街全体がせわしさと期待に浮き足立つような3月31日。都内のコンベンションホールは活気に溢れていた。
昭和電工と日立化成が統合し、今年1月に社名変更して新しいスタートを切った大手化学メーカー「レゾナック」が、経営理念(パーパス・バリュー)浸透のために行う従業員参加型の取り組み「グローバルアワード」。
国内外から組織や職場の垣根を超えて集まったチームが、パーパス・バリューを踏まえた目標と具体的な取り組み内容を定め、自らエントリーして1年間活動する。この日は、1016のエントリーの中から、選ばれた受賞チームが1年間の挑戦を発表する集大成の舞台。
「みなさま、ご安全に!」という社内共通の挨拶をスタートの合図に変えて、受賞チームがそれぞれの母国語でプレゼンテーションを繰り広げていく。
最後に登場した同社パッケージングソリューションセンターの平野寿枝さんは、「社内外との共創」をテーマにした10分ほどのプレゼンをこんな言葉で締め括った。
「たくさんの失敗もありましたが、挑戦を続け、成功体験を重ねることで、『もっと難しいことにチャレンジして、より良い製品を作りたい』という気持ちが高まっています。実際に若手の技術者が中心となって技術の蓄積をしていこうという試みもあり、非常に良い流れだと考えています」
「選考をクリアするたび、自信が芽生えていった」
「化学の力で社会を変える」というレゾナックのパーパスを実現するため、同社が掲げる4つのバリュー(大切にする価値観)をどう実践するか。
グローバルアワードは、社内全体でバリューの実践事例を共有し、相互に刺激を受けることで、意欲を高めて共感と共創を生み出すことを目的としている。各地の事務局メンバーだけで180人を超える、文字通り全社を挙げた取り組みだ。
だが、平野さんは、最初からグローバルアワードに積極的だったわけではなかったという。
「実は、最初は私たちの日常業務が会社のバリューと合致しているか確信が持てませんでした」
平野さんが所属する「パッケージングソリューションセンター」は、同社の掲げる「共創型化学会社」を体現すべく、社内はもちろん、競合企業や顧客を含む社外のステークホルダーとも連携して次世代半導体パッケージに焦点を当てた技術開発に取り組んでいる。中でも、平野さんが所属している「JOINT2」という共創プラットフォームは、業界全体から注目と期待を集めている。
それでも、平野さんの心の中には「この仕事には会社のコストがかかっている」というある種の“負い目”があったという。
「『化学の力で社会を変える』というレゾナックのパーパスは、世界の皆さんに製品を通して価値を与えること。でも、私たちは製品そのものを売っているわけではありません」
本当に自分たちの仕事が会社のパーパスやバリューに合致しているのか──。グローバルアワードの活動中、平野さんは、メンバーたちと繰り返し話し合った。
「会社のパーパスとバリューを何度も噛み砕いて考えるうちに、自分たちの仕事がどう会社と社会に貢献しているのか言語化できるようになっていきました。たしかに私たちは製品そのものを売っているわけではないですが、私たちの技術開発で開発部署へのフィードバックが可能となり、結果として製品の売り上げやブランディングに貢献している。
若いメンバーにとっても、日本全体や会社の状況を見渡したうえで、自分たちの仕事をどうしていくべきか、と考える意識づけのきっかけになりました」
かつては実際に製品をつくって売っている部署に対して“引け目”を感じていたというチームのメンバーたちの意識にも変化があったという。
「選考をクリアしていくたびに、チームのみんながどんどん自信をつけていくのを感じました。選考が進むということは、会社の方向性と自分たちのやっていることが合っていると認められているということ。自分たちの仕事の意義を自分たちで言語化できるようになり、自分たちで作ってしまっていた他部署との間の心理的な壁に気付き、取り払うことができた。(グローバルアワードは)大変だったけれど、やり抜いて良かったと感じています」
「結果」だけでなく、「プロセス」にも光を当てたい
グローバルアワード受賞チームのプレゼンの当日。会場の最前列には、時折頷きながら聞き入る髙橋秀仁社長の姿もあった。
トレードマークのジーンズ姿で壇上に上がった髙橋社長が、発表者への労いとともに語ったのは、最終選考に残らなかったチームへのメッセージだった。
「去年の初め、こういう会社にしていきたいというのをいくつか言った中で、一番苦労しているのが『挑戦と失敗の賞賛』です。今年からはこのアワードで、挑戦と失敗を賞賛する文化を築き上げていきたい。
今日ここに出てきたのは成功体験ばかりですが、『まだここまで』というものも選考会では出てきているはず。『こういうことをやろうとしているけれど、今はここまでです』というものもエントリーできる。失敗を恐れずに、高い目標に向けた挑戦的なテーマをエントリーしてほしいと思っています」
実は、アワードの企画運営を担当するカルチャーコミュニケーション部の佐藤充さんは、2022年の夏、経営陣が集まる会議で髙橋社長らに「挑戦の過程を共有できるように、選考会の前にエントリーチーム同士が交流できる場を設けてはどうか」と提案していた。
「選考会では、目標・プロセス・成果を綺麗にまとめた発表になりがちです。交流会であれば、挑戦の細かい過程・失敗・悩みなどを気軽に話すことができると思います。『選考』だけでは評価しきれない挑戦や努力にもスポットライトを当てることで、共感と共創がより生まれやすくなると考えています。
経営理念を拠り所として一体になれる仕組みを作れば、従業員のエンゲージメントも高まる。個人ではなくチームとしての集合知で優れた製品を世の中に送り出し、社会に貢献できるような会社になれると思っています」
「UNSUNG LEADERS」とともに未来を拓く
こうした発想は、同社が発信する「WITH UNSUNG LEADERS(知られざるリーダーたち)」というコンセプトにもリンクする。
不確実な時代だからこそ、これからの未来を拓くのは、従来の「リーダー」ではなく、道を開く「リーダーシップ」。目立つ「リーダー」でなくても、自律と共創の姿勢で挑戦を続ける人材に光を当ててエールを送り、ともに未来を拓きたい──という、同社の想いを込めた言葉だという。
「将来は技術を語れる経営者になりたい」という平野さんと、「ものづくりを通じて社会に貢献したい」という佐藤さんに、「ありたい未来」について聞いてみた。
「『半導体といえばレゾナック』というのが世界標準になるくらい、業界を主導できる会社にしたい。こんな風に未来を見据えて仕事ができるのは、グローバルアワードがあったからだと思います」(平野さん)
「社会課題を解決する優れた製品を生み出すためには挑戦が必要です。企業文化の醸成を通じて、従業員が様々なことに挑戦できる会社にしていきたい」(佐藤さん)
個性豊かなレゾナックの「UNSUNG LEADERS」は、チームで勝ち取る未来の成功のために、今日も試行錯誤を続けている。