右翼ポピュリズム(Rechtspopulismus)・極右主義(Rechtsextremismus)の台頭―ハイデルベルクからのレポート

人々の「不安」「不満」「憎しみ」「嫌悪」を基礎とする社会心理は、彼ら自身のスティグマを介してスケープゴートに投影される。

2015年1月12日月曜夕方、霜が降りるほどの寒さの中、ドイツ南西部のバーデン・ヴュルテンベルク州にあるハイデルベルクの街は、「ノギーダ(NOGIDA)」と書かれたプラカードを持って行進する人たちの群れで溢れ返っていた。

話を聞けば、イスラム系の移民・難民・外国人排斥を謳う「ペギーダ(PEGIDA, Patriotische Europäer gegen die Islamisierung des Abendlandes)」というグループに対するプロテストだという。

調べてみると、このデモは、「ハイデルベルク貧困・排斥反対同盟(Heidelberger Bündnis gegen Armutund Ausgrenzung)」という市や大学関係者が関わる団体によって主催されたと記されている1。

なお、いくつかの報告によれば、この日、デモ隊は三千人ほど集まったとも言われている2。

この民族主義的排外主義運動反対デモ活動の背景に関して、民族主義的なナショナリズムにその存在根拠を与える「フェルキッシュ(völkisch)」という概念の再考・再生を要求する「新右翼(Die neue Rechte)」の存在がある。

ドイツでは、2014年以来、この新右翼を代表するペギーダによって、唯一の「フォルク(das Volk)」であると彼らが謳う「ドイツ国民」の保護を求める「月曜定例デモ集会(Montagsdemonstration)」が多くの街で続けられている(ドレスデンのそれは、特に有名である3)。

ドイツで「新右翼」と括られるこうしたグループには、他に、「AfD(Alternative für Deutschland)」や「ホゲーサ(HoGeSa, Hooligans gegen Salafisten)」などが挙げられる4。

これらの集団に関して、グループ間に細かな相違こそ存在するものの、彼らは共に非常に民族主義的なスローガンを掲げ、自文化の純粋性を強調しながら、特に移民・難民・外国人に対する国民の顕在的且つ潜在的な「不安(Sorgen)」を煽ることによって支持を得ているという点で共通している5。

驚くべきことに、AfDは立派な政党であり、2013年に党を結成し、その翌年には欧州議会およびドイツの各州議会で議席を獲得したという経緯を持つ6。

この「新右翼」の動向に関して、特に注目すべき特徴は、扇動的指導者らが、先に挙げた「国民的」および「民族的」という形容詞を意味するドイツ語の「フェルキッシュ」という言葉を肯定的に使用することを推奨している点である7。

けれども、この概念は、ナチスによって悪用されて以来、この国ではかなり長い間タブー視されてきたという事実を忘れてはならない(1964年に結成された「ドイツ国家民主党(NPD)」もこの概念を強調しているが8、このような例はドイツでは極めて例外的である)。

すなわち、この観点から見る場合、新右翼グループは、移民・難民・外国人の存在が純粋なドイツ人に課される納税金の引上げを齎し、彼らが雇用の機会奪ったり犯罪に手を染めるなどによって純粋なドイツ人を脅かしており、純粋なドイツ文化やドイツの社会が彼らの持ち込んだ文化によって汚染・破壊されるといったプロパガンダを売ることによって支持を得ているという見方を採ることができる(しかし、言うまでもなく、文化保守主義に拠ろうと文化相対主義に拠ろうと「純粋なドイツ人(文化)」というものを想定することはできない)。

事実、DGB(Deutsche Gewerkschaftsbund)などの新右翼に反対する労働組合は、特にこの点を強調している9。

よく知られているように、国民の社会心理を利用したこのような政治手法は、特にナチスに特徴的である。

人々の変えようのないネガティヴなスティグマを効果的に利用しつつ、スケープゴートを作り上げることによって、彼らの心理を政治利用する。

人々の「不安」「不満」「憎しみ」「嫌悪」を基礎とする社会心理は、彼ら自身のスティグマを介してスケープゴートに投影される。

この観点から見れば、ドイツ政府およびドイツ国民の大きな歓迎を受けて入国した難民らは、皮肉にも、今や国民のネガティヴな社会心理の投影対象となったといってよい。誤解を恐れずに言えば、この国で、彼らは、いわば「諸悪の根源」となった。

以上のような民族主義的なスローガンを掲げながら人々の顕在的且つ潜在的不安を刺激することによって台頭する政治的現象は、特に昨今のドイツでは、「極右主義(Rechtsextremismus)」あるいは「右翼ポピュリズム(Rechtspopulismus)」と呼ばれている。

この政治は、国民の極度の「不安(Sorgen)」の顕在化と「外国人嫌悪(Ausländerfeindlichkeit)」によって成立する。「不安を抱えたドイツ市民(besorgte Bürger)」という存在を掻き立てることによって、政治動員が行われる所以である10。

おそらく、この政治的問題を考える際には、先に挙げた社会心理学的不安・不満分子説の採用が最もスタンダードな考察方法になる。

けれども、この説に依拠する場合、近年見られるアメリカ型の排外主義とドイツ型のそれとはそれぞれかなり異なった要因が想定される。

というのも、よく言われるように、アメリカ型の排外主義は極端な自由市場経済から表出してきた「階級闘争」の存在がその要因とされる一方11、ドイツ型の排外主義は必ずしもそうではないからである。

例えば、トランプ型の排外主義とネオナチ型の排外主義の相違を想定すれば分かり易い。

では、一体何が問題なのか。結論から言えば、「自己愛(narcissism)」の傷つきが主要な原因である。

すなわち、「自己」と「他者」という精神分析的観点から見た場合、われわれの社会の精神状態は、ひどく荒廃しているのである。おそらく、この見方は、アメリカ型であろうとドイツ型であろうと昨今の排外主義的な政治的運動の台頭を考える上で非常に有効である。

要するに、問題意識の現れ方こそ違っているものの、「心身サイクルの悪循環」を両者の共通項として挙げることができるのである。重要なことに、この点では、政治的な意味の右も左も全く同様である。

われわれは、古くて新しいこの政治的且つ人間学的問題ときちんと向き合うことができるであろうか。それは、逆説的にも、われわれがわれわれ自身の「心の声」を真摯に聴くことができるかどうかに掛かっているのである。

3 以下、ペギーダの月曜定例デモ集会のブログページ。http://montagsdemonstration.blogspot.de.

4 以下、AfDの公式インターネットHP。https://www.alternativefuer.de. ホゲーサに関しては、公式HPは存在しないようである。

5 例えば、以下の資料を参照。DGB Jugend, 2016. Blickpunkt. Nur „besorgte Bürger?" AfD und Pegida: Die neue Rechte, Juni 2016 (www.jugend.dgb.de よりダウンロード可能).

6 2014度の欧州議会選挙に関しては、以下を参照。http://www.europawahl-bw.de/start_uebersicht.html.

9 DGB Jugend, 2016.

11 会田弘継、2015年「『トランプ現象』で浮き彫りになった米社会の『地殻変動』」ハフィントンポスト、2015年12月31日、https://www.huffingtonpost.jp/foresight/donald-trump-america_b_8892664.html. 松尾文夫・会田弘継・渡辺靖・荻上チキ、2016年「米大統領選で浮き彫りになったアメリカ社会の断絶とは」シノドス、2016年11月18日、http://synodos.jp/international/18571.

※本記事は、『情況』(2017年春号、112-114頁)に掲載された。