名優モーガン・フリーマン氏が、ロシアからの炎上の標的にされた理由とは?

原因は、トランプ政権の"ロシア疑惑"究明を呼びかけた2分間の動画だ。

ハリウッドの名優、モーガン・フリーマン氏が、ロシアメディアやソーシャルメディアでの攻撃にさらされている。

原因は、トランプ政権の"ロシア疑惑"究明を呼びかけた2分間の動画だ。

「我々は(ロシアとの)戦争状態にある」との呼びかけに、ロシアのメディア、ソーシャルメディアのアカウントが一斉に反応したようだ。

専門家らは、ツイッターアカウントの中にはフォロワーがほどんどいないものもあり、テンプレートをコピーしただけの投稿が複数のプラットフォームに発信されているとして、組織的な"動員"の可能性を指摘する。

●2分6秒の動画

発火点になったのは、9月18日付でユーチューブに投稿された1本の動画だ

2分6秒にわたる動画に登場するのは、「ミリオンダラー・ベイビー」(2004年)でアカデミー助演男優賞も受賞したフリーマン氏。

我々は攻撃を受けてきた。戦争状態にあるのだ。

カメラに向かって、フリーマン氏はそう語り始める。

こんな映画のシナリオを想像してみてほしい。ある元KGBのスパイが母国の崩壊に怒りを燃やし、復讐を計画。ソ連崩壊後のロシアの混乱に乗じて出世の道を上り詰め、大統領の座を手にする。彼は専制体制を築き上げた後、その宿敵に狙いを定める。アメリカ合衆国だ。まさにKGBスパイのごとく、彼はひそかにサイバー戦争を仕掛け、世界中の民主主義国を攻撃する。ソーシャルメディアを使って、プロパガンダや偽情報を拡散させ、メディアや政治のプロセス、それに隣人までもが信頼できないのだ、と民主主義社会の人々に思い込ませようとする。そして彼は勝利をおさめる。ウラジミール・プーチンこそが、そのスパイだ。これは、映画のシナリオではないのだ。

サイバー攻撃やフェイクニュースの拡散によって、ロシア政府が米大統領選に介入し、トランプ氏当選を後押ししたとされる"ロシア疑惑"。フリーマン氏のはその解明を求める。

米国大統領は直接、我々に説明をする必要があるし、真実を語るべきだ。大統領執務室の机に座り、こう語るのだ。「米国民の皆さん、昨年の大統領選において、我々はロシア政府による攻撃を受けました。私は議会と情報機関に対し、徹底した調査を行い、詳細に実態を解明するため、あらゆる手を尽くすよう求めました」

まさに大統領然として、そう語るフリーマン氏。

ディープ・インパクト」や「エンド・オブ・ホワイトハウス」で米大統領役も務めたその風格は、"ロシア疑惑"解明を求める動画には、ぴったりの配役だった、ということだろう。

日本時間の24日には再生回数30万回を超えている。

●「ロシア調査委員会」

この動画を投稿したのは「ロシア調査委員会」。19日付でウェブサイトを立ち上げたNPOグループだ。

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ロシア調査委員会

中心になっているのは、トランプ氏批判で知られるハリウッドの映画監督、ロブ・ライナー氏

最高の人生の見つけ方」「最高の人生のはじめ方」などの監督作にフリーマン氏が出演している間柄だ。

「ロシア調査委員会」のアドバイザリーボードには、オバマ政権の国家情報長官、ジェームズ・クラッパー氏や、保守派コメンテーターでトランプ批判派のチャーリー・サイクス氏らが名を連ね、超党派の立場を掲げている。

その名のとおり、"ロシア疑惑"解明が同委員会のスローガンだ。

フリーマン氏は、民主党支持で知られ、昨年の米大統領選・民主党全国大会のヒラリー・クリントン氏の指名受諾演説に際して流された、その半生を振り返る動画でナレーターも務めている

ただ今回の内容は、国家情報長官だったクラッパー氏が今年1月初め、国家安全保障局(NSA)、中央情報局(CIA)、連邦捜査局(FBI)の情報3機関による、米大統領選へのロシア介入に関するデータをまとめて公開した報告書で認定されていたもので、新たな事実の指摘があるわけではない。

インパクトは、フリーマン氏の世界的な知名度にあった。誰もが知るオスカー俳優が、米大統領役の風情でプーチン大統領を批判した、という構図が、ロシア側の琴線に触れたようだ。

