香山リカさん「リベラルはなりふり構わずやった方がいい」(衆院選2017)

「主権がどこにあるのか」が争点
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インタビューに答える香山リカさん=東京都渋谷区
wataru nakano

衆院選の投開票日である10月22日が目前に迫ってきた。自民党の優勢が伝えられる中、リベラル勢力はどうあるべきなのか。ハフポスト日本版は、リベラルの立場から安倍政権を批判してきた精神科医で立教大学教授の香山リカさんに考えを聞いた。

■「安倍政権打倒」の一点で希望の党を当初は期待

——ここまでの選挙戦をどう見ていますか。

これまでの時点では、「安倍首相にしてやられた」という形になっていると感じています。一方、肯定的に捉えられるような変化も色々とありました。

——公示前までは、政界再編劇で政局がかなり動きました。

今になると、とても昔のことのようですね。もし臨時国会で冒頭解散するのではなく、野党側から森友・加計学園の問題への追求が行われれば、内閣支持率に影響していたんじゃないでしょうか。そうすれば、自民党内で「安倍降ろし」のような動きが出たかもしれません。

「希望の党」ができた瞬間は、「安倍政権打倒」の一点において様々な勢力が一緒になり、安倍政権をとりあえず終わらせるという機運が現実化したような気がしたんです。しかしそれも、1日くらいの間でしたが。

——希望の党は保守系の小池百合子・東京都知事が率いることになりましたが、疑問はなかったのでしょうか。

小池さんは、9月1日の関東大震災での朝鮮人虐殺の慰霊式への追悼文を送ることを取りやめました。あの時、いわゆる極右勢力の人たちが「虐殺自体が事実ではない」と言い出したので、私たちは作家の人たちとともに抗議文を送りました。このように、小池さんのやり方に対してこれまで支持したり肯定的だったりしたことはないです。

小池さんは、とにかく一度、総理という権力の座につきたいんだろうなと思っていたので、逆にだから期待したということでしょう。つまり、もしかしたら排外主義的な考えがあるのかもしれないけれど、総理になるためにはなんでもするかもしれないと。

そこが弱点でもあるんですが、確固としたものがなく、いわゆるポピュリストで大勢に合わせます。「日本新党」の時にはそうだったこともあり、そう感じたんです。

もう一つ期待したのは、(元首相の)細川護煕さんが小池さんの後ろ盾となって指導をしている限りは大丈夫だろうと思ったことです。私は、細川さんや(元首相の)小泉純一郎さんたちと一緒に脱原発の活動をしてきました。細川さんから話を聞くと、彼はとてもリベラルな人なんです。だから、「反安倍色」を強めるために小池さんがリベラル的な振る舞いをするんであれば、私も騙されたふりをしようと一瞬、思ったんです。

希望の党は右寄りの人もいるけれど、本当にリベラルな人も入れて寄り合い所帯の色を強めるのかと期待し、「きっとこれはいいことに違いない」と思っていたんです。今思うと愚かなことでした。

——リベラルな人の中には、最初から反発する人もいたんでしょうか。

ええ。でも、そんなこと言ってちゃ、いつまでたっても「安倍打倒」にならない。だからこの際、毒を飲むことも必要じゃないかとか、細川さんがいるからきっと大丈夫だとか、無理やり楽観的に考えていたんですよ。

そしたら、民進党が希望の党に合流する話になりました。その時点でも、逆にすごい、本気なんだ、と思いました。これは乗るしかないんじゃないかと。

でも、小池さんは民進党の全員を受け入れるのかどうかなかなかはっきりさせず、しまいには、民進党出身者を公認するにあたり政策や理念が合わなければ「排除する」とまで言いました。私の周りからも、不安の声が出てきました。

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立憲民主党の枝野幸男代表=2017年10月
Issei Kato / Reuters

■立憲民主党は潔癖症になり過ぎないか心配

——そんな中、枝野幸男さんがリベラルな「立憲民主党」を立ち上げました。メディアの世論調査をみると、これまで健闘しているようです。

Twitterのフォロワーが短期間で自民党を抜いて最多となったりして、党の誕生に歓迎ムードでした。ただし、ネット上での評判と実際の投票行動って、これまでだとおおよそかけ離れていましたよね。例えば、2014年の都知事選で(元航空幕僚長)田母神俊雄さんがネット上ではとても人気がありましたが、蓋を開けてみると4位に終わりました。

ネットの動向はあまり目安にならないんじゃないかと思っていたんですけど、今回、立憲民主党は世論調査でも支持率が高い。でも冷静に見ると、結局は自民が最も優位に立っているんですよ。だから、嬉しいとは言い難い状況です。

——リベラル勢力としては、立憲民主党という形ができたことで、わかりやすくスッキリしたという面はあるのでしょうか。

どうなのかな。地方を見ると、野党共闘を呼びかけてきた市民連合(安保法制の廃止と立憲主義の回復を求める市民連合)がこれまで支援してきた人が、急に希望の党から出馬することになって、市民連合の人たちがどうしようか迷っているとも聞きます。ほとんどの地域では、希望の党の候補者を応援しないことになりました。でも、市民連合がこれまでその候補者を野党共闘の候補者として支援してきたケースもあるんです。各地で細かい亀裂は生まれているともいます。

それに、今度は立憲民主党になって逆に潔癖症になり過ぎないかと心配しています。党の議員も支援者も、全てのイシューで意見が一致する必要はないです。緩さや寛大さもあっていいですよ。

