225円のために軽減税率なんていらない。~3400億円はひとり親支援に使え~

新聞各紙の世論調査では6割から7割が軽減税率導入に賛成というアンケート結果も。しかし一人当たりで考えると軽減額は一ヶ月でたったの225円だ。
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先日、消費税10%アップへの緩和措置として、生鮮食品に限って8%にする案で自民党税制調査会が調整に入ったと報じられた。これによって失われる税収は3400億円だという(軽減税率は生鮮食品軸 自民税調「新聞・出版」も検討 産経新聞 2015/10/25)

また、従来公明党が主張していた「酒類を除く食料品と新聞・出版物」に対象を広げた場合では、1兆から1.3兆の税収減になるという。こういった一部の商品のみ消費税を低く設定することを軽減税率(けいげんぜいりつ)という。

すでに経済学者や軽減税率導入によって手間・コストの負担を強いられる小売業の団体等は反対を表明している。麻生副総理も手間がかかる上に社会保障にまわすお金が減ってしまう、とストレートに反対の意思を表明している。その一方で新聞各紙の世論調査では6割から7割が軽減税率導入に賛成というアンケート結果も出ている。

■1か月225円のために軽減税率を導入する必要はない。

ではどうすれば良いか。一番シンプルな対応は軽減税率を辞めて、増税の緩和措置を一切やらないことだ。元々、今回の増税は社会保障にあてられるため、お金がどこかへ移転するだけの話で、増税分が消えてなくなるわけではない。

軽減税率を導入した場合、POSレジの入れ替えや会計システム、在庫管理システム等の変更に伴うコストにより、日本全体でマイナスが発生する。すでに散々指摘がなされているが、軽減税率は収入が高い人にも適用されるなど、無意味な上にコストがかかるだけだ。

3400億円は確かに大金である事に間違いはないが、これを日本人の人口約1.26億人で割ると、一人あたり年間約2700円、1か月あたりに直せばたったの225円だ。一兆円で計算してもこの3倍程度にしかならない。そんな少額の負担軽減のために、日本全国のスーパーやコンビニが対応しないといけないのかと考えると、はっきり言って馬鹿らしいの一言だ。

どうしても負担軽減が必要ならば、一人当たり2700円を市役所や区役所で現金給付すれば良い。わざわざ日本中の小売店の手を煩わせる必要はない。もちろん、それでも手間もコストもかかるが、軽減税率よりはマシだろう。軽減税率に賛成をしている多くの人は、本当に1年間でたった2700円の負担を減らしてもらうために莫大なコストと手間を小売店に負担させるべきか、よく考えるべきだ。

そしてもし弱者支援をしている、というポーズを政治家が取りたいのであれば、弱者以外にもお金が回ってしまう軽減税率はやめて、本当に困っている人に予算を使えば良い。それが現在話題になっているひとり親家庭への支援だ。

■ひとり親を救え!プロジェクトとは?

現在、ネット上で話題になっている「ひとり親を救え!プロジェクト」というものがある。これはひとり親が受給する児童扶養手当が、一人目は42000円、二人目は5000円、3人目以降は3000円(いずれも所得制限が無く満額を受け取った場合)と、二人以上の子供を抱える親に支援が少なすぎるのでは?という指摘から始まったものだ。

賛同者には朝まで生テレビで有名なジャーナリストの田原総一郎氏、五体不満足の著者として知られる作家の乙武洋匡氏など、その他多数の著名人が名を連ねる。ネット上ではすでに2万人分以上の署名を集めるなど、ある程度の支持は得ているようだ。

同プロジェクトのサイト上では、ひとり親の収入が少ないこと、にもかかわらず支援が弱いこと、他の先進国と比べて日本ではひとり親の貧困率が極めて高いことなど、各種資料も掲載されている。

自分も同プロジェクトの趣旨には賛同する。支給額も増やすべきだと思う。ただ、プロジェクトを成功させるために足りないものがある。それは手当を増やした場合にいくら税金がかかるのか、そしてそのコストをどこから捻出するのかという点だが、サイト上には何も書いていない。

サイトでは二人目の支給額を5000円から1万円増やした場合、という資料があるが、仮にひとり親世帯の二人目以降の子ども全てに1万円を支給した場合にはいくらのコストがかかるのか。厚労省の資料によれば母子家庭は82.1万世帯、父子家庭は9.1万世帯、合計でひとり親の世帯は91.2万世帯となる(ひとり親家庭の等の現状について 平成27年4月20日・厚生労働省)。

少し前のデータになるが、平成18年の母子家庭の子どもの人数は、2人が35.6%、3人が8.8%、4人以上が1.5%となっている。簡易的に計算するため、母子家庭が9割を占めるので父子家庭も含めて同じ割合で計算し、4人以上の家庭は全て4人とする。

すると、現在の支給額から2人目以降も月に1万円を支給すコストは、約364億円となる。これは軽減税率で失われる税収の1/10程度だ。すべての子どもに毎月4.2万円を支給しても、約2384億円と、軽減税率にかかるコストを大きく下回る。国民全員にまんべんなく月225円を払うより支出額も減るだけでなくよっぽど有意義だろう。

