ロヒンギャ問題で非難も「アウンサンスーチー氏に代われる人いない」

なぜ危機拡大? 上智大・根本敬教授に聞く
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ロヒンギャ問題解決に「消極的」な姿勢だとしてアウンサンスーチー氏を批判する人たち=2017年9月8日、インドネシア・ジャカルタ
Darren Whiteside / Reuters

ミャンマー北西部ラカイン州から40万人以上のイスラム教徒ロヒンギャの人たちが隣国バングラデシュに逃れている。彼らは過酷な状況に置かれ、人道的な懸念が噴出。一方、ミャンマーの実質的政権トップであるアウンサンスーチー国家顧問の対応が消極的だとして、国際社会から強く非難されている。

こうした中、アウンサンスーチー氏は9月19日に公の場で初めて言及した。ノーベル平和賞受賞者であるアウンサンスーチーはどこへ向かうのか。この演説やロヒンギャ問題の見方について、上智大学の根本敬教授(ビルマ近現代史)に聞いた。

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インタビューに答える上智大の根本敬教授
Wataru Nakano

■アウンサンスーチー氏、国民向けに演説

―――アウンサンスーチー国家顧問のロヒンギャ問題への対応について、世界からは「対応が消極的だ」などと批判の声も上がっています。

国際社会は、1991年にノーベル平和賞を受賞したアウンサンスーチーさんの姿を思い浮かべています。それは、軍事独裁政権に対して抵抗する側の非暴力闘争のリーダーです。彼女を理想化したそのイメージと、いま事実上の政権トップである「国家顧問」の立場にいる彼女とは、イコールでつなげることができません。

アウンサンスーチーさんはこの問題に対して決して何もしていないのではありません。今回、大量の難民が出ていることの発端は、8月25日未明に武装組織「アラカンロヒンギャ救世軍」(ARSA)を自称する武装集団がミャンマー政府軍(国軍)へ襲撃したことでした。この前日の24日、(元国連事務総長の)コフィ・アナンさんが委員長を務める「ラカイン州諮問委員会」が答申を出しました。ミャンマーに住んでいるロヒンギャの人たちに制限のない国籍を与えるよう求めるものでしたが、実は、スーチーさんが以前から望んでいた内容と重なりました。

この諮問委員会は2016年8月、アウンサンスーチーさんの肝いりで結成されました。9人のメンバーの3人が外国人で、2人がムスリム(イスラム教徒)です。ロヒンギャの人は入ってないのですが、イスラムと外国からの目を意識した人員構成です。

答申は国籍法の再検討を促すほか、ロヒンギャの国内移動の自由を認めるよう求める内容でした。これらもアウンサンスーチーさんが下院議員時代にメディアに対して述べていた内容と同じで、彼女としてこの答申は追い風だったと思います。

委員会には、たっぷり1年間の調査期間を与えました。答申が8月24日に出され、世界に報道されるという25日未明に襲撃事件が起きたため、答申のニュースがかすんでしまったのです。

―――状況が深刻化するなか、アウンサンスーチー国家顧問が19日に初めてこの問題に関する公式の演説をしました。

彼女は演説で、このアナン氏の答申をしっかり尊重し、できることから着手すると強調しました。彼女の戦略は、答申に基づいて本来自分が実現させたいロヒンギャ問題解決策を、軍と世論に働きかけていくことです。

隣国のバングラデシュに40万人を超える多くのロヒンギャの人たちが逃れ、難民となっています。ミャンマー政府は難民引き取りを先送りすると思っていましたが、アウンサンスーチーさんは演説で、できるだけ早く難民の帰還に取り組むと述べました。

今回の難民流出は、1978年と92年に次ぐ3回目の大規模なものです。91、92年には20万から25万人が流出しました。当時のバングラデシュ政府とミャンマー軍政との間で交わされた協定書には、バングラデシュの難民キャンプにいる人たちの中でミャンマーの市民権を持っている人たちについてはミャンマーが受け入れると書かれています。

