ロシア政府はウクライナ危機をめぐって同国に科された制裁への対抗措置として、欧州連合(EU)産などの食品禁輸措置を発表したが、ロシア国内の外食産業や小売りチェーンは、旧ソ連時代のような食品不足への備えに奔走している。
EUの農産品の最大の輸出先はロシアであり、今回の禁輸措置は西側の農家に打撃を与えることが主な狙いだ。しかし同時に、ロシアの消費者も割を食うことになる。フランス産のチーズや豪州産牛肉のステーキなどが、レストランのメニューから姿を消すことになるからだ。
モスクワ市内でカフェを経営するアレクセイ・パペルヌイさんは「価格は上がり、いくつかの食材は消えるだろう。生き残りに最善は尽くすが、レストランやカフェがこの状況をどう乗り切れるのか想像できない」と肩を落とした。
ロシアは制裁への対抗措置として、米国やEU、カナダ、オーストラリア、ノルウェーからの食料輸入を禁止する。パペルヌイさんはこれを「ロシア政府によるロシア人への制裁だ」と憤る。カフェで食事を取る多くの客も同様の意見だ。「まず政府関係者がベンツをあきらめて国産車に乗り始めるなら、まだ公平だったのだが」との声も聞かれた。
<すし文化は衰退か>
1991年の旧ソ連崩壊以降、石油収入などで財産を築いた同国の富裕層はこれまで、バラエティー豊かな食事を楽しんできた。特にすしの人気は高く、イタリア料理店やフランス料理店のメニューに登場することさえあった。しかし、そうした「すし文化」は衰退するかもしれない。
ロシア外食産業の一角を占め、すしレストランを全国展開するロスインターは、同社が扱う食材の50%以上は輸入に頼っていると明かした。同社は今回の禁輸措置について、政治不安の影響で景気後退(リセッション)の瀬戸際にあるロシア経済を一段と悪化させるとみている。広報担当のエレナ・マズール氏は「非常に厄介な状況だ。メニュー開発と価格の決定で仕事は山積している」と語った。
すしレストランの店舗経営者にとっては、禁輸の影響はさらに直接的だ。匿名を条件に口を開いたある経営者は「皆心配している。自分たちの仕事を失いたくない。ロシア産サーモンなど存在しない」と嘆いた。
<痛みを感じる中流層>
ロシアによる食品禁輸措置は、西側ではすでに目に見える形で影響が出ている。欧州の乳業各社は、ロシア向けのチーズとバターの生産を中止した。ノルウェー産サーモンの価格は今週10%下がるとみられる。
しかし専門家は、ロシアの消費者も家計に打撃を受ける可能性があると指摘する。格付け機関フィッチは「EUと米国からの輸入品は、徐々に他の国からの値段の高い輸入品に置き換わるだろう」と予想している。
輸入食材がなくなることに最も失望を感じるのは、もともとプーチン大統領に対する抗議デモで中心的存在だった中流層とみられる。
リスク分析会社IHSカントリーリスクの欧州部門責任者、アリサ・ロックウッド氏は「禁輸措置は都市部中流層をさらに遠ざけることになりそうだが、政府関係者はおそらく、愛国心が痛みに勝ると計算したのだろう」と語った。
世論調査ではすでに、ロシア国民の多くが西側による制裁への対抗措置を支持していることが示されている。調査機関レバダ・センターが制裁発動前に実施した調査では、国民の約76%が政府の方針に賛成だと答えていた。
ロシア中部の都市エカテリンブルクでは、国産食材を使った特別な「制裁メニュー」を掲げるレストランも登場した。そうした愛国心は、他の食の専門家たちにも広がっている。
有名レストランの店主アンドレイ・デロス氏は、現地テレビ局ドーシチに「いじめられっ子であるのを止めたことを誇りに思う。オイスターはなくなるが、何とかする」と語った。
<国産品で穴埋め>
ロシアの農家は、西側農家への打撃が自分たちの恩恵になることを願っているが、食品業界の中には、国産品だけで輸入品の穴を埋められるか懐疑的な見方もある。
農場経営会社レーニン・ステート・ファームの幹部パベル・グルジニン氏は「牛乳を生産するには、最初に牛を育てる必要がある。どんなに祈ってみたところで、乳牛を育てるには3年はかかる」と指摘。「ロシアの主な問題は、安価な輸入品があふれていることではなく、自分たち自身でほとんど作っていないことだ」と警鐘を鳴らした。
とはいえ、現在の状況を楽観視している人も多い。農場経営者のビクトル・ズベンコ氏は、自分の作物を消費者に多く売れるチャンスを歓迎している。
「こうした制裁を見込んでいたとは言えないが、望んではいた」。そう語るズベンコ氏は、ウクライナとの国境に近いロストフ州に何キロにも及ぶ広大なジャガイモ畑を所有している。[モスクワ 11日 ロイター]
(Olga Petrova記者、Alissa de Carbonnel記者 翻訳:宮井伸明 編集:伊藤典子)