■すべての政策は予算、財源、優先順位を示すべき。

これまでの説明を読んで、軽減税率を導入してほしい人は、なんでひとり親を支援しないといけないのか、消費税率アップとひとり親の支援なんて何も関係ないじゃないか、と腹が立ったかもしれないし、ひとり親支援に賛同する人は良いアイディアだと褒めてくれるかもしれない。

ただ、自分は軽減税率導入にも、ひとり親支援の話にも、同じような違和感を覚えている。それは学者や知識人、政治家を問わず、提案される多くの政策に予算・財源・優先順位が示されていないことだ。

軽減税率では実施に3400億円の税収減、つまり予算額は明確になっているが、それをどこから持ってこようとしているのかはっきりしない。3400億円の税収が減る事により、だれがワリを食うのか、ということだ。

そして消費税が増える事によってすべての国民に負担が増える事は間違いないが、その負担を3400億円もかけて軽減する事が、他のどんな政策よりも優先させるべき事なのか、これについては何の説明もない。

ひとり親支援についても同様だ。上記のとおり、統計データを使えば大雑把な試算ならば10分もあればざっくりとした試算は出来るのに、このプロジェクトのサイトにはどこをみてもいくらかかるのか書いていない。

加えて財源、つまりどこからお金を持ってくればいいのか、増税すればいいのか、何かの予算を減らすべきなのか、それについても記述は無い(他の予算よりも優先すべき理由としては、親の貧困が子に引き継がれるという点が挙げられている)。

自分はひとり親に優先して予算を配分していいと思うが、そうは考えない人もいるだろう。同じく優先しても良いという人でも、じゃあその分あなたが負担する医療費が増えますよ、税金が増えますよ、軽減税率は導入できませんよ、と言われればそれならやっぱり反対、という人もいるだろう。

■予算をブン取るには根拠が必要。

何を言いたいのかというと、新たに予算をブン取るには必要な予算、財源、優先順位を根拠をもって示さなければいけないということだ。世の中には病気や犯罪や子育てなど様々な理由で困っている人が沢山いて、そのすべてがお金を必要としているが、全員に十分なお金をいきわたらせるのは不可能だ。

そしてすでにお金を受け取っている人が自分の取り分を自ら手放すわけもなく、税金を増やすことも容易ではなく、限られた予算を既得権者から奪うのは並大抵のことではない。

ここに困っている人がいる、だから助けよう、という話だけをすれば実現に失敗しても非難される事は無いだろう。しかし、軽減税率をやめてひとり親に予算を充てるべきとか、お金持ちに払う年金を減らして保育園を増やすべき、等と言えば必ず非難される。

今回のプロジェクトには自分が尊敬する人も多数賛同しているため、このような批判は出来ればしたくない。しかし、最近目にする政策提案には財源が示されていないものがあまりに多い。

■貧乏人からお金持ちに税金が配分される理由。

すでに説明した通り、困っている人は助けるべきだが、無制限に助ける事は出来ない。結果的に本当に困っている人に必要なお金が回らず、その一方で多額の資産を保有する高齢者に莫大な額の年金や医療費が支給され、家を買えるような(支援の必要が無い)余裕がある人に住宅ローン減税が適用される。

これは税金本来の役目である、余裕のある人から無い人へお金を移転する「再配分」と逆行しているため「逆再配分」とも呼ばれる。日本は税金による再配分をした後の方が格差が広がる異常な国だが、その原因はいうまでもなく上で書いたような逆再配分を放置しているからだ。

もちろん、財源や優先順位を示した所で、それがそのまま採用されることは無い。軽減税率を止めてひとり親の支援を、という自分のアイディアも専門家から見れば鼻で笑われるレベルかもしれない。

しかし、何が重要でどこからお金を調達すればいいのか、それを議論せずに来た結果が年金と医療費に100兆円近い税金と社会保険料が投入される現況ではないのか。これは高齢化が進んだ結果起きている仕方のないことではない。高齢者が増えてもお金の使い方を変更しない、という明確な意思決定の結果起きている問題だ。

財政・経済については以下の記事も参考にされたい。

■日本企業は内部留保の1.6倍も設備投資を行っている。 http://blog.livedoor.jp/sharescafe/archives/45782566.html

■新国立競技場の建設費2520億円で大騒ぎする日本人が平和すぎて、頭痛が痛い。

■年収1100万円なのに貯金が出来ませんという男性に、本気でアドバイスをしてみた。

■262億円の大赤字を叩きだしたマクドナルド・カサノバ社長に、一読を勧めたいマンガについて。

■1億円の借金で賃貸アパートを建てた老夫婦の苦悩。

お金の絡む政策に口出しをする際には批判を覚悟で優先順位と財源をセットで提案する事は、現在の状況を変えるきっかけとなるはずだ。それをしなければどんなに良い提案をしても「確かにそうですね、でも財源が無いので無理ですね」で話は終わるだけだ。

困っている人を助けたい人には、ぜひ批判を覚悟で「予算を奪い取る」姿勢を見せて欲しいと思う。

※母子家庭は父子家庭に比べて8倍と、ひとり親の問題はそもそも女性の給料が低いという問題も絡んでいる。こういった手当は最低限の生活を保障するものでしかなく、子どもが独立した後には稼ぐ力の弱い女性が一人残ってしまう。したがって稼ぐ力を高める職業訓練については支給額の増加と同じく強化を期待したい。