建前上、ミャンマー政府の見解では「ロヒンギャ」という人々は存在せず、ロヒンギャの人たちは国籍を持っていないことになっていますが、この協定書により93年、難民の8割が帰ってきました。その数は約16万人。ミャンマー政府は「ロヒンギャ」という名前は使わず「ベンガルからの不法移民」と呼んでいますが、彼らの中にも市民権を持っている住民がいたということです。

アウンサンスーチーさんも演説中「ロヒンギャ」という呼称はけっして使いませんでしたが、この協定の精神に戻ると言っています。精査した上で、継続してミャンマーに住んでいることがはっきりすれば国籍を与えるという内容で、答申と同じ方向です。演説はビルマ語ではなく英語でなされ、難民の帰還にいち早く取り組みますと強調して国際社会の非難を抑えることが一番の目的だったと見ています。ただし「ロヒンギャ」という名乗りを認めたうえで国籍を付与するのかどうかは明らかではなく、そこに大きな問題が残されているといえます。

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ミャンマーから海路バングラデシュに逃れてきたロヒンギャ難民=2017年9月7日
Danish Siddiqui / Reuters

■政府はロヒンギャから国籍を剥奪

―――どのくらいの数のロヒンギャの人たちが命を落としているのでしょうか。

2016年10月、アラカンロヒンギャ救世軍(ARSA)の国境警備隊襲撃事件が起きたことから軍は掃討作戦を始め、ARSAの兵士は蜂の巣のように銃弾を受け、殺された数は400人から500人とされています。一方の政府軍の犠牲者は10人程度です。さらに人権団体の推計では、軍や警察による行き過ぎの捜査や乱暴狼藉により、数千人の女性や子供など兵士以外の住民が犠牲になったとみなされています。

―――ロヒンギャの人たちの国籍についてもう少し教えてください。

ミャンマー政府はロヒンギャから国籍を剥奪しています。ただし実際にはグレーゾーンがあり、「ロヒンギャ」ではなく、「インド系の末裔」などと名乗って国籍を取った人もいます。現場の担当官に賄賂を渡せば可能だったという一面があるのでしょう。

ロヒンギャの起源はインドのベンガル地方ですが、大きく分けて15世紀から18世紀に入ってきた人、またイギリスの植民地だった19世紀に大量に移民してきた人、そして第二次世界大戦後の混乱期に来た人たちに分けられます。

ミャンマーの国籍は三つに分類されます。もともと住んでいたとされる人は「正規国民」ですが、19世紀前半以降に入国してきたインド系や中国系は「準国民」や「帰化国民」としての地位しか与えず、差別化しています。アウンサンスーチーさんはそれを1本するべきだと考えていますが、今はそこまでは一気に持って行けません。彼女は今回、難民がバングラデシュから帰還する際に精査すると言っていますが、国籍を与えると明言したわけではありません。ただ、その方向で考えているというレベルだといえます。

2012年にはロヒンギャが多く住むラカイン州シットウェーで、多数派の仏教徒ラカイン人との間で暴動に巻き込まれ、政府によってゲットーのような場所に追い込まれて不自由な生活を強いられることになりました。またミャンマー政府は、(スーチー政権の前の)テインセイン大統領の時代にロヒンギャを追い詰める形となり、15年の総選挙では、ロヒンギャから参政権を剝奪しました。ロヒンギャという名乗りは禁じられたものの、かつてはラカイン州北西部から2人から4人の議員が当選していました。

ロヒンギャは、ミャンマー国内に100万人から110万人いると推計されています。ちなみに、日本にも200人以上が暮らしています。

―――ロヒンギャの人たちは、他のミャンマー人からどうしてそんなに距離を置かれているんでしょうか。

ロヒンギャはインドのベンガル地方、今のバングラデシュを起源とする人々で、一番保守的なイスラム信仰者です。人種的には、一般のミャンマー人と比べて肌の色が黒くて顔の堀が深い「ベンガル」の顔だと指摘され、さらに、ロヒンギャ語と称するベンガル語の方言の一つを使い、ミャンマー語を話しても訛りがあることを理由に、軍や仏教徒が多数を占める世論は、ロヒンギャを民族ではなく、外国人の不法移民集団とみなしています。