●ロシアメディアとツイッター

この超党派NPOの動画に、ロシアメディアやツイッターは、敏感に反応した。

国営のイタルタス通信も同日付で「モーガン・フリーマン氏はロシア反対運動の飛び道具として"口車に乗せられた"、と外交筋」との記事を配信している。

RTはロシアの大統領報道官、ディミトリ・ペスコフ氏の声明として、こう伝えている。

多くのクリエイティブな人々が、物事の真相について確かな情報を知ることもなく、たやすく感情過多の犠牲となっていくものだ。

また、RTやイタルタス通信はロシア外務省報道官のマリア・ザハロヴァ氏のフェイスブックの投稿を引用している。

モーガン・フリーマン氏は口車に乗せられたのだ。コリン・パウエル氏がそうだったように。目的のためには手段を選ばない、という新たな実例だ。

イラク戦争に先立ち、当時の国務長官だったパウエル氏は2003年2月、国連安全保障理事会でイラクによる大量破壊兵器開発、所持疑惑について報告している。だが結局、イラクからは大量破壊兵器は一切発見されなかった。

ザハロヴァ氏の投稿は、この時の経緯を皮肉っているようだ。

さらにザハロヴァ氏は、"ロシア疑惑"について、こう指摘している。

最近になって、オバマ政権が秘密法廷の令状に基づき、トランプ陣営の元選対本部長、ポール・マナフォート氏を盗聴していたことが、明らかになった。盗聴活動は選挙前から、選挙後まで継続して行われていたのだ。(中略)外的要因などなしに、これは新たなウォーターゲート事件になるだろう。"外国政府の介入"騒ぎの渦中で、話は国内のセキュリティーの側面が濃くなってきたのだ。

これは、CNNが18日、匿名の情報筋の話としてスクープしたもので、オバマ政権が外国情報監視(FISA)裁判所の令状に基づき、"ロシア疑惑"の中心人物であるマナフォート氏を選挙前の2014年から選挙後の今年1月まで盗聴していた、とする内容だった。

つまり、問題の焦点はロシア政府ではない、との主張だ。

さらにRTは、「
(モーガンのウソを止めろ)」というハッシュタグを使い、ツイッターではフリーマン氏批判の声が上がっている、との記事をまとめている。

●フォロワー数とテンプレート

だがこれに対し、英国のソーシャルメディア検証専門サイト「ベリングキャット」の創設者、エリオット・ヒギンズ氏は、疑問の声を上げている

ヒギンズ氏は、RTがフォロワーのほとんどいない、つまりほぼ実態のないアカウントを引用して、記事をつくりあげているのでは、と指摘する。

実際に、ヒギンズ氏の取り上げたアカウントを含め、ごく最近開設されたものや、フォロワーがいなかったり、一桁だったりするものが散見される。

さらに英BBCは、ツイッターの書き込みに、文例のコピー、いわゆる"テンプレート"が多い、と指摘する。その内容は、下記のようなものだ。

インディアンは米国の民主主義を嫌というほど記憶している。広島、長崎、イラク、リビア、ユーゴスラビアでもそうだ。この民主主義を本当に誇れるのか?

ラジオ・フリー・ヨーロッパの取材に対し、北大西洋条約機構(NATO)戦略コミュニケーションセンターのデータアナリストで、ロシアのネットプロパガンダの専門家、ロルフ・フレッドハイム氏は、今回の「フリーマン氏炎上」が、これまでの反NATOのソーシャルメディア・キャンペーンで見られた"クラシックなパターン"だと述べている

フレッドハイム氏は、批判の拡散はツイッターだけでなく、ユーチューブやその他のソーシャルメディアでも見られると指摘。ロシア大統領報道官、ペスコフ氏の声明が20日に公開されたことをきっかけとして、クレムリン支持グループが一斉に動いたのでは、と見る。

これは極めて高度に連携しているように見える。つまり、複数のプラットフォームにまたがってほぼ同時に、同じメッセージが配信されているのだから。これは地下室のティーンエージャーが1人でできることではない。たくさんの地下室にいる大勢のティーンエージャーがやった、という可能性は残るが。だが、ずっと洗練された...例えばロシア・サンクトペテルブルクの"トロール工場"が関わっているのかもしれない。

フレッドハイム氏が「サンクトペテルブルクの"トロール工場"」というのは、フェイクニュース拡散の専門業者として知られる「インターネット・リサーチ・エージェンシー」のことだ。

米大統領選に関連して、ロシアによる1000万円分の政治広告がフェイスブックで掲載されていた、との問題が明らかになっているが、そこでも、同社の関与が指摘されている。

わずか2分の動画が立てた波紋は、大きい。

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平 和博

(2017年9月23日「新聞紙学的」より転載)