インタビューに答えるロバート・キャンベルさん=東京・青山
暴言で知られる不動産王、ドナルド・トランプ氏がアメリカ大統領選で勝利したことで、アメリカ社会の亀裂が深まることが心配されている。ニューヨークやロサンゼルスなどアメリカの主要都市では反トランプ氏のデモが続いている。
そんな状況のなか、「超大国」アメリカはどこへ向かうのか、日本はどう付き合ったらいいのか。ニューヨーク出身の日本文学研究者、ロバート・キャンベル東京大大学院教授がハフポスト日本版のインタビューに応じ、トランプ氏を支持した人たちについて「古き強きアメリカに戻りたいとは幻想。そうはならないと思います」と語った。
ロバート・キャンベル(Robert Campbell)1957年、ニューヨーク生まれ。カリフォルニア大学バークレー校卒、ハーバード大学大学院博士課程修了。1985年に九州大学研究生として来日し、2007年から東京大学大学院教授。近世・近代日本文学が専門。『読むことの力』(講談社)、『Jブンガク』(東京大学出版会)など編著。日本テレビ系「スッキリ!!」のコメンテーターをつとめ、クイズ系バラエティー番組でも博識を発揮している。
■「LGBTの人たちが勝ち取った権利が巻き戻される可能性もあります」
――トランプ氏が当選確実との結果が出た時、どう感じましたか。
驚きましたね。どこかで自制が効くんじゃないかと思っていたので。
アメリカ経済は、2008年のリーマンショックの状況からかなり復興・復活しましたが、そこから完全に取り残された人たちの欲求不満や憤りは、私も理解できる気がします。ただ、例えば、メキシコからの不法移民には税金を払っている人たちがたくさんいますし、大半が働いています。不法移民の犯罪の発生率は、アメリカで生まれ育った人たちと比べても低いんです。そういった実態を見据える冷静さや良識を、私は期待していたんですが。
もう一つ、大手メディアや都会に住むエリート、そしてグローバル経済に乗っかって順調に生きている人たちは、そういった取り残された人たちに目を向けてこなかったということも事実です。その点、改善や反省するべき点は大いにあったと思います。
相対的、複眼的に見て、アメリカそして世界にとってリーダーによりふさわしい人が選ばれなかったことに、私は深く失望しています。トランプ氏は、内政・外交の知識や、一つの国を率いるリーダーの資質を持ち合わせていないのです。かなり幻滅しています。
トランプ氏が選挙戦中に提示した解決策は、ほとんど無内容です。スローガンや誹謗を積み上げていくことで、人々を焚きつけました。でも夢が覚めて、どういう政権を進めるのか。選挙期間中、アメリカの製造業を再び元気付ける、石炭、化石燃料を見直すと言ってきました。「温暖化は中国の陰謀だ」とも主張してきました。その彼の主張を支持した人たちにとって手ごたえや実感を与えるためにどういう手を打つのか、まったくの未知数です。トランプ氏は、いままでそういったことを深く考え、実践してきたという形跡がまったくありません。極めて雲行きが暗いと思っています。
――どんなことが起きそうですか。
トランプ政権の中心になる人たちはどういう人たちなのか。トランプ氏はこれまで家族しか頼りにして来ませんでしたし、ブレーンとされるクリスティー(ニュージャージー州知事)やジュリアーニ(元ニューヨーク市長)も、共和党の中では極めて「色もの」です。大統領に就任する来年1月までに基本的な方針を打ち出せないと、そこに空白が生まれます。日本から見れば中国・北朝鮮、またヨーロッパから見ればロシアなどが利益を求めて力によって動きやすい状況が作られてしまいます。また、金融面では日本からすると円高になるでしょう。株価は上がりましたが、失敗すると悪い循環になることが想定できます。
最高裁判事も任期の4年の間に次々と替えられ、そうすると人工中絶の権利について判例がひっくり返ることも考えられます。LGBTの人たちが勝ち取った当たり前の権利も巻き戻される可能性もあります。公約としていた1100万人の不法移民の強制送還について実現は無理でしょうけれども、その公約が生きたまま当選したので、大きな混乱をきたすわけです。アメリカの市民生活が不安なものになるでしょう。
――明るい点は見いだせないですか。
なかなかないですね。これまでの右と左というか、保守と革新の違いが完全に塗り替えられたと思います。共和党はずっと積極的な自由貿易を主張してきていたし、移民については民主党の方が懐疑的で規制するべきだとする一方、共和党は安定した労働の供給のためとして移民を支えてきましたが、それが逆転する形になりました。また共和党は「強いアメリカ」として外交上のリーダーシップを打ち出していく姿勢でしたが、それもひっくり返されました。
候補とした共和党の支持者たちは、今は当選を喜んでいますが、選んだ責任はもちろん彼らにあります。トランプ氏を毛嫌いしない従来の共和党員はほとんどいませんよ。とてもシニカルな地盤上での当選です。
一方、クリントン陣営が90年代から作り上げてきたビジョンと、そこにいる人たちは一掃されます。クリントン氏らが進めてきた競争原理を活かしながら社会保障を厚くするという中間・中流の穏当な勢力は減退し、民主党は先鋭化するのではないでしょうか。その結果、国内の対立は深まると思います。
11月13日、トランプ次期米大統領は、政権の要職である首席大統領補佐官にプリーバス共和党全国委員長(右)を起用する人事を発表した。ニューヨークで9日撮影
■「古き強きアメリカに戻りたいとの思い。私は、それは幻想だと思う」
