朝日新聞社の言論サイトである「WEBRONZA」は今を読み解き、明日を考えるための知的材料を提供する「多様な言論の広場(プラットフォーム)」です。「民主主義をつくる」というテーマのもと、デモクラシーをめぐる対談やインタビューなどの様々な原稿とともに、「女性の『自分らしさ』と『生きやすさ』を考える」イベントも展開していきます。
特定秘密保護法や安保法制など、国論が分かれる政策を進めながら、底堅い支持率を維持している第2次安倍政権。ネット右翼などに詳しい著述家の古谷経衡氏に、安倍首相の実像や日本の大衆について持論を語ってもらった(聞き手は川本裕司・朝日新聞記者)。
古谷経衡 ふるや・つねひら 1982年、札幌市まれ。立命館大卒。インターネットや歴史、社会、若者などについて執筆。TOKOYOFM「タイムライン」パーソナリティー。著書に「右翼も左翼もウソばかり」(新潮新書)、「ヒトラーはなぜ猫が嫌いだったのか」(コア新書)など多数。
聞き手:川本裕司 かわもと・ひろし 1959年生まれ。学芸部、社会部、編集委員などを経て、オピニオン編集部。
古谷経衡さん
ネット右翼とは誰か
――著書「ネット右翼の終わり」(晶文社)でネット右翼について詳しく分析していますね。
「私の調査では、ネット右翼は基本的には無党派で大都市部に住む中産階級です。政策面では再分配より構造改革を重視、外交ではタカ派で安倍氏が所属してきた自民党清和会と最も和性が高い。そういった意味では前述した安倍首相・自民党支持者と重なる部分が多いです。様々な媒体や識者の発言の中でネット右翼の中心は『低収入の非正規雇用』という見方がありますが、実態は全く異なっています」
「ネット右翼が強く主張する〝在日コリアンの特権(いわゆる在日特権)〟は、国から庇護されておらず、独力で社会的地位を獲得したという自信をもっている都市部の中産階級の立場を反映しています。よって高所得の人たちも多いのですが、それはすなわちメディアリテラシーが高いことを意味するものではありません。
〝在日コリアンの特権〟も、インターネットに書き込まれた真偽不明の内容を鵜呑みにしてしまっているのです。『朝鮮人が日本を支配している』という根拠もないトンデモ説を信じている人に何百人と会ったこともあります」
「最近では、ネットのデマを著作のある保守系言論人が補強し、逆輸入する形でそのデマの信憑性が高まってしまっているケースなどが頻繁に見受けられます。
ただ、差別的な言葉が目立つネット右翼のデモに参加する人は、ネット右翼の中でも最も過激な存在(行動する保守)であり、ネット右翼の多数派とはいえません。ほとんどのネット右翼はそういったデモを動画で視聴しているだけです。ネット右翼の情報の源泉は、各種動画と掲示板のまとめサイト、他にSNS等です。書籍・雑誌にはほとんど依拠しません」
もともとは支持政党を持たない流浪の民
――最近になって注目を集め出したネット右翼の考えとはどういうものでしょうか。
「リベラル・左翼は共産党や社民党という受け皿があるので、ネット左翼はあまりいません。しかし、ネット右翼はもともと支持する国政政党を持たない流浪の民だったのです。自民党経世会の橋本龍太郎、小渕恵三両政権はネット右翼から見ればハト派で評価されていませんでした。ただし清和会でありながら福田康夫の人気もあまりなかったのは、彼が親中と見なされたからです。
慰安婦問題で談話を出した河野洋平氏は保守リベラルだし、保守本流たる宏池会も左翼に映るのです。彼らの中で重要なのは経済政策ではなく、外交安保政策がタカ派であるか否か。対中、対韓政策でどの程度語彙が強いか。あるいは、その思想性の"踏み絵"としての靖国参拝などです。よって終戦の日ではないが靖国に行った小泉元首相を、ネット右翼は大きく支持しました」
――近隣諸国に対するネット右翼の反発は強いですね。
「私の見立てでは、嫌韓7、嫌中2、嫌北(朝鮮)と嫌米をたして1の比率です。韓国への批判が色濃い。ただし最近では嫌韓をやりすぎて飽きられてきたので、嫌中の比率が顕著に増えつつあるのが特徴です。