一方のバングラデシュも、ロヒンギャを「異国の人」扱いして存在を認めず、冷たい扱いをしています。

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演説するアウンサンスーチー国家顧問= 2017年9月19日
Soe Zeya Tun / Reuters

■アウンサンスーチー氏は軍を説得していくしかない

―――アウンサンスーチー氏は国家顧問ではあるものの、憲法は軍(国防)と警察(国内治安)と国境問題に対する指揮権がないと定めています。演説内容を実現させるのは簡単ではないと思います。

アウンサンスーチーさんとしては、軍の説得も大変ですが、同じように世論をどう納得させるかという問題にもぶつかります。ロヒンギャが外国からの不法移民で、さらに現在は武器を手にとってテロをしているという軍の意向は、現時点の国内世論と一致しています。

軍が警察と一緒になってロヒンギャに対してやり過ぎの捜査をし、正体不明の民兵まで加わって住民に対して乱暴狼藉をし、家を燃やすことさえしています。指導者なら普通、たとえ自分に軍や警察をコントロールする権限がなくても「やめなさい」とか「国際社会がこれだけ怒っているのだから、もっと冷静に捜査しなさい」とアドバイスするのが普通だと思います。

しかし今、国内世論が彼女の支持基盤を含め「反ロヒンギャ」で凝り固まっているため、そのことを言いにくい現実があります。相当に慎重な対応を迫られているということです。

ロヒンギャ問題は根深くて、アウンサンスーチー国家顧問が言うように、発足から1年6カ月に過ぎない現在の政府がすぐに解決できるような問題ではありません。アウンサンスーチーさんの演説は、軍と世論という「壁」を意識した上での最大限の主張だったのではないでしょうか。おそらく軍はこの国家顧問の演説を快く思っていないでしょうし、世論も拍手はしていないように映ります。

―――軍や警察をコントロールできない状況で、アウンサンスーチーさんはどう取り組んでいくのですか。

確かに権限はありませんが、意見を言うことはできます。ただし意見を言うとしても、軍のメンツを潰すことはできず、アナン氏の答申を尊重する姿勢を軸にして、説得していくしかありません。

アウンサンスーチーさんは軍の権限の強い現行憲法を改正したいのですが、憲法上の改正ハードルがあまりにも高いので、議会の力だけで改憲発議はできません。アウンサンスーチーさんとしては、軍に憲法改正の必要性と意義を納得させるためにも敵対を避け、信頼関係を深めていかないといけないという事情があります。ですから、残念なことですが、軍によるロヒンギャ住民に対する行き過ぎの捜査について、上官の責任を追及するところまでは持っていけないのではないかと思います。

ただ、現実を見る限り、ミャンマーでは当面アウンサンスーチーさんが国家顧問で居続けないと、国内世論はロヒンギャ対してより冷たい態度をとるようになり、軍がいっそう幅を利かせて、事態を一層悪化させる可能性が高いといえます。彼女の代わりになれる人は現在のミャンマーには存在せず、アウンサンスーチーさんに対する批判だけでは問題は解決しません。

―――国際社会が今、やるべきことは何でしょうか。

まずは難民を保護しないといけません。食糧と薬、キャンプ設営を支え、なにより人材を送らないといけないのですが、貧困国のバングラデシュには限界があります。日本政府は緊急の資金援助をしますが、さらにNGOをまとめたり、医師免許を持った公務員を送ったりすべきでしょう。

国際社会が協力して難民の保護と安全な帰還を支援することが短期的課題だとしたら、中長期的課題としては、ミャンマー政府がコフィ・アナン氏の委員会の答申に取り組めるよう、バックアップすることだと思います。茨の道ですが、現段階ではこれしか道はありません。

根本敬(ねもと・けい) 1957年生まれ。東京外国語大教授などを経て2007年から上智大学総合グローバル学部教授。専門はビルマ近現代史。著書に「抵抗と協力のはざま――近代ビルマ史のなかのイギリスと日本」(岩波書店 2010年)、「物語 ビルマの歴史-王朝時代から現代まで」(中公新書 2014年)、「アウンサンスーチーのビルマ―民主化と国民和解への道」(岩波書店 2015年)など。

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