教育や男女平等の先進国であるフィンランド発の絵本「ルビィのぼうけん」(翔泳社)が今、世界的な人気を集めている。好奇心旺盛な女の子ルビィが、宝石集めの冒険をする絵本で、物語を通じてプログラミングの基本的な考え方にふれることができるというもの。2015年秋にフィンランドやアメリカで出版され、現在は15カ国で刊行されている。
日本でも5月に発売、1カ月経たず3刷2万部のヒット。小学校でのプログラミング教育が2020年度から必修化される見通しとなり、子どもを対象にした民間のプログラミング教室が増えるなど、プログラミング教育に対する関心が高まっていることが背景にあるようだ。
なぜ、子どもの頃からプログラミングの世界に触れた方が良いのか? なぜ、主人公は小さな女の子なのか? 「ルビィのぼうけん」の舞台裏を、翻訳者で自身もプログラマーでもある鳥井雪さんに聞いた。
■「コンピューターは21世紀に必要な基礎的教養」
「ルビィのぼうけん」の作者、リンダ・リウカスさんは、ヘルシンキ出身のプログラマーであり、イラストレーター、作家としても活躍している。13歳の時に、当時のアメリカ副大統領アル・ゴア氏に惹かれ、フィンランド語のファンサイトを作ったことがプログラミングの世界に入るきっかけだったという。
その後、大学でビジネスとデザイン、アメリカのスタンフォード大学でプロダクト・エンジニアリングを学んだリンダさん。「男の子だけではなく、もっと普通の女の子にもプログラミングに親しんでほしい」と、2010年に「レイルズガールズ」という活動を立ち上げ、世界中の女性たちがプログラミングを学ぶワークショップを展開している。「ルビイのぼうけん」を翻訳した鳥井さんも、日本で実施されているレイルズガールズに携わっている一人だ。
「21世紀の社会で生きていく上で、コンピューターに関する教養は必要だと考え、できるだけ早い段階から馴染んで欲しいという気持ちがリンダにはあったのだと思います」と鳥井さん。私たちを取り巻くものの裏側にはソフトウェアがあり、そのソフトウェアを作るのがプログラミングだ。
「この絵本を読んで、全員がプログラマーを目指して欲しいというわけではなく、コンピューターがある社会で、それとどう付き合っていくかという基礎的な教養を身につけて欲しいと思っています。そのためには、『コンピューターは分からない、自分には関係ないもの』と思わず、子どものうちから触れ合うことで、より多様性のあるプログラミングの世界を広げていくことができるのではないでしょうか」
■「失敗のパターンを見つけ、どう対処するか」
絵本の主人公ルビィは、好奇心が強く、アイデアにあふれた女の子として描かれている。たとえば、「おもちゃを片付けなさい」と言われたら、ぬいぐるみやブロックは元の位置に戻すが、お絵かき用の鉛筆は床に置いたまま。彼女は「えんぴつはおもちゃじゃないものね」といたずらっぽく笑う。これは、プログラムがきちんと動くためには、正確な指示を出さなければならないコンピューターの性質をルビィが真似している様子だ。
そんなルビィが、パパからのメッセージを受け、パパが隠したという宝石探しの冒険に出かけることになる。ルビィが最初にしたことは、宝石を見つけるための計画を立てること。「大きな問題を、実行可能な一つずつの手順に整理して取り組むことはプログラミングには必要なことです」と鳥井さんは解説する。
ルビィは計画を立てた後、冒険でさまざまなキャラクターに出会う。ロボットの家では、ロボットたちが楽しそうにお菓子を作っていた。ルビィにも喜んで、カップケーキの作り方を教えてくれる。「ロボットたちの場面では、レシピを作り、シェアして、みんなでお菓子を作っています。これは、プログラミングのオープンソースの考え方に沿っています」
前半は物語、後半は練習問題で、親子でプログラミングに親しめるような構成になっている。また、登場するキャラクターたちも、「ペンギン」が「Linux」、「雪ひょう」が「Snow Leopard」といったOSを想起させるなど、コンピューターを知っている大人にも楽しめる仕掛けだ。
絵本は、5歳以上の子どもが対象だが、プログラミング初心者の大人が読んでも、気づきが得られる。問題が発生した時、解決のためにどうしたらよいのかというヒントにもなる。
「自分の日常の中で、大きくて怖い問題を、対処可能な小さな問題に分割すること。失敗のパターンをみつけて、対応を考えてること。難しい問題にぶつかった時の考え方の筋道が見つける方法を知っておくことは、勇気にもつながります。困難を必要以上におそれずに対処する、その手助けにこの絵本がなればいいなと思っています」
■女性プログラマーを増やし、多様性のある社会へ
「ルビィのぼうけん」は元々、リンダさんがアメリカのクラウドファンディングサイトkickstarterで始めたプロジェクトだった。発表からわずか3時間で目標額の1万ドルを突破、最終的に38万ドルが集まり、出版が実現したことからも、関心の高さがうかがえる。
リンダさんが、レイルズガールズを立ち上げたり、「ルビィのぼうけん」を発表したりする目的のひとつに、ソフトウェアや社会の多様化がある。リンダさんによると、世界的に男女平等が進んでいるとされるフィンランドでも、プログラミングを専門に学んでいる女子学生は3割に過ぎないという。
2013年からレイルズガールズの活動に携わり、10年以上、女性プログラマーとして働く鳥井さんもこう指摘する。
「まず第一には、自分自身の居心地がよくなるように、というのがあります。ある業界の男女比がアンバランスであることで、男性も女性も双方が居心地の悪い思いをしてしまいます。実際、日本におけるソフトウェア業の就業者男女比は、男性が81%、女性が19%です(2010年国勢調査)。できるなら、私たちと暮らしている世界と同じぐらい、多様性が保たれる業界になってほしい。まだ女性の方がコンピューターに触れる機会が少ないです。まず、プログラミングが楽しいかどうか、判断できる機会は多い方がいいと思っています」
そうした世界への扉として、「ルビィのぼうけん」は描かれている。主人公が女の子であることは、リンダさん自身や世界中の女性プログラマーたちの姿が投影されているのかもしれない。