元をたどれば、生活保護などにおける在日コリアンの特権というネット上のデマゴーグがいまだに信じられているからです。過去の植民地支配の経緯などから、既存メディアが韓国批判に手心を加えたり、犯罪報道の際に通名で伝えてきた局がある、というのは確かだと思いますが、それを根拠なき特権と結びつけているのです」
「同和問題をそのまま「在日コリアン」に読み替えている恣意的なデマも大きく影響しています。
関西や西日本の事情を知らない首都圏のネット右翼が、同和問題を曲解し、『在日コリアン』の問題として読み替えている例はかなり散見されます。一方、中国は尖閣諸島の問題で緊張関係にありますが、私の世代にとっては人気漫画やパソコンゲームの『三国志』でなじみのある国です。他方、韓国を舞台にした作品はあまり思い浮かびません。親しみのあるカルチャーの影響も関係すると感じます」
――嫌韓以外のネット右翼の特徴とは。
「ネット右翼の本質はむしろ嫌メディアといえます。 朝日新聞、TBS、フジテレビ、NHK......。嫌韓に仮託した嫌メディアといえる本質が現れたのは、2011年の反フジテレビデモでした。女子フィギュア世界選手権の放送内容や韓流ドラマの編成などを理由に東京・台場にあるフジテレビの本社に1万人規模のデモが起こりました。韓国に対する反発なら韓国大使館へデモに行くのが筋論として順当なはずですが、そうはなりませんでした」
「既存の大手マスメディアが日本をダメにした、という主張がネット上に強烈にあるのは間違いのない事実です。既存の大手マスメディアの報道が横一線であり、嫌メディアの人々の持つ思想や主張を僅かでも代弁する大手メディアが全く無かったため、ネットに逃避する形で"ネット右翼"が誕生したのです。よってネット右翼は元来反メディアの性質を強く持っており、その誕生には既存の大手マスメディアの責任もないとはいえないでしょう」
ネット右翼の世界は新陳代謝が活発だ
――嫌メディアの根強さはたしかに感じます。
「毎日新聞の英字サイトの不適切コラム問題、TBSの〝731部隊〟番組で安倍氏映像が放送された件、NHK『JAPANデビュー』偏向の指摘、朝日新聞の慰安婦問題の誤報といった情報が、ネットでは満ちあふれています。ネットに新しく参入してきた人がこれらの情報に接し、『真実を知った』とネット右翼になるケーズが後を絶ちません」
「新しい出来事ではなくても知らない人には古くはない話なんです。古参のネット右翼には常識でも、ネット右翼新兵にとっては新しい知見。動画もブログもそうですが、検索によって過去記事やコンテンツがいくらでもアーカイブから取得できるので、ネット右翼の世界は常に新陳代謝が活発です。
ネット右翼的世界観に嫌気がさして去っていく人がいる一方、ネットのアーカイブで〝新しい知見〟に触れ、ネット右翼の世界に入っていく人も一定数いるので、総数はさほど変わらないのです。社会的に成功し一段落したとき、ネットの世界で既存メディア批判に接してネット右翼になる例が意外と多い。いわゆる〝成人洗礼〟みたいなもので、この過程は米国の聖書原理主義者(福音派)と似ています」
――「侵略戦争、南京事件、従軍慰安婦は全部ウソだ」と主張した元航空幕僚長の田母神俊雄氏が2014年2月の東京都知事選で60万票余を集め、注目を集めました。
「14年12月にあった衆院選で、ネット右翼層から猛烈な支持を受けた次世代の党は小選挙区の2議席、比例区はゼロと壊滅的な結果で、田母神氏も落選しました。その前段階における14年2月の東京都知事選挙での田母神氏の得票は、全国人口は東京都の10倍だから、田母神氏の得票をそのまま次世代の党の得票と仮定し、単純計算で次世代の党が600万票を獲得する(60万×10)という見方がありました。
しかし、私はネット右翼が首都圏に偏っているという取材結果などを踏まえ、ネット右翼は全国に200万人前後と推定しました。結果、同党の衆院選の比例区の票は141万票にとどまりました。ほぼ私の推計と近い数字が出ました。これによってネット右翼の全国的趨勢が判明したと考えます」
トンデモ解釈とゆがんだ発想
――昨年末、慰安婦問題で日韓両政府が合意しましたが、ネット右翼の反応はどうだったのでしょうか。
