9月19日、ラグビーワールドカップ2015にて、日本代表が過去ワールドカップ2回優勝経験のある南アフリカ代表に劇的勝利したのは記憶に新しい。
10月3日のサモア戦も完勝し、世界に日本の"進化"を見せつけた。
そこで今回は、エディー・ジョーンズヘッドコーチが、いかに日本代表を世界のトップチームに勝てるチームへと変貌させたのか--------。
ラグビーU20日本代表ヘッドコーチとしてエディー氏と交流もある中竹竜二氏に、エディージャパンの強さ、そして彼のコーチング術について伺った。
南アフリカ戦勝利の要因は「ゴール設定」にあった
--------改めて、今回のエディージャパンの戦いぶりはどのようにご覧になりましたか?
中竹 南アフリカ戦は良いゲームでした。
実力的に勝利したこと自体が奇跡とは思いませんが、あんなドラマチックな展開で勝てたことはすばらしかったと思います。
--------南アフリカ戦の勝利の要因は何だとお考えですか?
中竹 エディー・ジョーンズヘッドコーチ(以下エディー)が掲げる「目標設定」が非常に良かった、ということに尽きると思います。
南アフリカ戦に勝つことを目標に、メンバーもスタッフも勝ちにきていた。
実際、ラグビー関係者すら、南アフリカに対して善戦こそしたとしても、勝てるなんて思っていなかったのが本音でしょう。
しかし、エディーの「ゴールまでのプランニング力」と「目標達成へのこだわり」を体感してきた身としては、ギリギリの戦いの中で必ず勝利するだろうと思っていましたね。
すべては、南アフリカに「勝つ」ための歩み
--------今「目標設定」という言葉が出ましたが、それも含めエディーヘッドコーチのコーチングについて、詳しく教えてください
中竹 エディーは、まずゴールを明確に設定し、それを達成するためのプランニングを綿密に行います。
しっかりゴールに近づいているのかを見ていくことについては、相当こだわりを持っていました。
例えば、マッチメイクのプランニングもその一つ。
ワールドカップで南アフリカに勝つために、どういうチームとマッチメイクしたらいいかを考え、ウェールズ戦(2013年6月15日)の勝利や、マオリ・オールブラックスと接戦( 2014年11月8日)を演じたことで選手に自信を持たせたことは、彼の思惑通りでした。
他にも、ゲームそのものをどう使うかも相当考えています。
以前、連勝が続いた後にグルジア戦(2014年11月23日)で負けたことがありましたが、彼としては、グルジアはスクラムだけを取ると非常に強いチームのため、そこを強化しにいくと割り切って試合に挑んでいたんです。
当時、内情をわかっていないメディアは「格下のグルジアに負けた」というような報道をしていましたが、その時の彼に大事なことは勝利ではなかったんです。
スクラムを強化して次につなげるということに、その試合を利用したんですね。
すべてゴールを見据えてプランニングされた結果でした。
本番で力を発揮できるプランニングを徹底していた
--------エディーヘッドコーチが就任されて、劇的に変わったことはどんなところでしょうか?
中竹 圧倒的に選手の姿勢と体つきが変わりました。
選手たちに世界へ目線を向けさせ、勝つためには何が必要か、どんなフィジカルが必要で、どんな練習をすべきか、具体的にプランニングしたヘッドコーチは、エディーが初めてでしょうね。
合宿の時も、選手たちに「南アフリカに勝つ」とプレゼンテーションをし、ことあるごとにずっと言い続けていました。
練習はかなり前倒しで考えていて、半年くらい前にはゴール達成のための練習内容を考えていたように思います。
彼のすごいところは、練習を試合のあらゆる状況よりもきつい状況・最悪な状況にすることを考えてメニューを設定しているところ。
選手たちが、練習できつい状況でやってきたからこそ、本番で力を発揮できるようプランニングしていたんです。
人間はきつい時でも頑張れる自分を知っていることがメンタルの強さにつながります。
どこの国よりも練習を頑張った、そういったどこよりもこだわったことがないと組織は強くなれませんし、エディーはそれも計算したうえで練習を組んでいましたね。
中竹 意味のある練習をするには、意義のある時間にしなければいけない。
彼は練習のインテンシティ(強度)を重視していました。
ちなみにこれは試合だけではなく、彼の日常でも通じるものがありました。
例えば彼と打ち合わせをするとき、事前準備もなにもなく、いきなり打ち合わせをするとなれば、もうメッタ打ちにされるんです。
「ちょっと話そうよ」って軽く始めるようなことは絶対に許されない。
15分ほどの短いものだとしても、その打ち合わせにはどんな目的があるのか、必要な資料と共に事前にアジェンダ(議題)を提出しないと、エディーからしてみたら、その15分は時間の無駄になるわけです。
これは私からしても当たり前のことだと思いますが、日本のビジネスマンはこういった"打ち合わせのための準備"という習慣がまだ徹底できていないように思います。
選手たちのメンタルを強化したわけではない
中竹 しばしば選手たちの「メンタルの強さ」が先に取り上げられますが、それは違っていて、あくまでもゴールがあり、メンタルタフネスはそのプランニングの結果です。
こうした積み重ねが活きたのが、まさに南アフリカ戦の最後の場面ですね。
あの場面、エディーの指示は、ペナルティーゴールで同点を狙うことでした。
しかし彼らは、勝利するためにスクラムからトライを狙いにいき、逆転に成功した。
選手達自身で決断した結果であり、日本ラグビー界の中で過去も含め一番成長した場面が、あの試合、あの瞬間だったと思います。
選手を褒めて伸ばさない。とにかく現状をシビアに知らしめる
--------中竹さんはラグビーU20日本代表のヘッドコーチとして、エディー・ジョーンズ監督と関わることも多かったのでしょうか?
