伎町チームでゴミ拾いをしていたのが、トランスジェンダーの当事者である杉山文野(すぎやま・ふみの)さんでした。そこで長谷部区長(当時は渋谷区議会議員)が杉山さんと出会い、その後に杉山さんが2006年に「ダブルハッピネス」という半生について書かれた本(左写真)を出版されました。

それを読んだ全国のトランスジェンダーの当事者の方から「会いたい」という申し出が殺到しました。でも、一人ひとりお会いするのが難しいので、「ゴミを拾ってるから一緒に拾う?」と返信されていたそうです。するとあれよあれよという間に人が集まり、メンバーの3分の1がトランスジェンダー当事者、という日もあったそうです。

長谷部区長(当時は渋谷区議会議員)も杉山さんと一緒にグリーンバードの活動をする中で、苦しい思いをしているLGBTの姿を目の当たりにし、仲間のために、自分は何が出来るんだろうということを考えるようになったそうです。それが渋谷区議会での質問に繋がり、さらに他の議員さんの質問も続き、やがて条例成立に繋がっていきました。

長谷部区長と杉山さんの出会いの中で「気づき」があって、それが条例に繋がっているんですね。とても自然な、まぜこぜの社会の中から生まれてきた社会的イノベーションが、この条例だと思うんです。

--そういう底流があって、渋谷区の基本構想に結びついたということですね。

はい。「ダイバーシティ&インクルージョン」を掲げた基本構想の先駆けという意味で、非常に素晴らしいと思います。経緯も含めてLGBTの一当事者として誇りに思います。

--今後はその流れをどのように推進していく考えですか?

私の立場としては、区の職員や区議の皆さんなど多くの方々が、とてつもない時間と労力をかけて生み出されたこのバトンを受けて、次に進めていく立ち位置です。渋谷区では議会で条例として議論がされているなど、成立に関わっているステークホルダーの数が多いので、込められた思いに精いっぱい応えたいという思いと同時に、重い責任も感じています。

■同性パートナーシップの現状は?

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渋谷区議会で同性パートナーシップの証明書の発行を含む「男女平等及び多様性を尊重する社会を推進する条例」の成立を受けて喜ぶLGBT当事者ら(2015年3月31日撮影)

--渋谷区が証明書で同性パートナーと認めたカップルの、12月下旬時点で何組でしょうか?

現在は16組です。

--証明書の発行開始が2015年11月。それから1年以上が経過していることを考えると、発行数の伸びが遅いようにも見えます。

渋谷区の条例によってパートナーシップ証明書を発行しているため、お二人が渋谷区に住んでいないと申請することができません。その時点でハードルは高いんですね。社会的カミングアウトにも繋がる可能性もありますし、躊躇されるカップルもいらっしゃるかもしれません。逆にLGBTが置かれた状況を考えて社会的カミングアウトにメリットを感じられない方もいるかもしれません。さまざまな意味で、今の状況ではパートナーシップ証明書を取れない、取られない方々も、たくさんいらっしゃるのだと推測します。

--渋谷区の場合は公正証書が必要なため、費用負担がかかりますよね。

渋谷区の場合は、パートナー同士の権利を区として後押しするために2種の公正証書を取り交わしていただくという仕組みを取っています。1通は成年後見に関するもの。それから、2人の間での合意契約です。2人で同意していれば、成年後見に関する公正証書だけでも大丈夫です。2通とも証書を取るとなると最大で6万円近い費用がかかります。

--他の自治体では同性パートナーについて宣誓書を発行する手法を採っています。こちらがほとんど費用はかからないのに比べると、渋谷区の場合は負担としては大きいのでは?

そうですね。いわゆる、ヘテロセクシャル(異性愛)の一般的な男女間の婚姻届に関しては特に費用はかかりませんので、その意味では、もちろん障壁にはなっている可能性はあります。しかし、他に同性パートナーシップの証明書や宣誓書を発行している自治体の人口と発行数を比較した際に、渋谷区が特に低いということでもなさそうです。

■「区役所の中にいるLGBT当事者だからこそ聞いてもらえる」

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渋谷区の取り組みを説明する永田龍太郎さん

―渋谷区でLGBTの方からの相談を「にじいろ電話相談」などで受け付けていますが、どのような質問が多いのでしょうか?

単純にカミングアウトやセクシュアリティ、性自認に関する相談だけではなく、LGBTであるということで直面されている困難に関連したご相談も多いですね。そうした相談から見えてくることは、全職員がLGBTに関しての正しい基礎知識を持って応対できることが、とても大事だということです。

たとえば、学校でのいじめや不登校、社会に出るにも就職活動での困難や職場でのいじめや偏見になど常にドロップアウトの危険性と隣り合わせで、性的少数者は貧困化リスクが非常に高い層です。そうした方が生活保護の相談にいらっしゃったときに、窓口の職員が差別や偏見なく対応できなくてはいけません。

一時的にシェルター(避難所)をお求めになったときに、トランスジェンダーの方であれば性自認に沿ったかたちでシェルターを利用できるかなど、ご相談いただいた方が不愉快に感じないように区民サービスを提供が出来るようにすることが、まず第一だと考えています。

―具体的にそういった職員の方の意識を変えていくためには、どうすることが必要ですか?

たとえば渋谷区のLGBT支援のシンボルである「レインボー・アイリス」(区の花のマークをLGBTプライドを表す6色のレインボーで彩ったもの)をあしらったバッジを職員向けに配布しています。このバッジには、リーフレットも添付していまして「LGBTって何?」という基本的な知識に始まり「実際の困りごとってこういうことがあるんだよ」といった説明も盛り込んでいます。

もちろんそれ以外にも職員に対する研修をしたり、今後は各担当部署に直接ヒアリングをしながら改善の糸口を一つ一つ探る、といった内部的コラボも積極的に進めていく予定です。当事者の人でないとなかなか答えづらい質問だけど、外部の人には失礼かどうか気にしてしまうことを聞いてくれるのでは?と思っています。

―今後は、どのような取り組みをしていく考えですか?

見えないものを可視化して街の空気を変えていくという意味では、アライ(英語のアライアンスの元になる言葉。支援者の意味)をどう可視化していくか、です。個人だけでなく企業や事業所も含めてアライになりうる思っています。たとえば、同性カップルが2人でお部屋借りたいと思った時に、どこの会社がフレンドリーな対応してくれるのかというのは、見えないんですよね。

なので、LGBTフレンドリーでありたいと思っている事業者や企業をできるだけ可視化していく。まずは「ウェルカム」という姿勢が伝わることが大事だと思います。現在の状況下では、当事者の方とアライの方の交流が密接ではありません。アライが可視化され、コミュニケーションが活発化することによって、より大きなムーブメントになっていくんじゃないかなと思っています。

■永田龍太郎さんのプロフィール

1975年、福岡県生まれ。東大教養学部卒業後、広告代理店の東急エージェンシーに就職。2002年にルイ・ヴィトン日本法人のPR担当を経て、2007年にGap日本法人に入社。ゲイであることをカミングアウトした上で、同社のLGBT事業を牽引する。2016年9月に退職、3年間の任期で渋谷区男女平等・ダイバーシティ推進担当課長に就任した。

 

【※】永田さんが、自身の半生を振り返るインタビュー後編を1月3日に掲載しました。