「慰安婦問題に対する先般の合意に対して、ネット右翼の間で様々な声があります。読者の皆様にはよく理解できないトンデモ話と思いますが、『慰安婦はいなかった』という主張があります。(女性が)自由についてきた、だけだと言うのです。
ネット右翼の用語ではこれを『追軍売春婦』と呼びます。しかしこれは歴史的事実ではなく、その経緯はともかくとしても慰安婦が自由意思で軍についてきた、という解釈はトンデモです」
「どうも、「売春婦=賤業」という現在の固着化した思想で歴史を振り返っているようです。つまり「あいつらは卑しい商売女だったんだ」という訳です。
かつて西村眞悟衆院議員(当時)が類似の発言で日本維新の会を除名処分にされました(2013年、〝日本には韓国人売春婦がウヨウヨいる〟〝大阪の繁華街でお前、韓国人慰安婦やろ、と言ってやったらいい〟)が、それと同様に右派的な世界観の中では「売春婦には救済の必要はない」と考えているようです。男尊女卑の観念が根本に存在するゆがんだ発想だと思います」
「一方、『先祖をレイプ犯にするな』という人に、確かにレイプではなかっただろうが、軍による管理売春が行われていたことは事実ではなかったのか、と聞くと『日本だけじゃなかった。ドイツもフランスもイギリスもかつてやっていた』と返ってきます。この手の人は必ず問題を相対化させますが、管理売春の是非そのものについては沈黙します。
慰安婦が自由意思の売春婦という人もいれば、慰安婦はいたがレイプはしていないという人もいれば、慰安婦の問題は日本だけではないという相対主義の人もいて、それぞれの主張がすべて矛盾しています。慰安婦問題のどこが問題になっているのか、自分でも理解していないのではないでしょうか。
日韓合意のときに岸田文雄外相が『当時の軍の関与の下に、多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた問題』と認めたことについてはしょうがないという人もいますが、否定派が多いですね。あれで安倍首相を支持しないという人が出てきたかもしれませんが、なんせネット右翼全体の母数が、先程申し上げましたように少ないですから、政権に影響はありません」
――お話を聞いていると、ネット右翼は今後もどんどん増えていきそうですね。
「そこまで増えるとは思いません。私の推定ではネット右翼の年齢層は30代半ばから60代、最も多いのは40~50代です。ネット掲示板『2ちゃんねる』の書き込みの中心は40代以上で、若い人はあまり見ていません。まとめサイトはそれよりも若く20~30代が見るものの、やはり関心のマジョリティーは友人同士のコミュニティー、あるいはアニメなどのカルチャー、課金ゲーム、アイドル、就職活動等で政治力学の世界ではありません。
政治に関心のある若い人は前述した『SEALDs』などに向かっていることは客観的事実です。格差社会と長期デフレの影響をモロに受けている若者が、格差や貧困と無縁の中高年の中産階級が支持する安倍政権と親和性が薄いのは自明でしょう。若者における左右のバランスでは圧倒的にリベラル・左派と考えて間違いありません」(続く)
WEBRONZAは、特定の立場やイデオロギーにもたれかかった声高な論調を排し、落ち着いてじっくり考える人々のための「開かれた広場」でありたいと願っています。 ネットメディアならではの「瞬発力」を活かしつつ、政治や国際情勢、経済、社会、文化、スポーツ、エンタメまでを幅広く扱いながら、それぞれのジャンルで奥行きと深みのある論考を集めた「論の饗宴」を目指します。
また、記者クラブ発のニュースに依拠せず、現場の意見や地域に暮らす人々の声に積極的に耳を傾ける「シビック・ジャーナリズム」の一翼を担いたいとも考えています。
歴史家のE・H・カーは「歴史は現在と過去との対話」であるといいました。報道はともすれば日々新たな事象に目を奪われがちですが、ジャーナリズムのもう一つの仕事は「歴史との絶えざる対話」です。そのことを戦後71年目の今、改めて強く意識したいと思います。
過去の歴史から貴重な教訓を学びつつ、「多様な言論」を実践する取り組みを通して「過去・現在・未来を照らす言論サイト」になることに挑戦するとともに、ジャーナリズムの新たなあり方を模索していきます。