中竹 U20代表の育成が日本代表チームの育成にも直結しますからね。エディーも忙しい中、やり取りをしてくれていました。
U20代表チームの目標設定について打ち合わせをしていたとき、ものすごく怒られたことがあったんです。
決して低くはない現実的なラインでゴール設定していたら、エディーからは「なんでそんなに弱気なんだ?」と指摘されて。
確かその時は「大会にステイする(=最下位にならない)」というゴールを提示したのですが、それじゃあ手伝えないと。
すぐにその場で「ウェールズに勝つ」というゴールに変更しましたね(笑)。
エディーに提出した、U20代表のプランニング資料に20カ所くらいにバツがついて戻ってきたこともあります。
実際、そのエディーからの指摘のおかげでU20は勝てることができたと思っていますし、その時に彼の勝ちへの執念、プロとしてこうあるべきという姿勢を改めて感じました。
--------U20の選手のエディーに対する反応はどうですか?
中竹 選手たちは怖がっていました(笑)。
よく「褒めて伸ばす」とか「相手の気持ちを引き出す」という指導方法を耳にしますけど、エディーは逆。
本当に厳しい目で選手たちに、現状を知らしめるんですよね。
練習でもほんの少しでもプレーに甘さがでたら激怒するんです。
はじめはコーチも選手も何で怒られているのか分からなかったですね。彼とずっと一緒にいることで、私もやっと分かってきました。
中竹 彼は「アティテュード」があるかどうかをものすごく重要視しているんです。
単なる気合いだけの話ではありません。戦う姿勢と、それに伴うスキル。
選手たちのフィードバックは具体的なシーンを用いて説明しますし、先にお話ししたマッチメイクのように、強豪チームと接戦した、勝ったという事実をプランニングすることで、選手のやる気を育ててきました。
実際に代表合宿って非常にきついんです。選手たちも口を揃えて「殺されると思った」っていうほど(笑)。
でも、確実に成長できる場だと選手自身がわかっているんですよね。
彼は、ラグビーに対するリスペクトと、ラグビー選手のマインドセットを変えるのは、天才的にすばらしかった。
私自身もコーチとしてずいぶん勉強になりました。
ゴールに向かっての正しいプランニング。そして逆境の必要性
--------エディーヘッドコーチのコーチングを、私たち一般人で応用するとしたらどんなことがあるでしょうか?
中竹 ゴールに向かって、正しくプランニングできるかどうかに尽きると思います。
彼は現実をしっかり見据えているかを大事にしているので、「このままで本当にゴールを達成できるのか?」を常に考えることは大切ですね。
また、ゴール達成に向かう気持ち、姿勢も重要です。
いかにゴールへのプランニングができても、本気にさせなければ意味がないので、そのバランスがエディーは絶妙でした。
あとは、たくさん逆境を用意するということ。
日本の企業によく当てはまることは、うまくいく前提のたった1つのプランしか準備しないんです。
たくさんの逆境を準備し、先を考えて目標を設定し、そのためのプランニングをすることが大事なのです。
--------最後に、今後のエディーヘッドコーチに対して、期待することをお聞かせください。
中竹 日本代表を世界で活躍できるチームに押し上げた彼ですが、以前「やっとこの数年でコーチングが見えてきた」と言っていたことがあって(笑)。
さらに、日本代表監督に就任した2012年から見たら自分は圧倒的に進化しているし、自信はあるとも。
実際に彼ほど日々勉強をして、ハードワークをする人はなかなかいないと思います。
ラグビーワールドカップ2015大会終了後に退任が決まっていますが、新しいところで結果を出してほしいし、進化した姿をまた日本で見せてほしいと思いますね。
(2015年10月4日「QREATORS」より転載)