――今回、大接戦になったことで、アメリカ社会の亀裂が深まったことが心配されています。
どっちが勝ってもその対立の図が解消されることはなかったでしょう。むしろヒラリーが勝った方が、結果を受け入れない人たちが多かったのではないでしょうか。溝をどう埋めるのかについては、確かに先が見えないですね。
もう一つ、海外への波及は大きいと思います。ハンガリーやポーランドなどは排外主義的な動きが強まっています。世界各地で、国際的秩序に寄り添うことから、地域のマジョリティーを占めている人たちが自分たちの国益を求めて強硬な主張をする動きにシフトしていることが目につきます。来年のフランスの大統領選でも、(極右政党「国民戦線」の)マリーヌ・ルペン党首が票を伸ばすでしょう。オランダもドイツも総選挙を控えていますが、それぞれにある極右政党は勢いづいています。
――「クリントン氏には投票したくない」という消去法が強かったのでしょうか。
私の両親はペンシルベニア州に住んでいたことがあり、投票登録はペンシルバニアでしていますが、州内のフィラデルフィアやピッツバーグといった大きな都市では、新しい経済、IT産業、サービス業などで成功しています。一方、いわゆるラストベルト(五大湖周辺で鉄鋼業など産業がさびついた工業地帯)は、リーマンショックから立ち直るどころか、収入も人口も減り、健康被害もあり、絶望的な状況で生きている人たちが多いです。
また、私はこれには共感できないのですが、文化的に相対主義というか、従来の、特にキリスト教のエバンジェリスト(新教伝道者)の社会や世界をめぐる主張が年々減退していることを、受け入れることができない人々がいます。家族の形や医療に対する基本的な権利をめぐる思想と年々、戦い続けてきたそういう人たちが、トランプ氏を支持してきた。私の中では、アメリカのカルチャーから見放されてしまった人々なのですが、そういったアメリカの豊かさの一面を作ってきた人たちとの対話を重視するべきだと思います。
一方でそういった人たちは、宗教的な理由もあり、カルチャーそのものを巻き戻したい、古き強きアメリカに戻りたいと思っています。私は、それは幻想で、そうはならないと思います。ただ、トランプ支持者にも良識ある人は大勢います。クリントン氏が代表する実績や世界観に嫌悪感を持っている人もいるし、とにかく仕事を作ってくれる人に1票入れるという立場はわかります。
都市部にいる高等教育を受けている人たちやマイノリティーの人たちと、主に地方で生きて深い怒りを抱いているナショナリスティックな人たちとの対立が決定的になりましたね。
インタビューに答えるロバート・キャンベルさん=東京・青山
■「トランプ氏は、まだ日本と中国をごちゃ混ぜに認識しているようです」
――アメリカでは歴史上でも大きな出来事になりますよね。
そうですね。そこは現実を見据えないといけません。トランプ氏は国家予算、軍事、外交、それが全て書き換えられる権力を手に入れたんです。鮮明な違いへの選択がなされた中、どう牽制して補っていくのか。それには政治、投票、そして言論を使い、学びながら一緒に話し合っていかないといけません。
また政治とは別に、民間として何ができるのか。アメリカの国リスクが増え、アメリカへの投資に慎重になる国や企業も出てくると思います。トランプ支持者は経済面を最も期待していると思うので、そこが半年・1年で思うように進まないときどう軌道修正できるのか。国内からできないなら、外からどう力を働かせるのか。
もう一つ言いたいのは、失われた機会です。クリントン氏には政治家としての欠点はあると思うのですが、オバマ大統領が実現した様々な政策、発想の転換、そういったものはクリントン政権誕生で継承されるはずでしたが、断ち切れることになります。クリントン氏自身が打ち出していた、教育やオバマケア(医療保険制度改革)の改善策といった魅力的な政策を実施する機会が奪われました。オバマケアは恐らく骨抜きになります。そうなると、何千万人という保険がかけられなかった人たちが社会の網から再び抜けていきます。経済が強くなれば底が上げられるというのは都市伝説です。経済と政治の実行で、そういった人たちをどう救っていくのか見出せないですね。
――トランプ氏は選挙期間中、日本の核武装容認やアメリカ軍駐留経費の全額負担など物議を醸す発言をしました。日本人はどう付き合ったらいいですか。
日本は、地政学的にまた貿易面で、アメリカにとって重要なパートナーだと、客観的な数字を出して、言い続けないといけないでしょう。トランプ氏は、まだ日本と中国をほとんどごちゃ混ぜに認識しているようです。日本は媚びずに、防衛・外交上、経済上、そして民主主義の価値を共有する国として協調して協力していると伝え、その結果、アメリカが安定と豊かさを得ていると、ボリュームを上げて展開しないといけないんです。
――トランプ氏は、外交に目を向けるより内向きになるような感じもします。
外交に関心もないし、社交性もないですね。ニューヨークで成功しているにもかかわらず、ニューヨークの財界や政界、社交界ではプレゼンスはほぼゼロです。ボランティアや寄付をすることはまったくありません。1980年代から見ていたのでよく知っています。法律、法治ギリギリのところで取引し、批判されたら倍返しをする暴力的な面があります。一つ一つの取引をする人で、達観した大きなビジョンを持ち合わせていません。最も心配していることです。
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