枝野さんが今、ちょっと神聖視され過ぎているように思うんです。清廉潔白の市民派だ、みたいに。選挙戦で勝ち抜くにはそれも大事ですが、これからもそれを保てるんでしょうか。逆に失望感を生むようなことにならないといいんですが。

——香山さんは、投票の判断基準となる争点はなんだと考えますか。

私としては、「保守かリベラルか」ということよりも、国民主権、つまり主権がどこにあるのかが争点だと思っています。安倍さんはよく「この国を守り抜く」と言います。国民がそれに託すというか、北朝鮮が攻撃してくるかもしれないので「安倍さん頼みますよ」というような感じになり、人々が主権を放棄しているというか。

一方、枝野さんは「この政党はみなさんが作ったものです」「自分たちは主役じゃないんですよ」と話し、主権は国民にあると強調します。

つまり国民が主体性を放棄して政権にお任せするのか。それとも自分たちの手で作っていくのか。今回の総選挙では、そういうベーシックなことが問われていると思います。自分たちが参加し、主体的に運営に加わっていくのは、厄介で面倒臭いことだし、こっちに責任があったりする。しかし、それをやらないでお任せしますとなっちゃうと、全体主義的なものや、自分の望まぬことになったりすると心配しているんです。

——しかし、国民主権は今回の選挙でそんなには話題になっていません。

「日本をどういう国にしたいか」という大きなことが問われている選挙なんですが、そこを国民に直接問うのは難しい。もっと身近で具体的な、憲法改正や最低賃金の引き上げ、また雇用などが注目されるのでしょう。

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インタビューに答える香山リカさん=東京都渋谷区
wataru nakano

■日常的に政治を話題にできる国になってほしい

——安倍首相は「国難突破解散」と名付け、北朝鮮問題と少子高齢化を強調しています。

北朝鮮問題と言われちゃうと、一般国民にはどうにもできないですよ。安倍政権としては「みなさんには及びつかない大変なことなので、口を出さないでください」みたいな感じで。

でも、これまで安倍政権は、集団的自衛権の行使を可能とする安全保障法制を事実上の解釈改憲で容認し、また特定秘密保護法を強行採決するなど、ことごとく議論を吹っ飛ばしてきました。「俺たちが決めるんだ」みたいな感じの運営が続いています。「国難」だとして、まるで草の根の声を聞く場合じゃないと言っているようです。安倍政権を支持する人の中には、それでいいって思っている人もたくさんいると思うんですよ。

——さらに安倍首相は、総選挙後は憲法改正も視野にあると思いますか。

そうですよね。それも安倍さんの自己実現というか、「俺ってここまでできるんだ」って示そうとしているというか。ともかく安倍さんって、今回の解散総選挙にしてもタイミングをみるのが得意というか、いつも機を見るに敏ですよね。

——そういった状況の中、リベラル勢力はどうしたらいいのでしょうか。

憲法を変えたらどうなるのか、憲法を変えなくてもやれるんだと丁寧に説明しないといけないです。ただ、一方で、私も数年前から、もう間に合わないかもという焦りもあります。だから仕掛けというか、スターを探さないといけなんじゃないかと考えています。色々と派手なことをしないと、もうこっちを見てもらえないんじゃないかという危機感があります。

今回の立憲民主党に出ていると思うんですが、リベラルな人たちって真面目というか正攻法を重んじる一方、奇策を弄しても仕方ないと思う人が少なくないんです。それで私ともよく、議論になります。

私は、なりふり構わずやったほうがいいという気がしています。ネットで「憲法を守ることが大事だよね」と言い出している芸人さんやスポーツ選手、役者、漫画家、ミュージシャンなんかもいるんです。事務所との契約なんかでTwitterへの書き込みは比較的自由でも記者会見で話せないとか事情はあるようで残念ですが、もう少し力を借りられないかと思っています。

——報道機関も自由度が少なくなっているかもしれません。

今は、テレビに出る人は自由に発言しにくいじゃないですか。窮屈になっている感じがします。10年くらい前のワイドショーの録画を見る機会があったんですが、みんな驚くほど政治について自由に発言していました。

——香山さんは、どういう日本を理想としているのでしょうか。

日常的に政治を話題にできる国です。今は、「国会は」と周りの人たちに話しかけても、「政治の話はわかんないから」と返されたり、政治の話をするだけで「左寄り」みたいに思われたりもする雰囲気を感じます。私も大学では滅多に政治の話はできません。

選挙権年齢が18歳以上に引き下げられて、高校でも先生が「選挙に行きましょうね」と生徒に言うようになりました。でも、候補者や政党について生徒から聞かれても、日本の先生は答えられないんです。そういった状況も変わってほしいです。

——政治を伝えるメディアに対してはどう思っていますか。

朝日新聞などリベラル系とされる大手紙は両論併記をしますが、これだけ権力側が強くてそれに対するものとが非対称だと、結局は、権力側のことを大きな声で伝えているのとあまり変わらないですよ。私は家でCNNをよく見るんですが、トランプ大統領を徹底して批判しています。

メディアは権力ではない側の声を伝え、権力批判をしていくべきだと思います。そして人々がその報道を元にして、そこには反対意見もあるでしょうが、人々が日常的に話すきっかけになればいいと思うんです。

香山リカ(かやま・りか) 1960年、札幌市生まれ。精神科医、立教大学教授。東京医科大卒。臨床経験を生かし、若者や恋愛、女性など幅広い分野で社会批評や文化批評、提言活動などをしている。『しがみつかない生き方』『くらべない幸せ』など著書多数。

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