役者歴20年。松田龍平は、ずっと「現在進行形」で走ってきた。そしてこれからも。

映画『泣き虫しょったんの奇跡』で、実在するプロ棋士を演じる。
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Kaori Nishida

15歳の時、巨匠・大島渚監督の遺作『御法度』で俳優デビューしてから20年が経った。

シリアスな役から、ちょっとうだつの上がらない役まで幅広く演じ、日本映画界の中心的存在の1人となった俳優、松田龍平さん。9月7日(金)、主演映画『泣き虫しょったんの奇跡』が公開される。

この作品は、松田さんにとって「役者という仕事を振り返るきっかけ」になったという。そして、撮影現場は「つらかった」と本音も漏らした。

いつも飄々としていて、"軽やか"に生きているように見えるのに?「つらい」という言葉に込められた真意とは?ハフポスト日本版が、松田さんの仕事観についてインタビューした。

松田さんは同作で、実在するプロ棋士、瀬川晶司五段を演じた。

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瀬川晶司五段を演じた松田龍平さん。
(C)2018『泣き虫しょったんの奇跡』製作委員会 (C)瀬川晶司/講談社

瀬川五段は、将棋界の掟を史上初めて覆した先駆者だ。

プロ棋士を養成する機関・新進棋士奨励会には、「26歳までに四段に昇格できなかった場合は退会」という厳しいルールがある。子どもの頃から将棋一筋だった瀬川五段は、この「26歳の壁」を乗り越えることができず、一度は将棋とさよならした。

その後はサラリーマンの道を歩むが、将棋にかける情熱は消えなかった。アマチュアとして活躍し、何人ものプロ棋士に勝利を挙げ、異例とも言えるプロへの編入試験を受けるチャンスが与えられた。

そして、35歳の夏、瀬川さんはサラリーマンからプロ棋士になった。

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2005年11月06日。プロ編入試験6番勝負の第5局が行われ、合格の条件とされた3勝目をあげて、瀬川晶司さんはプロ入りを決めた。
時事通信社

「役者の世界には、将棋界のように年齢制限はないんですが、僕自身が今、当時の瀬川さんと同じ35歳で、15歳のころから役者をやってきています」

瀬川五段の生き様を演じた松田さんは、そう振り返る。

「だからこそ、瀬川さんの半生を、役者として生きてきた自分に重ねる気持ちになりました。瀬川さんは本当にすごいことを成し遂げた方です。プロ棋士を目指しながら大学に通って、サラリーマンを経て、アマチュアからプロの世界に入って。かっこいいですよね」

伝説の人の半生を演じることで、図らずも自分自身のキャリアを突きつけられたという。それが「(この作品を演じるのが)つらかった」という言葉につながった。

「ずっと役者をやってきましたが、この役を通して、もしかしたら何かいろいろやってこなかったことがあるんじゃないか。人として抜け落ちてる何かがあるんじゃないか、と、今更考えても仕方ないことを考えたりもしましたね」

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Kaori Nishida

しかし、ただ「つらい」だけではない。撮影を通して、「瀬川さんの人生と生き様に大きく背中を押される気がした」と松田さんは話す。

「重要なのは、どれだけ本気で35年やってきたのか、ということですよね。自分自身は、ちゃんと本気でやってこられたか100%自信がない部分もあるけれど。でもとにかく、ちゃんとやってきたんだっていう揺るがない自信があれば、今後役者を続けるとしても、他のことをやるにしても、いくらでも応用が効くと思う。経験をちゃんと生かしていけると思います」

将棋は、将棋盤を挟んで相手とじっと向かい合い、誰に相談することもなく、1人で戦い抜く孤独なスポーツだ。将棋盤の前では一人きり。

しかし、その背中は、実はたくさんの人の人生を背負っている。同作ではそんなプロ棋士たちを支える家族や将棋仲間、友人との交流も描かれており、プロ棋士という職業の奥深さをうかがい知ることができる。

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(C)2018『泣き虫しょったんの奇跡』製作委員会 (C)瀬川晶司/講談社

松田さんの役者人生もまた、日本の映画界を担うような、才ある人との繋がりや縁に満ちている。

『泣き虫しょったんの奇跡』では、豊田利晃監督と"再タッグ"を組んだ。豊田監督本格的なタッグを組んだのは、思春期の青年たちの行き場のない葛藤や暴力性を描いたことで高い評価を得た映画、『青い春』以来16年ぶりだ。

そして、プライベートでも親交の深いRADWIMPSのボーカル、野田洋次郎さんとも初共演を果たした。

「日本の映画界全体を盛り上げたいとか、そんな大それたことは考えていないんですが・・・。ただ、一緒に仕事をする人たちとおもしろいことをやりたい、盛り上げていきたいとは思っています」

そのためにも、僕は何のために、そして誰のために芝居をしているのか。これをはっきりさせる生き方をした方がいいかもしれない。それが曖昧だと苦しいし、おもしろくもない。今の僕がはっきりできているかと言われたら、わからないんですが(笑)」

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野田洋次郎さん(左)は、瀬川五段の幼馴染役。
(C)2018『泣き虫しょったんの奇跡』製作委員会 (C)瀬川晶司/講談社

瀬川五段の半生に自身の役者人生を重ね、ひたすら走り続けた20年を、立ち止まって振り返ったという松田さん。

平均寿命も延びて、"人生100年時代"とも言われるこの時代に、この先の役者人生をどう考えているのか?

そう聞くと、「先のことはあまり考えないです」と淡々とした答えが帰ってきた。

「『将来こうなりたい』というイメージがあったとしても、いま思い描いたものが、そのまま形になるわけでもない。だから、僕は、その時その時で軌道修正できればいいな、と思います」

「そもそも、誰かにとって幸せな生き方があったとしても、僕自身が同じようなことをして幸せになるかと言ったら、わからない。だから人と比べても仕方ない」

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西田香織 / Kaori Nishida

芯の通ったスタンスを語りつつも、「僕がそれをできているかはわからないけど」と、やっぱり謙虚な一言も忘れない。

例えばですけど、野菜や果物を自家栽培している方を見ると、『やってみたいなぁ』と思ったりしますよね。けれど、実際にやったら絶対に大変なんです。中途半端に人の真似をしても、きっと続かない。すべては、まず自分でやってみて、その困難さを乗り越えるぐらいまで本気になれるか見極める。それぐらいおもしろいものがあったら最高ですよね」

大風呂敷を広げて業界を語ることもしなければ、ドヤ顔もしない。ずっと第一線で活躍し続けているのに、いつも自分の中で、「なぜ演じるのか」の答えを探している。現在進行形で進化し続ける役者、松田龍平さんの姿がそこにあった。

映画『泣き虫しょったんの奇跡』

2018年9月7日(金)より全国ロードショー

監督・脚本:豊田利晃(『青い春』『クローズEXPLODE』) 原作:瀬川晶司「泣き虫しょったんの奇跡」(講談社文庫刊) 

出演:松田龍平、野田洋次郎、永山絢斗、染谷将太、渋川清彦、駒木根隆介、新井浩文、早乙女太一、妻夫木聡、松たか子、美保純、イッセー尾形、小林薫、國村隼

(撮影:西田香織)